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    アンニュイなひよなぎです

    #ひよなぎ

    ひとつ「凪砂くんの涙って、とっても綺麗だったんだよ」

    突然の言葉に、暖かい日差しを受けながらうつら、と窓際で船をこぎそうになっていた凪砂の意識が一気に浮上した。はっとしたときに体を震わせて手すりの部分に肘がこすれる。痛みはないけれど、日和がなぜそんな言葉を投げかけたのか、凪砂には理解ができなかった。当の本人は、部屋に入ってきたまま、そのままぼうと立ち尽くしている。
    まるで、所在なさげに立ち尽くす案山子のようだ。

    「もう随分見ていないからあまり覚えてないけれど。綺麗だった」
    「随分と急だね、日和くん。どうしたの?」

    日差しがすこしだけ眩しくて振り向く時にすこしだけ顔を顰めた。窓際のソファから見た日和はここより暗い場所にいるからか凪砂からは上手く表情は伺えなかったけれど、笑っていないということは理解できた。
    どうしたのだろう、いつもならそんなこと全くと言って良いほど言わないのに。
    よく見てみたら、いつもの勝気な瞳は、少しだけ伏せられていた。

    「ちょっと思い出しただけだよ。昔から凪砂くん、とってもかわいくて、儚くて。ぼくの後ろをまって、って後ろをついてきていたのにね」

    ふふ、と笑うその声にすら覇気がない。

    いつもしゃんと背筋を立てている日和がなぜ。
    そう疑問は浮かぶものの、凪砂にも答えをどうしても導き出すことができなかった。
    ただある一年間、日和と凪砂は一緒に過ごしていた。

    ただ、それだけだ。

    同じ人間でも、言ってしまえば兄弟でもない。

    答え合わせのない問題に直面してしまったかのようだ。まるでなにも読めない。
    ここは思案することなく、思ったことを口にするのが一番得策だろう、と凪砂は息を一つ入れて日和に答えを返した。


    「日和くんも、とっても素敵だったよ」


    そう。日和は、何にも代えがたいほど素敵な存在だった。
    どんな服だって着こなして見せたし、凪砂に知らないことは何でも教えてくれた。

    ふわふわと風に舞う薄緑の髪の毛が素敵だと思った。

    手をつないだその手は、そのころ、少しだけ凪砂より大きかった。
    凪砂の前に立って、凪砂くんを守ってあげるね、と笑う日和は凪砂の中で絶対といっていいほどの存在だったのだ。


    「ありがとう、凪砂くんだって、うんと素敵だよ」
    「でもやっぱり珍しい。思い出を引っ張り出すなんて、あまりしないのに」
    過去を振り返るのが嫌いだと日和は昔から言っていた。
    過去は過去でしかないから、前を向かないと何も始まらないという。

    巴日和は、そんな人物なのだ。

    昔も綺麗で慈しむ思い出だよ、と凪砂は日和に伝えたことがある。
    しかし、それ以上のものを作ればいいんだよ、なんて笑いながら日和は言った。
    その時の笑顔は、太陽のようにあたたかいそれだったのだ。

    「大きくなったからだね」

    伏せた瞳から、アメジストの塊が落ちてくるかのようだ。

    ぽとん、と日和の呟いた言葉は、思った以上の質量を抱えて凪砂の心に落っこちた。

    「ぼくたちが、大きくなってしまったから」

    「――うん」


    ゆっくり数秒。
    凪砂は、日和の言葉をゆっくりとかみしめて、相槌を返した。
    日和は先ほどと同じようにうつむいている。
    大きくなってしまったから。

    自然の摂理に近いその現象が、なんだかどれだけ対抗しても勝ることのできない現実のようなものだった。

    大きな大きな、まるで地球に太陽が降ってくるかのような。

    大きな大きな、衝動。
    どうしようもないのに、凪砂の心にも芽生えるこの感情は。
    なんで、こんなに苦しいのだろう。


    「戻れないんだよ、ぼくと凪砂くんが一緒に箱庭にいた、あの時にはもう戻れない」
    「大人になったから?」
    「そう。ずっと一緒でいられる筈ないのにね。ぼくはあのころ、何を望んでいたんだろう。……何を望んで、この手を握っていたんだろうね」

    そう言ってふらりと揺らす手は、昔凪砂を握ってくれた大きな存在ではなく、どこか頼りない、棒のようだった。

    凪砂くん、と名を呼ばれ、凪砂が引き寄せられるように手を伸ばせば、日和の手にやわらかく握られる。
    じんわりと伝わる熱が、心地いい。
    こうやっていつもいつも、一緒に過ごしていたのに。
    朝目覚めて、夜瞳をつぶるまで、事あるごとに手を握っていた。


