父と息子達で楽しいティータイムを過ごした話頑丈な造りの扉の前で、おれはすーはーと深呼吸をする。
こんなにドキドキするのは……バーンパレス以来かもしれない。
でも胸がギュッとひきしまる感じじゃなくて……。
ちょっと不安な気持ちはあるけど、ワクワクする気持ちの方が大きいかも。
最後にふぅっと大きく息をついて、おれはドアノッカーをゴンゴンゴンと叩いた。
ベンガーナの南端、アルゴ岬。
そこにおれの父さんと、ラーハルトは暮らしている。
どの辺りに住んでるのかなと思って、トベルーラでこの間この岬の辺りをうろうろしていたら、気配を察知したのか、この大きめのお屋敷からラーハルトが出てきてくれた。
テランで再会してからまだ数日。
随分早いおれの訪れにラーハルトはちょっとびっくりしていたけれど、今日は下見だけ、と告げた。
一週間後の休日、二人が家にいるつもりだってことを確認して、おれはまたその日に来るよと言って、別れたんだ。
そして今日がその日。
扉を叩いたおれを出迎えてくれたのは、予想通りラーハルトだった。
「お父上が、首を長くしてお待ちですよ」
そう言って、屋敷の奥へ案内してくれる。
二人で住むには随分広いお屋敷。
なんでも、貴族が住まなくなって長年放置されているのを二人が見つけ、手入れをして、住むようになったんだって。
さすがにお城ほど大きくはないけど、いくつも部屋があって、おれが今住んでいる家よりもかなり広い。
おれがきょろきょろと周りを見回している間に、客間に着いた。
ラーハルトが扉を開けると、父さんがいた。
ソファはたくさんあるのに、父さんはそこには座らずに、なんだか中途半端なところに立っていた。
「よ、よく来たな、ディーノ」
「う、うん」
「ま、まあ……座りなさい」
「あ、うん……」
ラーハルトはお茶を入れてくると言って、部屋を出ていってしまった。
「「……………………」」
うぅ……なんか……気まずい。
「あの」「その」
タイミングがいいのか悪いのか、話を切り出そうとしたところで父さんとかぶる。
「あ……!な、何?父さん?」
「あ、いや……。おまえの方こそ、どうした?」
「あ、ううん……。な、なんでもないよ」
「そ、そうか……」
「「……………………」」
──あー!もうーーーっ!ラーハルト早く来てーーーー
そんなおれの願いが届いたのか、ラーハルトがティーセットを持って戻ってきた。よかった!
「どうなさったのですか?お二人とも、そんなに緊張なさって」
ラーハルトは薄く笑いながら、テーブルにティーセットの乗ったトレーを置く。
「な、なんか改まって二人になるとなんか……ね」
頬を掻いたおれの右手の肘に、がさりと紙袋が当たる。
──あ!そうだ、すっかり忘れてた!
「あ!これ‼」
そう言って、おれは紙袋から箱を取り出す。
「家にお邪魔するんだったら持っていけ、ってじいちゃんが!デルムリン島で採れた果物を使ったフルーツタルトだよ」
あっちの世界と違って、こっちじゃデルムリン島は、モンスターもいるけど、美味しい果物と海産物が採れるところって知られていたりする。
ちなみにモンスターは、こっちでもみんなおれの友達だし、乱暴なやつはいないことは確認済みだ。
今はロモスの人が少し移住していて、そういうのを栽培したり収穫したりしているらしい。
じいちゃんが持たせてくれたこのフルーツタルトは、パプニカでも有名なケーキ屋さんで売っていて、午前中に売り切れになることも多いって聞く。
完熟のマンゴーと、キウイ、パイナップルがたっぷり乗った、甘さ控えめのこのタルトは、おれもお気に入りだ。
「そうか……では後で皆でいただこう」
そう言って父さんは、箱を受け取り、ラーハルトへ手渡した。
「手土産まで用意とは……おまえを育てた方は、私などよりよほど父親らしいようだな……」
父さんが少し気落ちしたような、残念そうな顔をする。
「そんなこと……ないよ……!」
おれは、父さんの言葉を否定したくて続けた。
「じいちゃんはじいちゃんだ……。おれの……父さんとはちがうよ……!」
「ディーノ……‼」
「ディーノ様……!」
「確かに父さんは……会って早々人間を滅ぼそうとか言ってくるし、ちょっとどうなのと思うところもあるけど……。でも、おれの父さんは……父さんだけだから……!」
「ディーノ……」
「ディーノ様……」
──よかった……。今度はちゃんと言えた……!
