大好きなあなたに十二月も半ばを過ぎ、年末特有の忙しなさが本格的となってきた瀞霊廷。
十番隊の隊主室前では、五番隊の副隊長が困っていた。所属と名前を告げて声をかけたにも関わらず中から返事が来ないのだ。通常なら、隊長から入れと許可が出るか、副隊長が軽く返事をして扉を開けて迎え入れてくれる。いつもならそうであるはずなのに、と今一度声をかけたが返事が来ない。
大抵どちらかは居るはずなのだが二人とも出払っていて本当に誰もいないのかもしれない。それならそれで出直そうか、それともこの書類だけ置いてメモでも残しておこうか。
他の隊ならば絶対にしないが、十番隊は勝手知ったる仲だから別だ。勝手に入っても怒りはしないだろう。
ふぅとため息をついて仕方ないよねと扉を開けた。
「お邪魔します」
誰もいないかもしれないが、いるのならば忙しくしているのかもしれない。小さめに声に出して中へと入った。
目の前の執務机には積み上げられた書類があるけれど、いつもなら座っているはずの姿は見えず。辺りを見渡すとソファに銀色が見えた。
寝てる?
寝ているのならば起こさないようにしようとそっと近づく。見えたのは静かに上下する胸と、だらりと投げ出された腕。ソファにはこの隊の隊長が横になり眠っていた。
寝ていたとしても通常なら誰かの気配がすれば起きるだろうに。そんなに疲れているのかなと顔を覗きこめばうっすらと広がる隈。
寝る子は育つを実践している彼は忙しくない時期には仕事を溜めることもせずによく寝て血色の良い顔をしている。ここのところ会えていなかったため気づかなかったが、書類も積み上がっていることだし、きっと眠る時間を削っているのだろう。
ソファの横に膝をついて、そっと隈に触れる。
あ、と思った時にはふるりと睫毛が揺れて碧の双眸がこちらを見ていた。
「ごめんね、起こしちゃった?」
パッと手をどけ謝れば、日番谷は眠そうに目を擦り小さな欠伸を一つ。
「いや、起こしてくれて助かった」
あー眠い、と言いながら身体を起こして執務机に向かっていく。
「珍しく隈があるから触っちゃった」
「最近忙しくてな。あんま寝てない。それ寄越せよ」
指差された書類を手渡しに机の前へ行く。はい、と渡した書類に目を通し筆を走らせる様子を見ながら気になっていたことを聞いた。
「乱菊さんは?」
「知らん」
「どこいっちゃったんだろうね」
「松本が戻ってこないから苛立って、眠いし飽きたし仮眠取ってた。悪かったな」
「あたしも勝手に入っちゃったし」
「ああ……お前だから気付かなかったんだろうな」
「あたしだから?」
「……そうだよ。松本なら入ってくる前に起きてる」
筆を止め、頬杖をついて視線をずらしながら言われた言葉は。つまり、雛森の気配だから起きなかったということで。
「お前だから気を許してるんだよ」
「……そっかあ」
照れてる。それに気付いたらふにゃりとした笑いが浮かんでじわじわと嬉しさが込み上げてきた。
「日番谷くん三日後の夜、空いてるよね?」
「お前のために空けてる」
「日番谷くんの日なのに?」
「祝いたいのは雛森だろ」
「迎えにくるから待っててね」
「俺のが早く終わったら?」
「あたしが来るまで待っててください!」
「はは、わかった」
問いに思わず大きめの声が出たら、嬉しそうに笑ってくれたから。もしかしたら今忙しいのは明々後日、早く帰るためかもしれない。
「ほら、終わったぞ」
書類を受け取って後は自隊に戻るだけだけれど、今したいことを思いついたから机の上へ書類を置いて移動する。
「おい?」
「日番谷くん、立って」
執務机の向こう側、椅子の横の広いスペースへと移動して早くと急かすと、怪訝な顔をしながらもすんなりと立ってくれたのでそのまま思い切り抱きついた。
まだ少し自分よりも低い背。胸に顔を埋めることはできないけれど。お互いに肩の辺りに顔がきて。背中に手を伸ばして抱きしめれば身体つきは骨張っていてどうしたって男の子だなと思わせる。
「充電」
耳元で呟いたら途端に肩が強張った。ふふと笑いで揺れたら、笑うなとばかりにキツく抱きしめられた。
刻が止まったようで、それとも幾分進んだのかわからない。
お互いにそろそろと力を緩めてさっきまで隙間なく触れていた身体が離れる。
「充電できた?」
「できた」
悔しげに口を歪めているけれど、素直な言葉に頬が赤くなっているから照れているのと喜んでいるのとが丸わかりで。いつもしてやられるのはあたしの方だから、少しは反撃できたかなと思っていたら。
「明後日、覚えてろよ」
急に近寄られて頭を押さえられて耳元で吐息混じりにそんなことを言われた。
さっきまでと打って変わって楽しげに、椅子へと戻り書類を片付け始めている姿を耳を抑えながら見る。明後日、一体なにをされるのだろう。
「お前、戻らなくていいのか?」
「戻ります!」
急いで机に置いたままの書類を引っ掴んで、十番隊主室を後にした。
ああもう、歳上の恋人にお姉さんぶって反撃なんてするんじゃなかった!