クリスチーネとフラペチーノパチンコ屋の上にあるその劇場は、最近機材を入れ替えてしまったようでからからと何が回るわけではない。いわゆる名画座、と呼ばれる場所だったから最新の文字は寂しくも虚しくも映るけれど、それでこの場所が守られるならいち観客はお金を払うだけである。
片桐澪音がそこへ足を運ぶのはいつも悪友の浩介に連れられてで、その日もそうだった。前回から日は経っていたが上映作品は相も変わらずモノクロだ。とっぷりと日が暮れて最後の一本。戯曲のタイトルと映画の邦題が全く異なるそれはミステリの女王が描いた法廷劇。麗しい依頼人。気が良く有能な弁護士。護るべきものは。ラストに迫るごと、真実が明らかになるごとに変わる構図。
少し筋張った白い手が劇場の外で買ったフラペチーノをとる。桜貝みたいな爪がきゅうと少し白む。春が過ぎて、夏も終わろうとしている今のフレーバーは秋を先取りしたモンブランだ。
視線の先のスクリーンはとっくに沈黙している。観ていたのがレイトショーだったから、あとは店員に追い出されるだけの箱だ。
それでも澪音はゆっくりとほとんど氷の溶けたそれに口をつける。
「レイン」
ぼうっと動かない同行者を急かすように、長身が覗き込んできた。
「なんだい、こうすけ」
「なんだじゃねえよ。さっきから店の人がめっちゃ見てくる」
「あはは、モテるね」
「モテるならねむ先生にモテたい、ってそうじゃなくて」
「うーん、いいご飯」
「なんだそれ」
少女めいた顔と声音で澪音はけらけらと笑う。
いでたちは不良男子学生と真面目な女子高生だが、それを裏切るように会話は気安い。かといって色めいた風でもなく言葉は続く。
なお、そも真面目な女子高生は制服でレイトショーを観ないものだよ、とは澪音本人の弁である。
「面白かったよ」
散々言ったわりに立ち上がるのは軽快で、ふわりと長い髪がゆれる。頬にかかる髪を耳にかければ真っ赤なピアスが少ない光源で光った。
「だろ? さすがアガサ・クリスティ。それに映画としてもビリー・ワイルダーの脚本がだな」
狭いエレベーターで男子学生は高揚した声で語る。それを目を細めて澪音はただ耳を傾ける。
空はすっかりと暗く、けれど繁華街の隅にあるからネオンはまぶしい。
「マック、月見はじまったってよ」
「なら新作のパイにしようかな」
「ハンバーガー食えよ」
補導せんと真面目に働く警察官の目をすり抜けて、二人はだらだらと次の目的地へ足を向けた。