魔法のコインふかふかのパンケーキに染み込んだダークメープルは、すっかり冷え切ってしまっていた。
チャーリーは自分の分の朝食をすっかり胃に納め、冷戦状態の二人を見つめている。先に口火を切ったのはダニーだった。
「グレイス。とにかくこれは返してきなさい」
「なんで!? ココがおばあちゃんに貰ったのを、私にってくれたの!」
「だめだ。子供同士でこんなアンティーク」
ダニーの手に握られていたのは、鈍く輝く赤銅色のコインだった。少し歪で、書かれた文字は一部擦り切れているが、英語ではないように見える。
赤いベルベットの小袋が付いているそれは、1インチほどだが異様な存在感があった。
「こういう古いものは……特にコインなんかは思わぬ価値があったりするんだ。お友達に返しなさい」
「どうしてそう、いつも頭ごなしに命令するの? これは特別な魔法のコインなのに!」
「魔法?」
もう14歳になるグレイスには、少し幼すぎる単語に思えてダニーは片頬を上げた。それにグレイスはますます激高した。
「もういい! それはダノが持ってて。困っても知らないから!」
「あ、おい」
グレイスはそう言ってダニーを睨み付け、チャーリーの腕を掴んで玄関へ向かう。そしてダニーを振り返ると、何かハワイ語のようなものを唱えた。
すると突然、コインが熱を持って淡く光った。
「な……!?」
ダニーがコインとグレイスの顔を交互に見つめると、グレイスは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ダノ、私に何か言ってみて」
「あ、愛してる……!?」
己の意と反する言葉が出たらしく、ダニーは思わず口元を抑えた。
「言ったでしょ、魔法のコインだって。その魔法にかかったら、“眼の前の人をどう思っているか”しか喋れなくなるの。今日は仕事休んだほうが良いかも」
「っ!……愛して……!!」
「ありがとうダノ。私も愛してる。今日帰ったら魔法を解く呪文を唱えてあげるね。チャーリー、行こ」
グレイスは家を離れながら、本当はウィルに使うために貰ったのにな、とため息をついた。
「たまにはダノも素直になるといいんだわ」
ダニーはリビングをしばらくうろついていたが、しばらくすると家を飛びだした。このままだとスティーヴが迎えに来る頃だったからだ。
ちょうどカマロが家を出た頃、入れ替わりでスティーヴのシルバラードがダニーの家に着いた。
「何かあったか……?」
慌てて走り去ったようなカマロを見て、スティーヴは様子を伺う短いテキストをダニーに打ったが、『なんでもない、今日は休む』と返ってきて、その怪しさに後を追うことにした。
電話をかけてみるが出ない。
スティーヴは舌打ちして、明らかにこちらを撒こうとしているカマロを追いかける。本部にいたタニに頼み、グレイスとチャーリーの無事は確認した。ますます謎は深まり、一歩間違えばカーチェイスとも呼べそうな追いかけっこはついに、ダニーお気に入りの展望台がゴールとなった。
『お前しつこすぎ』
停まったとたん、そんなテキストを受信して、スティーヴは車を降りる。ダニーはいつもの場所に腰掛けて、ぼんやりと海を見ていた。
「ダニー。どうしたんだよ。何があった」
振り返ったダニーのブロンドが、風に吹かれてふんわりと乱れた。スティーヴを見ると、眩しそうに目を細める。
「ダノ……?」
「愛してる」
ふわりと笑って放たれた言葉に、スティーヴは自分の心が鷲掴みにされたような気がした。