しあわせのありか「美味しかったね!」
雛森の誕生日だから、と日番谷と終業後に予定を合わせ、共に食事をした帰り道。
隊長各御用達のその店は多少格式張るものの、個室で二人きりで落ち着いて食事をし、味も見た目も華やかな料理に舌鼓を打つには打ってつけだった。
そのような店なので出される料理も酒もどれも特別に美味しかったけれども、いつもより会話に沈黙が多くてぎこちない空間だった。
日番谷の口数が格段に少ない。誘ってきたのは日番谷の方だというのに、どことなく上の空でピリピリとしていた。今更二人きりにも店の雰囲気にも緊張するわけがないから、彼がおかしい。
流れる緊張感、その空気に呑まれたのか少しばかり肩が張っていたようで。だから店を出て窮屈さから解放されたかのように大き目の声が出た。
「ああ……そうだな」
なんて覇気のない声だろうか。いつも通りの相槌は打ってくれたけれど、いつもの日番谷ではなさすぎる。食事中はなんとなく、どうしたのか聞けなかったけれど。今なら答えてくれるかもしれない。
「日番谷くん、なんか変だよ。どうしたの?」
「……ちょっと行きたいところがある。付き合ってくれるか?」
問いには答えてくれなかったけれど。行きたいところがあるなんて言うのは珍しいから、うんと頷いて背中を追いかけるようにして付いていく。
大きな背中を眺めて思う。その背にいろいろ背負って、疲れているのかもしれない。マッサージでもしてあげた方がいいだろうか? 今日は己の誕生日とはいえ休みではなかったが、明日は非番だから今夜はどうせ彼の部屋へと帰るのだ。
昔と比べたら背も伸びて、その伸びた背の分だけ自分たちの関係性も変わった。変わったというよりも関係性を表す単語が一つ増えたという方が正しいだろうか。そうだというのに、ちっとも彼が何を考えているかがわからない。それだけ彼が昔よりも感情を隠すことに長けて上手くなったということなのだろう。それでも他人よりは彼の感情の機微を感じ取れる自負がある雛森にも、今日の彼は本当にわからない。
どこかおかしいことだけは確実にわかるから、やはり疲れているのだろうか。癒しとか与えてあげた方が良いだろうか。
今日祝われるのはお前と言われるだろうが、喜ばされるばかりではなく喜んでほしいとも思うのだ。喜ばされるのも嬉しいけれど、喜んでもらうのだって嬉しい。嬉しい気持ちは何倍あったっていいのだから。
そんなことを考えている間に、開けた高台へ着いて足を止めた。
「雛森」
日番谷は雛森へと体を向けると真っすぐに見つめてきた。その視線に雛森の鼓動が跳ねる。その目はよくない。そんな熱を持った目で見られたら、まるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
見つめられて時間が経つごとに、ドクドクと内側で響く鼓動がうるさくなっていく。
「っ、ちょっとまってくれ」
身体に熱を持つ雛森とは裏腹に日番谷は左手で髪をぐしゃりと掴み顔を伏せてはこんなはずじゃなかった、ここまできて言えないとか阿保かとかなにやらぶつくさ声にせずぼやいている。
なにか伝えたいことがあるんだ、それだけはハッキリとわかる。だから雛森はだらりと下がる日番谷の右手を取った。
「勇気、分けてあげる」
取った右手を両手で包み込みぎゅっと握る。目もぎゅっと瞑りながら、まるで祈るように願うように分け与えるように。雛森に勇気を分けてもらっても、勇気を使って伝える相手は雛森だというのに。だけど、それが最大の後押しだった。
「どう?」
少しはパワーが伝わったかと手を緩めながら雛森が顔を上げたら、愛し気に細められた目と視線が合う。離れかけた両手を今度は日番谷が両手でぎゅうと包み込んだ。
「俺と結婚してくれ」
言われた言葉が上手く呑み込めずに固まった。結婚、そう言われたと理解するとともにじわじわと心から溢れてくるものがあった。
「お前と同じ家に帰りたい」
「うん」
「忙しくても毎日顔を合わせられなくても、同じところに帰れる関係になりたい」
「うん」
「ばあちゃんと住んでたあの家みたいにあったかい場所を作りたい。お前と、桃と一緒に」
「うんっ……」
ぽたぽたと耐え切れないといったように両目から涙が溢れた。ひとつ言われるごとに滲んでいたものが決壊してしまった。
「俺と、結婚してください」
「はい」
溢れる涙をそのままにふんわり笑った雛森を、日番谷は衝動的に抱きしめた。
ただただぎゅうと強く自分の腕の中に閉じ込めるように。雛森はその背に腕を回し、日番谷の胸に頬を押しつけるようにして余韻に浸り微笑んでいた。
だが、あまりにいつまで経っても腕が緩まないから問いかける。
「日番谷くん?」
「あー……幸せだなって思ってたら、な」
ゆるゆると腕が解かれて顔が見えると思ったら、今度は視線が合わない。照れている。照れていることがわかるから、雛森はちょんと背伸びをして軽く唇に口付けた。ちゅ、とリップ音とともに離れる顔を日番谷は呆然と見つめた。
「あたしも幸せ」
火のついたように真っ赤になった日番谷の頬を両手で包み込んで、雛森が顔を寄せる。
お付き合いを始めてからきちんと段階を踏んで一線も超えたというのに、雛森から好意を表し示すことになかなか慣れてくれない日番谷に、ありったけの気持ちを伝えられるように。
「大好きよ、シロちゃん!」
下から見上げて今度は深めに口付けた。
並んで手を繋ぎ、夜空の星々を見ながらゆっくりと歩く帰り道。
「ほんと、お前には敵わねえ」
「褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
「あたしだって好きな気持ちぶつけたいもん」
「俺のが好きだろ」
「えー?」
「年季が違う」
「なら、もうちょっと慣れてよね」
「それはまた別の話だ」
「えー?」
「なあ、誕生日おめでとう」
「ふふ、ありがとう」
「俺の隣で生きててくれてありがとう」
「うん」
「めいっぱい幸せにするから」
「うん、二人で一緒に幸せになろうね」
「────そうだな」