家具を買う七五 忙殺される日々を過ごすその合間に少しでも多く顔を合わせる時間を作りたい。そう意見が一致して同じ屋根の下で生活を始めたのは少し前だ。元々学生の頃は同じ寮で寝食を共にしていたのだからお互いの勝手は知っているし、今ではそこに交際期間もそこそこ長くなってきた恋人同士というキャリアも付き、今更ながらの共同生活に特に大きな問題が起こるはずはなかった。
が、七海は自宅で悟を前に大きくため息をつく。
「……五条さん」
三時間の空きができたからとわざわざ自宅に戻ってきてくれるのは、顔を見れるのでありがたい。そう、高専に入学してからなのでもう十年以上の付き合いになるに関わらず、七海は今でも毎日でも顔を見たいし、毎日早く逢いたいと思っている。だから今のこの時間は、二人で暮らし始めたから得られた三時間であって、そこにはまったく問題はない。
長い体を長々とソファに横たえて、行儀悪く脚を組む姿勢、悟は七海の顔を見上げて
「ん、なに?」
と、何の悪気もない顔だ。
七海はどこから説明しようかと少し悩んだ。それから口を開いた。
「たとえばこのソファは、今五条さんが昼寝用に愛用していますが、元々私が買ってきたものでして」
「うん、ソーダネ。え、なんか悪かった?」
「愛用されるのはいいのです。ここのラグ、それからカーテン、マグカップ、その中身のコーヒー豆」
「ウン」
「すべて私が買ってきたものでして」
「ソーダネ。え、ごめんね?」
「つまり私が言いたいのはですね、二人の生活する場なのですから、五条さんにももう少し協力的になっていただきたい」
もう一度、ため息をついた。
すると悟は拗ねたような顔をしながらも昼寝の姿勢から起き上がる。立っている七海の顔を一度見上げて、すぐに顔を逸らした。
「怒ってる?」
「怒ってはいませんよ。しかしこれでは、二人で住むというよりは、私の家に五条さんが住んでいる、といった様相になっていて、それが私には不満なのです」
悟はとても困った顔をしている。冗談で流したり、勢いで押し切ったりせず、ちゃんと聞いてくれていることに、七海はまず感謝した。なので、
「だから、さっき聞きましたね、夏物の寝具はどうしましょうって。七海の好きなのでいーよ、じゃなくて、一緒に選んでくれませんか?」
そう、生活に無頓着な悟と、細かいところまでこだわりがちな七海の間で、そういう偏りが定着しつつあったのだ。なんでも、七海の好きなのでいーよ、七海に任せるよ、七海がいいと思うならいいんじゃない?
あまりにそればかりだと、すこしは共同参画を意識しろとつい一言でも言いたくなってしまう。
悟は充分に言いあぐねた後に、渋々と口を開いた。
「あのね」
「はい」
「六眼ってどうやって見えてるのか僕にもよくわからないんだけど、とにかく目を瞑っててもずっと脳内には視覚イメージが送られ続けている状態でね」
「……はい」
予想外に術式の話になったことに七海は内心面食らいつつ、悟に傾聴する。
「呪力の流れや残穢だけじゃなくて、人の感情の流れや、人や物についた想いや、そういうものも見えるから、肉眼で見なくても人も物も見えるわけなんだけど」
「はい」
「つまり、そういうことなんだけど」
「わかりません」
悟は、あーもうばか、あほ、となぜか罵倒してくる。七海には訳がわからない。
「つまりこの部屋でこーやって目を瞑ってると、オマエの買ってきたものばかりだから、視界中、オマエの色だらけなんだよ。だからね、オマエが選んで、オマエがいいなって思ったやつで部屋ん中かためてくれるほうがいいの。わかった?」
どうやら恥ずかしい、照れる話だったようで、白い前髪の隙間から見える額までホカホカと赤くなっている。きっとその前髪をめくったら、生え際は汗でしっとりしているだろう。七海は首を傾げた。
「まあ、アナタにとって、物質としての色や形よりも、ついている感情、つまり呪力の方が重要だということはわかりましたが」
「わかった?」
「私がいいなと思って買ったものに私の色がついているというのなら、アナタには、アナタ自身は何色に見えているのでしょうか?」
悟は黙って答えなかったので、七海は追加した。
「ちなみに私には、今のアナタは真っ赤に見えています」