Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    HATOJIMA_MEMO

    @HATOJIMA_MEMO

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    HATOJIMA_MEMO

    ☆quiet follow

    なかなかくっつかないミス晶♀シリーズ最新 二話目です!
    北の魔法使いのお茶会

    #ミス晶♀

    タイトル未定 第二話 瀟洒なテーブルに、クリームとジャムがたっぷり添えられたスコーンが一山築かれている。更にそれを囲うようにして、揃いのティーカップが三つ、澄まし顔で鎮座していた。
     あとは、宙に浮いたティーポットがとぽとぽと愛らしい音を立ててお辞儀をすれば「魔法舎の楽しい昼下がりのお茶会」の始まりだ。晴天の中庭でのそれは、もうどこをどう取っても文句のない時間──……

    「ふざけんな」
    「最悪」
    「うるさいなあ……」

     ……にならないのは、火を見るよりも明らかだった。
     
     ◆

     両側から飛んできた悪言に、ミスラは顔色一つ変えない。どぼどぼと勢いよく己のティーカップに紅茶を注ぎながら、僅かに首を傾げただけだ。
    「折角、俺が茶と菓子を用意してやったのに。文句が多くないですか?」
    「無理矢理連れて来て何言ってやがる。それに、こいつを用意したのは東の飯屋だろうがよ」
     すかさず突っ込んだブラッドリーは、スコーンを一つ攫って齧り付く。よくよく見れば服や顔に煤やら焦げ跡やらが残っていた。彼の向かい側に座るオーエンには、対照的に汚れ一つ無い。しかしその表情は触れたら灼けつく氷壁のようだった。「お前はいいだろ」とつっけんどんにブラッドリーに吐き捨てる。
    「僕なんか一度殺されたんだから。これみたいに、服も内臓もぐちゃぐちゃにされて」
     そう言いながらオーエンは、いつの間にか手袋を消した指先でジャムを掬い取って口へと運ぶ。口周りにべっとりとした赤を散らす様を眺め、ブラッドリーは顔を顰めた。
    「気色悪い例えすんじゃねえよ」
    「貴方のはらわた、これよりもっと赤黒かった気がしますけど……」
    「やめろやめろ、掘り下げんな! ……つーかミスラ、てめえ賢者達と城に出掛けてたんじゃねえのかよ」
    「ええ。人に会ってました」
    「それだけか?」
    「さあ……何か聞いたような気もしますけど」
     言葉を一旦切り、ずず、とミスラは紅茶を啜る。しばし、ブラッドリーとオーエンが無言でそれを見守る時間があった。
     ほう、と息を吐いて、一言。
    「忘れました」
    「だろうな」
     予想するまでもないお決まりの返事に、ブラッドリーもまた軽く瞼を閉じて見せるだけだ。それは彼にとって二つ目のスコーンに手を付ける前の、些細な会話に過ぎなかった。
     しかし、オーエンは違った。
     好物の甘味を口にしてなお、オーエンの顔つきは険しい。彼は不機嫌よりも更に剣呑な空気を纏って、色違いの瞳でミスラを咎めるように見つめて口を開いた。
    「……どうして行ったの?」
    「何が?」   
    「どうして、賢者様と城になんて行ったの」 
    「頼まれたので」
     感情を排した口調で投げられた問いに、ミスラはぼんやりとした顔つきでそう答える。何故そんな事を聞くのか分からない、という面差しにオーエンの眉間に細い皺が寄った。
    「お前……最近、変」
     彼にしては酷く不器用な、千切られた罵倒とも指摘ともつかぬ言葉。それを受け取っているのかいないのかもはっきりしない様子のミスラだったが、その眠たげな目はゆっくりとオーエンを捉えた。オーエンも、視線を逸らさない。
     この三人で一触即発の状況はいつもの事だが、今日のそれは幾分か緩やかに場をさざなみ立てている。それを眺めながら、ブラッドリーは軽く椅子の背を軋ませてティーカップに口を付けた。
     風に乗った雲が、中庭に薄い影を落とす。さして長くは保たない暗がりで、オーエンの赤と黄の瞳が光っていた。
    「どうして、賢者様の言う事を聞くの」
     風に紛れてしまえそうな囁きは、不思議とはっきり響いた。
    「この頃のお前は、従順な犬みたいで気持ち悪い」
    「犬を飼ってるのは貴方でしょ」
     ずれた反論をしつつも、ミスラは鬱陶しそうに眉根を寄せる。流石に貶された事には気付いたらしいが、さして腹が立っていないのか、そもそもこの会話に興味が無いのか。とっくに空にしたカップを片手で弄びながら、またぼんやりとし始める。
     その態度にオーエンの眼光は鋭くなったが、何故かその唇の両端は吊り上がった。