    幸せだったのだ。
    一緒にいる、ということを自覚できたから。
    再確認できた。凪砂は一人じゃなくて、片割れがここにいてくれるのだ、と。
    安心していたのだ。世界が敵でも、この人だけは助けてくれると心のどこかでおもっていたのだ。


    「一緒、ってことが私には何よりも大事だったよ」
    「だった、じゃなくて今も大事だよ。ずっと一緒だと思っていたの。離れることはないって思っていたでしょう?」
    「思ってた。離れたら死んじゃうとも思ってたかもしれない」

    日和の手の力が、少しだけ強くなった。
    さみしいのだろうか。苦しいのだろうか。
    抗うことはできない運命をみて、どうしようもできないと途方にくれているのだろうか。

    「きみはぼく、ぼくはきみと考えるのも当然だったもの。二人でひとつだったのならどんなによかったかな」
    「ひとつだったら私たちは出会えてないよ、日和くん」


    「……そうだね」

    日和が生まれて、凪砂が生まれて。
    もし、こんな運命をたどらなければ日和と凪砂は出会うことがなかった。
    簡単な結果論を並べてみても一目で分かるように、二人の運命は偶然の名の下に生まれたも当然なのだ。それなのに、こうやって一緒にいたがるのは、あのころの夢を微睡んでみているからなのだろうか。

    いくら比翼連理だ、運命共同体だといっても、魂が二つにわかれて日和と凪砂が生まれているのだから仕方がない。

    二人は、やっぱりもともとひとつだったのだから。


    「わかってたんだよ、一緒に生きてきても、いつかは別々に生きるかもしれないことも。わかってた、わかってたはずだった」
    「でも、そんなことなかったんでしょう?」
    「そう考えても離れたくない気持ちが先行するくらいには、変な大人になってしまったんだ、ぼくは変だよね、凪砂くん」

    ほろん、と日和の瞳からしずくが落ちた。

    その涙がきらりと瞬く。
    宝石のような涙を凪砂が指で拭ってあげたら、日和は凪砂の手にすり寄って顔を押し付けた。

    離れたくない、とでもいいたいかの様に頬をくっつける。
    ごめんね、なんていう言葉が聞こえたけれど、なんで謝られたのか、凪砂には分からなかった。


    分からない、ということは。
    やはり凪砂と日和は、別の存在である証なのだ。

    凪砂は、事実を知っている。
    しかし、気づいてはいけないと慌てて蓋を閉じた。
    二人という事実を突き詰めるよりも、私たちはひとつだ、ということを失いたくない。
    今までの生きてきた道を否定したくはないのだ。

    「大丈夫だよ、日和くん。私たちは一緒。私は、そう思ってるよ」
    ぴったりと触れた手で、不格好ながらもそっと日和の頬を撫でれば、うん、と相槌が帰ってきた。

    世間が、だとかみんなが、だとかそういう返答は日和は望まない。一番欲しいのは、半身である乱凪砂自身の言葉だけだ。

    ならば、凪砂は答えよう。
    大事な大事な片割れに。
    指に日和の涙をすくって、そっと持ち上げる。
    涙に含ませるようにそっとそっと、問いかけてみた。


    「ほら、みて。日和くんの涙が宝石みたいにきらめいて、私を映してる。鏡みたいに」
    「それは、凪砂くんがきれいなだけ、だね」

    いつもいつも「凪砂くんは素敵だね」というけれど。
    それは、自分でもあるんだよ、日和くん。

    こつん、と額を額を重ねて、ゆっくりと息を吐いた。
    一緒という言葉でがちがちにしばりつけられた凪砂と日和は、これからもそのままで生きていくのだろう。

    同じく生まれた双子ではないけれど、同じく魂を分け合った同士。
    いびつであるかもしれないけれど、それがどこかぴったりと合わさって、幸せをうみだした。
    それがどこか幸せだと思ってしまうのは、それだけ凪砂たちの存在が「一つ」だったからだろう。
    これ以上離れてしまったら、戻すことはできない。
    凪砂と日和は、死ぬまで一緒にいると誓いながら生きていかなくてはいけない。
    分かっているはずだ。日和も、凪砂も。

    それでも悲しいと思ってしまうのは、やはり二人がもとは一つだったからかもしれない。
    毎日、夜空に願いを投げよう。
    ずっと一緒にいられますように。
    空物語のようなお願い事が、叶ってくれればいいのだけれど。
    二人はいまだに、帰り道がわからない子供のような存在なのだ。



    「そうだよね、ずっと、一緒だよね」


    そういった日和の呟きは、凪砂にだけ届いた後、あっという間に消えてしまった。
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