でも、父さんはちょっと複雑そうな顔だ。
「そうやって……人が気にしている事を無意識に抉ってくるところはソアラにそっくりだな……」
「え……⁉母さんに……?ねえ、もっと色々話、聞かせてよ!父さん」
「そうだな……」
フッと父さんが優しい眼差しで笑う。
いつの間にか、おれたちの緊張もほぐれたみたい。
そうやっておれたちは、ラーハルトの淹れてくれたお茶と、おれが持ってきたフルーツタルトをお供に、たくさん話をした。
母さんのこと、おれのこと、父さんのこと、ラーハルトのこと……。
あっという間に楽しい時間は過ぎて、もうそろそろ日も沈む頃になった。
そろそろ……帰らないとな。
本当は二人と……父さんと、もっともっと話がしたいけど。
屋敷の玄関を出て、ちょっと元気のないおれに気づいた父さんが、ぽんとおれの肩に手を置く。
「ディーノ」
ちゃらん、と目の前に差し出されたそれは。
「え……鍵……?」
「……この屋敷の鍵だ。いつでも来るといい。……私達は、家族なのだから」
「……‼」
他でもない、父さんの口から出る、家族という言葉。
──こっちではおれ、父さんと家族として過ごせるんだ……!
そう思ったら、じんわりと目の奥が熱くなって。
「……うん」
ごまかすように、精一杯の笑顔でおれは返事をし、鍵を受け取った。
──いつかは……父さんと、一緒に暮らせたらいいな……。
そんな風におれが思ったら、突然目の前にあの選択肢が現れた。
別れ際、おれは父さんに言う。
▶父さん……おれ、一緒に暮らしたいな
父さん……おれ、お小遣い欲しいな
──え。何この選択肢。そりゃあ父さんと一緒に暮らせたらなとは思ったけど……。
でも、まだ……今じゃない、と思う。
それに……好感度、上がりすぎちゃったら困るし。
そうすると……。
おれは戸惑いながら、選択肢を選ぶ。
▶父さん……おれ、お小遣い欲しいな
おれは、背の高い父さんを上目遣いで見つめながら言った。
「お小遣い……だと……?」
──あ、やっぱりマズかったかな……。でも、選択肢それしかないし……。
思わず下を向くおれの目の端で、父さんの拳がぶるぶる震えてる。
──うわっ……怒られる……!
ぎゅっと目をつぶったおれの予想に反して、おれの頭に触れたのは父さんの大きな手のひらで。
「……?」
「まさか……初日からそのような親子らしいやり取りができるとは……!」
──あれ?
「ラーハルト‼」
「はっ!」
父さんの斜め後ろに控えていたラーハルトが、サッと袋を父さんに手渡す。
そして父さんは、それをそのままおれに手渡した。
なんだか……ずっしり重い。
「10000ゴールドある。持っていきなさい」
「……⁉そ、そんなにいらないよ‼」
──やっぱり父さん……基準がちょっとヘン。
「いいから持っていけ」
「こんなに、いいってば!」
そんなやり取りを何度か繰り返し、結局おれはそのまま10000ゴールドを受け取るはめになった。
父さんの言った、「初回ログインボーナスだと思っておけ」って言葉の意味をきちんと聞けないまま、おれは二人に別れを告げる。
「じゃ、じゃあ……また来るね!」
「ああ……またな。今度はこちらから伺わせていただく、とブラス殿に伝えてくれ」
「うん!わかった」
「ディーノ様、お気をつけて」
「ありがとう。ラーハルトも、父さんのことよろしくね」
「お任せください!」
「それじゃあ!」
おれはルーラを唱える。
あっという間にお屋敷は遠ざかっていった。
──父さん、ラーハルト……。また、いっぱい話そうね……!
こうしておれと父さん、ラーハルトの第一回目のティータイムは終わった。
この時父さんがくれた10000ゴールドは、近いうちに役に立つことになるんだけど、それはまた別の機会に。
終
補足
ソアラさんはちょっと天然入ってるといいなーと思います。
この世界では、日数経過と共にレベルが上がっていきますが、ルーラは割と初期から使える仕様。(ドラクエも割と早くに使えたりするし)
父さんのセリフは、受け取らないというやり取りを何度かすると出てくるシステムのミスです。