ぽかぽか日和ぽかぽかと暖かな陽気。
そよそよと木々を揺らす柔らかな風。
「ねぇねぇ日番谷くん!」
ウトウトとまどろみの中にいた日番谷はそのはしゃいだ声音に夢うつつから引き戻された。
「……何だよ……」
折角良い気分で眠りにつけそうだったのに、と掠れた不機嫌真っ只中の声を出されたにも関わらず、雛森は動じない。
「見てみてあの雲!」
日番谷とは違い座り込んでいる雛森の腕が日番谷の視界にすっと入り込み、寝転がっている為普段よりも遠く広がる青空に向けて伸ばされた。そして、ある一点を更にピンと突き立てられた人差し指が指し示す。
「鯛焼きみたい!」
ああ、確かに見ようと思えば見えなくもないが、何でよりによって鯛焼き。もっと良い表現はなかったのか。それよりも、あの雲が鯛焼きみたいだと伝える為だけに自分は眠りを妨げられたのか。
呆れて何も言えない日番谷を気にもせず、雛森はあの雲は銅鑼焼きみたいだとかなんとか楽しそうに流れゆく雲を追い掛けている。
「お前には雲は菓子にしか見えないのかよ」
そんな様子に心が和まないと云えば嘘になるが、眠りを妨げられたことに対して少々の皮肉は言わせてもらいたい。
「雲は綿菓子みたいだよねー」
だが雛森には通じなかったようだ。日番谷は物申すのを瞬時に諦め、今度こそ眠ろうと目を閉じた。
「日番谷くん?」
けれど、雛森によってそれは再度阻まれた。
「ん……?」
仕方がないので目を開き、未だ空を見上げる雛森を斜め下から瞳に映す。
「なんだかお腹空いてきちゃった。ねぇ、甘味処さんに行かない?」
えへへ……と眉を下げ照れ笑いをする彼女。
そりゃ鯛焼きだ銅鑼焼きだと食べ物――それも菓子ばかりを頭に思い浮かべていれば食べたくもなってくるだろう。
付き合ってやりたい気もするが、それよりも日番谷は眠かった。
暖かな適度な気温が眠気を誘い、柔らかな日差しが木漏れ日を抜け二人へと降り注ぐ。新緑の木々が広がり草木の青々とした匂いが鼻孔を擽り、風はそよそよと気持ちがいい絶好の昼寝日和。
それなのにわざわざ食べたくもない甘味を食べに行こうと言うのだろうかこの少女は。
自分が彼女に弱いことは重々承知しているが今日ばかりは彼女の言う通りにはしたくない。
「悪いけど、俺は此処で寝てるぞ……」
正直に告げれば返って来たのは意外な言葉。
「そうだよね。やっぱりあたしも寝ようかなー」
どさりと音を立て雛森が真横で横になった。それまで曲げていた腕や足を伸ばし、んーと大きく伸びをして脱力する。
そして猫の様に背を丸め、あろうことか日番谷へぴたりとくっついてきた。
「日番谷くんお日様の匂いするー」
日番谷の柔らかな銀糸へと顔を埋め、深呼吸。
止めろと言いたい所だが、気持ち良さそうな表情を見ては何も言えない。
直ぐにでも眠りに落ちそうな雛森の右手を己の左手で軽く握ってみるとふふと微笑んでくれたので、日番谷も表情を緩めて笑った。
暖かな春の日差しと更に温かくさせる隣に眠る彼女の体温。
彼女の健やかな呼吸を聴きながら、彼はゆっくりと一つ深呼吸をして瞳を閉じた。