身長の話「日番谷くん身長伸びたよねえ」
目の前にいる雛森が背伸びをしながら片腕を伸ばした。水平にした手のひらを俺の頭上へ届かせたいみたいだが、その手は額をかすめるだけで届かない。
「もう随分前に追い越してただろ」
「そうなんだけど、成長もやっと止まったみたいだから、確認?」
「なんだよ確認って」
憮然とした顔をしてしまうのは仕方のないことだろう。
雛森の背は、もう何年も前に追い越した。
それが何年越しの悲願達成だったろうか。
出会った時からずっと、こいつよりも高くと願ってやまなかったのになかなか伸びなかった背丈。
伸びないことでいつまでもガキ扱いされるのが嫌で仕方がなかった。周りのおっさんたちにガキ扱いされることよりも、好きな女に弟扱いされることがどれだけ堪えたか。
それが漸く同じくらいの目線になれた時はやっとかと歓喜に震えた。それよりも嬉しかったのは追い抜いた時だな。
「日番谷くんあたしより高くなった? 」
先に気づいたのは、雛森だった。久しぶりに顔を合わせた上に、ちょうど渡された書類を確認するため目線を下げていたから気づけなかったんだよな。
「ほら、高い」
今と同じように水平にした手を当てて確認された。
とてつもなく嬉しかったが、内心の嬉しさを隠すように俺も男だからななんて素っ気なく返して。
男のプライドとして背丈だけは追い越したかったから、やっと叶った小さな夢がとても嬉しかったんだ。
そうして伸びる度に、骨が軋み、目線が変わったなと感じるたびに、雛森は確認するように俺の頭めがけて片腕を伸ばしてきた。
それもこれで最後だろう。もう一年ほど、身長は伸びる気配を見せず目線は固定されたままだ。
まあそれもわかっていたことだった。俺はここまで伸びるのだとあらかじめ知っていたのだから。
それまでは随分と待たされた成長期だったが、終わってみればやはり、卍解の力を最大限に引き出したあの姿の目線だった。
「うーん、ここまで伸びちゃうとあたしより小さかったのが信じられないなあ」
「俺はもう忘れた、そんな昔のこと」
「あんなに可愛かったのに!」
「可愛いとか言うな!」
「可愛かったなー! あの頃の日番谷くん! ほんっとに可愛かった小さくて!」
なんだこの女! なんでこんなことでムキになってるんだ!?
「可愛くなかっただろ……」
歯噛みしながら異を唱えるものの。
「あたしにとっては可愛かったの!」
拳を握り胸を張って言う姿に、この言い合いはどうせ勝てないと諦めた。
「そうかよ」
「そうなの!」
どうせあの頃の俺は、雛森にとっては可愛い弟だったのだから。意見を変えるわけがないのだ。
これだから弟の立場は嫌なんだ。どうしたって姉には敵わない。
「で、結局どれくらい伸びたの?」
こいつ、ほんところっと話題変えるよな。
「この間測ったら182cmだったな」
「180cm越えたの!?」
目を大きくして驚いている様にほくそ笑む。
そうだろ、驚いたろ。今までの低身長が嘘のように高身長と言われる高さまで伸びたのだから。あ、そんなに大きくならないと思ってたって顔してやがるな。
「ああ」
「そんな大きくなると思ってなかった……」
ほらやっぱり。
「そうだよねえ……こんなにおっきいんだもんねえ……大きくなったねえ、シロちゃん」
そんなにしみじみと言われたら言葉を返せないだろうが。
「……シロはやめろ」
かろうじて、昔からお決まりの文句を口にするのが精一杯だった。
「おんぶしてもらったら、あたしも高い世界見れるかな」
「おんぶ?」
「ね、して!」
「こっちでいいだろ」
片腕に乗せるようにして抱き上げる。
わっと声が上がったが無視した。
頭上に雛森の顔があるのは久しぶりだな。
「満足したか?」
「うん!」
からかうように言ってやったのに、素直に反応されて調子が崩れる。
雛森の方が高かった時は少し顔を下げればこの顔を見られることはなかった。その時の癖で顔を下げていたら、「ね、日番谷くん」と呼ばれた。
なんだ、と顔をあげたら額に柔らかな感触。
「あたしの勝ち」
照れ顔丸見えだよ。
くすくすと笑いながら言われた。
姉じゃなくたって雛森にはどうしたって敵わないんだ。