白雪姫の大冒険 昔々、ある所に勇敢な王様と美しいお妃さまがおりました。仲睦まじい二人の間には、そのうちとても可愛らしい男の赤ちゃんが産まれ、赤ちゃんはダイと名付けられました。
しかし、王子が産まれてまもなく、お妃さまは病気で亡くなってしまいました。
王様は大層嘆き悲しみました。愛する者を再び失うことを不安に思った王様は、王子を世間から遠ざけて育てることにしました。
というのも、実は王様は『竜の騎士』という伝説の人物の血を引いており、そのことを信頼できる家臣以外には秘密にしていたからです。『竜の騎士』はすさまじい力を持っており、その存在が知られれば、争いに必ず巻き込まれます。王様の子供である王子も、その力を引き継いでおりますから、王様はそのことをとても心配していました。
そのため、王様は、争いごとから出来るだけ王子を遠ざけたいとの思いから、王子の正体を偽り、一人前に大きくなるまでは『姫』として育てることを決めたのです。
亡きお妃さまの、『雪のように真っ白な穢れのない心を持ってほしい』という願いから、王子は『白雪姫』という呼び名を与えられました。
やがて月日が経ち、王様や家臣達にたくさんの愛情を注がれた白雪姫は、お妃さまの願い通り、誰に対しても分け隔てなく接する、清らかな心の持ち主に育ちました。それに加え、黒檀のように真っ黒な髪に、薔薇のように紅く色づいた唇、そして、お妃さまにそっくりな、愛らしいお顔立ちをしていましたので、王様はもちろん家臣達も、白雪姫の事を宝物のように大切に思っておりました。
年々お妃さまに似てくる白雪姫を見て、王様は毎晩家臣に尋ねます。
「ラーハルトよ、この世で最も愛らしいのは誰だ?」
「はっ! それは白雪姫様にございます!!」
「うむ。その通りだな」
お城の者は皆、白雪姫の事を可愛がっておりましたが、王様とこの家臣は白雪姫をひときわ溺愛しているのでした。
そんな風に愛されて育った白雪姫にも、不満はありました。白雪姫を大事にする余り、王様も家臣達も、白雪姫をなかなか外へ連れ出してくれないのです。外に出たい、と伝えても、お庭やお城の周辺の森を散歩するばかり。もちろん従者付きです。
小さい頃からずっと一緒の友達──ゴールデンメタルスライムの『ゴメちゃん』──がいても、退屈でたまりません。お庭や森に行けば、可愛らしい動物達が白雪姫の側に集まってきてはくれますが、もっと自由にお話の出来る友達がほしいと白雪姫はいつも思っておりました。
お城の生活に飽き飽きしていた白雪姫は、やがて大きくなると、こっそりお城を抜け出して、城下町を散策するようになりました。白雪姫だとバレないように、名前をダイと名乗り、少年の姿で町に出かけていました。町では、ひょんなことから、アバンと名乗る元勇者やその弟子たちと仲良くなり、白雪姫は城下に出かけるのがすっかり大好きになりました。
ところがある日、城下にお忍びで出かけていることが王様にバレてしまったのです。カンカンに怒った王様と派手に大喧嘩した白雪姫は、ドレスのままでお城を飛び出しました。
ドレス姿のまま町に行くこともできず、白雪姫はゴメちゃんと共に森を彷徨い歩きます。
「父さん、本当にわからずやなんだから……。おれだって、もう十二歳なのにさ」
「ピイィー……」
「うん……わかってるよ。もうちょっとしたら、帰るから」
王様が、白雪姫をとてもとても大切にしてくれているのは、白雪姫も理解しているのですが、お城の外の楽しい世界を知ってしまった白雪姫にとって、お城の中だけの生活はとても窮屈でした。
「ふぅ……ちょっと疲れちゃったね。ここ、どこだろう……」
気づけば随分お城から離れてしまったようです。白雪姫とゴメちゃんは、森で迷ってしまいました。
辺りを彷徨っているうち、二人は一軒の家に辿り着きました。この家の人ならお城までの道を知っているかも、と思った白雪姫は、玄関の扉の正面に立ちます。
「ごめんくださーい!」
