桜湯「エディブルフラワー?」
スティーヴが陶器の器の中を覗き込むと、ふわりと漂う湯気に乗って甘酸っぱい香りが拡がった。
「花を食べるんじゃない。この香りを楽しむドリンクなんだってさ。グレイスがクラスの子から貰ってきた」
ダニーはキッチンカウンターにもたれながら、つまみのないカップのふちを中指と親指で持ち上げた。
「この桜の塩漬けは、日本だとわりとポピュラーらしい。こうして飲んだり、お菓子にいれたり……」
おそるおそる口を付けたスティーヴが目を丸くする。
「塩気がある! 香りだけのハーブティーみたいなものかと思ったら、意外と旨いんだな」
「だろ? グレイスの友達のおばあちゃんが日本にいて、毎年送ってくれるんだと」
「甘い菓子に合いそうだ」
ダニーが手を伸ばし、キャニスターに入ったジンジャークッキーをカウンターに置くと、スティーヴは3枚ほどまとめて取って齧った。ダニーはそれを見て苦笑しながら、自分も一枚取って、小さな前歯で齧る。
「チャーリーでもそんな食い方しないぞ」
「そういえば今日、子供たちは?」
面白くなさそうにダニーは鼻を鳴らした。
「グレイスはこの桜をくれた子の家に行ってる。チャーリーも友達と遊ぶって、その子の親が迎えにきて預けたよ」
「それでお前は一人寂しく休日の家でアメフトの録画見てたってわけか。……そんなしけた顔するなよ」
「別に。子供なんていずれ巣立っていくもんだし。俺のおまけの人生の中で、あの子達の存在は特別ボーナスだから。今まで一緒に過ごしてくれただけで御の字なんだよ」
「ダニー」
スティーヴは温くなった桜湯をぐいっと煽ると、唇で桜を器用につまんだ。
「おい、それは食べなくていいんだって……」
下唇に花弁を載せたまま、スティーヴはダニーのうなじに手を掛けた。そのまま引き寄せれば、二人の唇に潰されて桜から露が滴り落ちた。
「ん……う、なんだよいきなり」
ダニーが離れ、顎を伝った雫を手の甲でぐいと拭う。スティーヴは唇の端に花弁を残したまま口角を上げた。
「子供が自立するってのは、寂しいだろうけどいいこともある」
「なに?」
「昼間からこういうことができるだろ」
スティーヴがもう一度口付けると、ダニーはスティーヴを押し退けようとその胸板に手を掛けた。そんなダニーの手の甲に、二人の唇から追い出された花びらがぽとりと落ちると、指からは力が抜け、代わりに桜色の吐息が響き始めた。