    「双子が言ってたよ。最近のお前はとってもいい子だって」
    「はあ」
    「滅茶苦茶に暴れる事も減って、賢者様にも優しくて──馬鹿みたいに扱い易いってさ」
     歌うように続いていた声が、急に地を這う。わざとらしい笑みを消したオーエンは、無表情に隠しきれない苛立ちを滲ませ、より烈しい眼差しをミスラへと向けた。ブラッドリーは、オーエンのその言葉が実際の双子のそれよりも悪意を嵩増ししているのを知っていたが静観を決め込んだ。どうあれ結果は変わらない。このまま殺し合いへと行き着くのが、北の魔法使いの日常だ。
     しかし。
    「……はあ」
     オーエンと相対するミスラの纏う空気は、最初と何ら変わらない。はっきり向けられた敵意に気分を害したふうにも見えなかった。
     ただ気怠げに、だらしなくテーブルへと凭れ、手に取ったスコーンを喰むだけ。
    「お前──」
     あからさまに無視されたオーエンは、苛立ちとは別に怒りを抱いたらしい。足元に置かれたトランクの留め金が、見えざる力で大きく軋む。
     だが、一手遅かった。
    「《アルシム》」
    「──ッ‼︎」
     短く、そして鋭く響いた呪文はオーエンの座っていた椅子を紙のように裂いた。すんでのところで空中へと逃げていなければ、彼も同じ運命を辿っていた事だろう。
     ミスラは、いつの間にか立ち上がっていた。オーエンを見上げる顔は変わらず眠たげではあったが、その口元は緩く弧を描いている。
    「オーエン」
     呼び掛ける声は親しげですらあった。しかしそんな声も、微笑みも、放たれる殺気によって意味を無くす。
    「むらっとしたんで、殺しますね」
    「……何それ。ふざけるなよ」
     殺気を込めた台詞を吐きながら、今度は作り笑いではない笑みを浮かべるオーエン。待ち遠しかった芝居の幕が、ようやく開くと知った子供のように……と言うには爛々とし過ぎていたが、間違いなく双眸を輝かせて、彼はトランクを掲げた。
     中庭でのお茶会は、北の魔法使いの殺し合いへと演目を変える。その決定打として、ミスラとオーエン、二人が魔法をぶつけ合う──寸前。
    「わあ……!」
     軽い足音を立て、中庭に駆け込んでくる人影があった。リケだ。
     充満する殺気を物ともせずテーブルへと駆け寄った彼は、きらきらとした瞳でスコーンの山を見上げた。
    「すごい、この前読んだ絵本の挿絵そっくり」
     そう呟いて、動きを止めた北の面々を見て目を瞬かせる。
    「……三人だけでこんなに食べるのですか?」
     心なしか、咎めを含んだ物言いだった。それに座していたブラッドリーが口を開くよりも先に、中庭へ通じる入り口が騒がしくなる。
    「リケ、ここにいたのか」
     結えた髪を揺らし、先頭を切っているのはカイン。その後ろに、和やかにお喋りに興じるアーサーと賢者が続く。
     ──そして。
    「…………」
     オズ。
     魔法使いとして生まれて、その名を知らない者はない。北の面々にとっては因縁しかない相手は、殺伐とした気配を察したらしい。僅かだが眉間に皺を寄せ、ミスラ、オーエン、ブラッドリーを見据えた。
     己を睥睨する眼差しに、北の魔法使いは寛容ではない。観客に回っていたブラッドリーも含めて、再び中庭に冷えた殺気が舞い戻ってくるかと思われたのだが。
    「見て下さいアーサー様! これ、アーサー様に貸して頂いた絵本に出てきた……」
    「ああ、主人公が森でお茶会をする場面にそっくりだな」
    「随分と大食いな主人公だな?」
    「違います! 森の動物達と食べるから沢山必要で……」
     はしゃぎながらも律儀に訂正するリケに、穏やかな顔をして耳を傾けるアーサーとカイン。呑気な会話が、北の空気を鈍らせていく。
     そんな中、立ったままのミスラへと賢者が寄る。無言のままの相手に対し、賢者は特に衒いなく笑いかけた。
    「ミスラ、今日はありがとうございました。お土産にお菓子買ってきたんですけど……もうお腹いっぱいですか?」
    「いえ、食べます」
     その一言が、幕切れの決定打だった。
     完全に緊迫感が霧散した中庭で、ブラッドリーは三つ目のスコーンを口へと放り、オズも中央の生徒達へと眼差しを向ける。ミスラは、賢者が買ってきたケーキを装飾ごと齧ろうとして慌てて止められていた。
     オーエンだけがただ一人、鋭く冷えた北の気配を纏ったままその光景を見つめている。しかしそれも、彼を見上げた賢者と視線が合った事でお終いになった。
    「……ほんと、最悪」 
     オーエン、と引き留める声が上がるより先に、その姿は空に溶けるようにして消えたのだった。