白雪姫が声をかけますが、返事はありません。ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていませんでした。
白雪姫は家の中に向かって、もう一度声をかけます。
「すみませーん! 誰かいませんかー?」
相変わらず返事はありません。
仕方無しに、白雪姫とゴメちゃんは住人が帰ってくるのを、中で待たせてもらうことにしました。
待っている内に、白雪姫はふわぁとあくびを漏らしました。朝、王様と大喧嘩をした際、うっかり白熱してしまい、危うくお城が破壊されそうなほどの力でぶつかり合ってしまったからです。くわえて、お城からここまでは歩きっぱなしで。
ほとほと疲れて切ってしまった白雪姫は、ゴメちゃんを抱えたまま、テーブルに突っ伏し、眠ってしまいました。
それから少しして、その家に住む者たちが帰ってきました。彼らは、家に入りびっくりしました。見たこともない可愛らしい……女の子? ……男の子? ……とにかく、小さな子と羽の生えた金色のスライムが、すやすやと眠っていたからです。
彼らは、白雪姫とゴメちゃんを興味津々に囲むと、その中の一人……いえ一匹がそうっと声をかけます。
「ねえ、君。起きてよ」
「ん……ううん……」
白雪姫が目を覚ますと、目の前で大ねずみが白雪姫の顔をのぞき込んでいました。
「う、うわぁっ!」
「うわぁ、とは失礼だな、君は」
白雪姫はとても驚きました。いつの間にか、白雪姫たちはモンスター達に囲まれていて、しかも大ねずみが喋っているではありませんか!
ですが、勝手に家に入ったこちらに非があります。白雪姫は、まず素直に謝りました。
「ご、ごめんよ。君が喋ったことに驚いちゃって。しかも、勝手に家に入ったりしてごめん」
しゅんとして縮こまる白雪姫に、大ねずみも驚くと同時に感心しました。モンスターである自分達に、人間がこんな風に接するなんて思わなかったからです。
どうも悪い子ではなさそうだ、と思った大ねずみのチウは、この家がチウ達──森を悪者から守るモンスター達──の家である事を説明しました。
白雪姫がお城までの道を尋ねたところ、「森のパトロールが終わった後ならば案内しよう」とチウ達はこころよく応じてくれました。
チウ達は、森のパトロールを日課としており、森を荒らす悪者がいないかを見回っているのです。彼らはお昼時になり、休憩の為に家に帰ってきたところでした。
「それなら、お礼におれがお昼ご飯を作るよ! 簡単なものしか作れないけど……」
料理はあまり得意ではありませんが、白雪姫はチウ達に美味しいものを食べてもらいたいと一生懸命に作りました。チウ達も、そんな白雪姫の心遣いが嬉しく、また白雪姫がモンスターである彼らにもとても優しい良い子でしたので、みんなたちまちに白雪姫のことが好きになりました。ゴメちゃんも、モンスターの友達が増え、とても嬉しそうです。
お昼ご飯が終わると、チウ達は再びパトロールへ出かけました。白雪姫は留守番をしながら、お昼ご飯の後片付けをして、彼らの帰りを待ちます。
しばらく経った頃、どんどんと扉を叩く者がおりました。この家の住人ではないものの、チウ達へのお客様かもしれないと思い、白雪姫はそっとドアを開けました。
そこに立っていたのは、黒い猫耳ローブを身にまとった、肌が緑色の男でした。
「……どちら様ですか?」
「この家に『竜の騎士』はいるか?」
「!?」
白雪姫はどきりとしました。その名を知っている者は、ほんのわずかしかいないと王様に聞いていたからです。
さっと顔色を変えた白雪姫を見て、その男、魔王ハドラーはにやりとしました。
「ほう……。『竜の騎士』を知っているか」
「……し、知りません! そんな人!!」
白雪姫は必死に否定しますが、ハドラーは聞く耳持ちません。魔王であるハドラーは、世界を我が物にしようと企んでおりましたので、それを邪魔する竜の騎士を抹殺しようと探し回っていました。さらに言えば、かつて自分を倒した元勇者であるアバンのことも探し回っているのでした。
