渚のあの子燦々と照りつけてくる日差しを手を翳して遮る。日番谷は氷の使い手だけあって暑さが苦手だ。出来ることなら潮の香りのする砂浜を立ち去って空気の冷えた室内へ移りたいと思う。思うけれどそれだけだ。一人だったならそもそもこんなところには来なかっただろう。けれど、一人ではないから日陰でもないこの場所で準備を終えるのを待っている。額から流れる汗を翳した手で拭っていると、呼びかける声が聞こえた。
「日番谷くん!」
声の方へ頭を向けると、お待たせーと帽子を手で押さえながら雛森が駆け寄ってくる。
海にきたのだからその姿は水着だった。白とオレンジという配色で、腕や腹や脚の健康的な肌が惜しげもなく晒されている。普段は肌を晒すことない着物を着ているから、見慣れぬ姿に時が止まった。
「どうかな?」
「い、いんじゃねえか」
期待の眼差しを向けられたからか、二人きりだからか、なんとか素直に褒めてあげられた。見惚れていたことを目敏く揶揄う者がいなかったことも日番谷にとっては僥倖だった。
「えへへ、ありがとう」
「珍しいな、その色」
こそばゆそうにはにかむ顔がまた可愛かったから、照れ臭さを隠すように口をついたのがそれだ。
桃色や水色といった淡い色を好む雛森にしては珍しい配色だったため、気になったのだが……返ってきたのは「夏だからね!」という答えだった。
おそらく夏らしくて明るい色を選んだということだろう。
「海行こ!」
「おわっ」
走り出した雛森に急に腕を引かれ、バランスを崩しかけながらも走り出す。楽しそうだから文句を言う気にもなれなかった。
帽子をかぶっている雛森とパーカーを着たままの日番谷なので、海に入るといっても波打ち際で足をつけるだけだ。だけだったのだが、夏の海はテンションが上がるものなので。
「それっ」
「うわ」
びしゃりと雛森が掌ですくってかけてきた海水が見事に日番谷の顔に当たる。
「おま、やったな」
掌で顔を拭い、濡れた前髪をかき上げてからすぐさまお返しとばかりに水を撥ねさせた。
「わっ」
これも雛森の顔に命中し、どうやら闘志に火がついたようだ。
「もー!お返し」
えいえいっとひっきりなしに水をかけてくるのを避け続ける。
「お前が先にやったんだろ」
「しらないもーん」
二人でただ水をかけあってるだけなのに、暫く笑い声が絶えなかった。