(ドレスを着ている……ということは、竜の騎士ではなさそうだが。まあ、竜の騎士やアバンをおびき寄せるエサにはなるかもしれん)
そう考えたハドラーは、おもむろに懐から一つのりんごを取り出しました。
「ふん、まあいい。情報提供の礼に、これをおまえにやろう。黒の核晶印の、暗黒闘気漬けりんごだ」
りんごは黒いオーラを纏っており、見るからに怪しげです。
(こんな変なもの、お腹壊しちゃいそうだし……)
「い、いりません! それに知らない人から物を貰っちゃいけないって言われてるし……」
白雪姫はそう言って断ろうとしました。ですが……。
「いいから食え!!」
「ムグゥッッ……!?」
「ピィッ!?」
ハドラーは強引に、そのりんごを白雪姫の口に突っ込みました。
突然のことに白雪姫は抵抗できず、そのりんごを一口噛ってしまったのです。
「うっ……」
白雪姫の顔色が見る見るうちに真っ青に変わり、白雪姫はばたんとその場に倒れてしまいました。
「ピッ!? ピピピィーーーッッ!?」
「くはははははははは!! 悪く思うなよ!」
ハドラーは声高らかに笑うと、その場を立ち去っていきました。
「ピエェェェェン!!」
辺りにゴメちゃんの泣き声が響きます。
パトロールから帰ってきたチウ達は、白雪姫が倒れているのを見て、驚き、とても悲しみました。
ハドラーを追いかけようにも、手がかりもなく、また白雪姫をこのままにしてはおけません。
「ううう……白雪姫……」
「ピエェェェェ……」
ゴメちゃんとチウ達は泣きながら、白雪姫をとりあえずお城へ連れて行く準備をしました。物置の片隅になぜか置いてあった、ガラスで出来た棺へ、色とりどりの花々を敷き詰め白雪姫を寝かせました。
彼らが悲しい気持ちのまま出発しようとした時、その場を通りがかった者達がおりました。
「おや? 君達、どうしたんですか?」
それは、魔王ハドラーの邪悪な気配を察し、森を歩き回っていたアバンとその弟子達でした。
彼らは棺の中を覗いて、びっくりしました。
「なっ……!? ダイ!? ダイじゃねえか!?」
ダイ、つまり白雪姫と歳が一番近く、一番仲良しになったポップが叫びました。
「なんてことなの……ダイ……!!」
慈愛の精神に溢れるマァムは、悲しみに顔を両手で覆いました。
「何故ダイが、このような事に……!」
悔しそうに言葉を漏らすのは、アバンの一番弟子で頼りがいのあるヒュンケルです。
彼らと既に顔見知りであったゴメちゃんは、チウを通して事情を説明しました。話を聞いた彼らは大変驚いていましたが、この状況と、ダイの正体が白雪姫であった事にも納得がいったようでした。
「……恐らく、これは魔王ハドラーの仕業でしょう」
家の前に転がっていた、黒ずんだりんごを拾いながらアバンが言いました。
「「「まっ……魔王!?」」」
「ええ。この暗黒闘気に満ちたりんごが証拠です。それはともかく、早くダイ君を助けなければなりませんね」
「先生! 助かるんですか、ダイは!?」
「ええ、もちろんです。その為には……」
一瞬の間。
「ダイ君にキスをしなければなりません!」
意気揚々としたアバンの言葉に、皆はぽかんとした表情を浮かべました。
「せ、先生……冗談でしょ?」
「ノンノン! 私はいつだって本気ですよ、ポップ」
ポップのツッコミにも、アバンは態度を崩しません。
「『姫を目覚めさせるのは王子のキス』というのがセオリーでしょう。しかし、ここには王子がいませんからね。ポップ、ヒュンケル。あなた達のどちらかがキスしちゃってください!」
「「は?」」
「さあ、どうしますか? 二人で話し合ってもらってもかまいませんよ?」
「せ、先生!!」
「おやぁ? ポップ。何か不満でも?」
「不満っつうか……その、いきなりそんな事言われても……」
唇を尖らせながら口ごもるポップを見て、アバンはヒュンケルに話を振りました。
「そうですか? ではヒュンケル、あなたがキスしてあげてください」
「……む。…………わかった」
「おいおいおい、待てよ! ヒュンケル、おまえそれでいいのかよ!?」
アバンの言葉に素直に頷いたヒュンケル。そんな彼にポップはたまらず突っかかります。
「ポップが出来ないというのなら、オレがするしかあるまい」
「で、出来ねえとは言ってねえだろうが! 大体、おまえの方こそそんなに簡単にキス出来んのかよ!?」
「……? ダイの命がかかっているのだ。問題なかろう?」
「あー! もー! だから天然は……!」
話の噛み合わないヒュンケルに、ポップはもどかしいというように足を踏み鳴らしました。
ポップとて、ダイにキスする事が嫌な訳ではないのです。なにしろポップは、出会った時からダイの事を気に入っていて、可愛いやつだと思っていましたから。
「よ、よし……! お、おれがやってやらあ……!!」
ポップは気合を入れ、棺の蓋を開けました。いつも目にする少年の姿とは違う、白雪姫の可憐なドレス姿にどきどきと胸が高鳴ります。
ガシっと白雪姫の肩を掴むと、必死の表情で顔を近づけていくポップ。
ですが、いきなりキスしなさいと命じられて、すぐにキスができる程の勇気は、あいにくまだ彼にはありませんでした。
「ちょ、ちょっとタンマ! やっぱりまだ心の準備が……」
胸に手を当て、ポップはすーはーと深呼吸をしました。
そんなポップをしばし見守っていたヒュンケルでしたが、ポップの覚悟はなかなか決まりません。
埒があかないと踏んだのか、ヒュンケルは棺に近づくと跪き、白雪姫のまろやかな頬へそっと手を添えました。
見目麗しいヒュンケルの様になる所作に、はらはら様子を見守っていたモンスターたちも思わず息を飲みました。
ところが、それを留めたのはやはりポップでした。
「ま、待てよ、ヒュンケル!! おれがするって言っただろ! おれにやらせてくれ!」
ようやく勇気を振り絞ったポップ。ヒュンケルも動きを止め、ポップを振り返りました。
「覚悟を決めたのか……?」
「ああ……やってやるぜ……!」
二人のそんなやり取りを、黙って見守っていたマァムでしたが、遂に痺れを切らしました。
(もう……! 早くダイを助けてあげなくちゃいけないのに……! どうしたら……。そうだわ! 何か衝撃を与えれば、ダイが起きるかもしれない! )
マァムは早速、白雪姫の半身を起こすと、拳を軽く握りました。
(ダイ……目を覚まして!! )
「はぁぁぁ……!」
「お待ちなさい! マァム!!」
マァムの様子に気づいたアバンの声に、ポップとヒュンケルも振り返り、ぎょっと目を見開きました。
「げっ!!」
「な!?」
しかしアバンの声も虚しく、マァムはその気合のこもった拳を白雪姫のお腹に叩き込みました。
「はあっっっ!!!!」
「ぐはぁっっっ!!!!」
マァムの強烈な一撃に、白雪姫が激しくえづいたその拍子、白雪姫の口からぽろりとりんごの欠片が零れ落ちました。
「ごほっ……けほ……! あれ? おれは一体……」
何ということでしょう! 白雪姫が目を覚ましたのです!!
「ダイ! よかった……気がついたのね!!」
「ピピピィーーーーッッ!!!!」
「わぁぁい!! 白雪姫が助かったぞーーー!!!!」
マァムとゴメちゃん、チウ達は大喜び。
「……は? え……は?」
「…………」
「やれやれ……。 キスじゃなくても良かったみたいですねぇ」
ポップ、ヒュンケル、アバンは拍子抜けしてしまいましたが、それでも白雪姫が目覚めた事に胸を撫で下ろしました。
それからアバン達は、目覚めた白雪姫によりお城に招かれ、盛大にもてなされました。王様とアバンの会話により、世界に危機が訪れようとしていることを知った白雪姫は、それに立ち向かおうとしているアバン達一行の力になりたいと考えました。
白雪姫を溺愛する王様はもちろん大反対しましたが、アバンを始めとする皆の説得に、結局泣く泣く白雪姫が旅に出ることを許しました。
その後白雪姫は、新たな仲間達と共に、ダイとして魔王討伐の大冒険に出発したのでした。
めでたしめでたし。