     ◆

     晶は、中途半端に宙へと伸ばした手を下ろす。
    (どうしたんだろう……)
     遠くて表情はよく見えなかったが、オーエンの様子がただ不機嫌なだけではなかったような気がして晶の胸はざわめく。
    「あの、ミスラ。オーエンと何かありましたか?」
     ミスラはその問いに、クリームを口周りにつけたまま首を傾げた。
    「さあ? でも……なんか、変でしたね。あの人」
    「ミスラもそう思ったんですか?」
     他人の機微にも己のそれにも同じくらい無頓着なミスラが気になったのなら、相当だ。さりげなく失礼な考えを抱いた晶から視線を外して、ミスラはぼんやりと空を眺める。
    「ええ。いつもと同じくらい喋ってましたけど、いつもよりも、こう、なんていうか……うるさかったです。何を言ってるのかもよく分からないし」
    「そ、そうですか」
     彼らしい独特な表現だが、やはりどこか様子がおかしかったらしい。一瞬オーエンの抱える厄災の傷が頭を過ったが、宙に浮く彼の姿を思い出してその考えに首を振る。傷のオーエンは魔法を使えない筈だ。
    「そいつに聞いても分からねえよ」
    「ブラッドリー」
     既に興味を失っているらしいミスラに重ねて聞くのは憚られたところに、背後から声。いつの間にか席を離れていたブラッドリーは、食べ掛けのスコーンを片手に口の端を上げていた。
    「ブラッドリーは分かるんですか……?」
    「ま、そいつよりはな」
     晶の率直な問い掛けに、ブラッドリーはそう言って肩を竦めて見せる。内心彼の言葉に頷きながら、晶はオーエンとの間に何があったのかを尋ねようと彼を見上げた。
     しかしその視界に、ぬう、と影が落ちる。
    「何が俺より分かるっていうんです?」
    「み、ミスラ……わ、わわ」
     聞いていたのかと驚くより先に、こちらにのし掛かるように寄せられる体に晶も腰を傾けざるを得なくなる。本気で体重を掛けられている訳ではなかったが、容赦なくぐいぐいと押されて晶は目を白黒させた。そんな晶に、ミスラは「賢者様」と不満を隠さない声で呼び掛ける。
    「俺が教えた事だけじゃ不満なんですか?」
    「す、すみません、私にはちょっと難しくて……わわ、ミスラ、たおれ、倒れる……!」
     地面と向き合う体勢から何とか首だけ持ち上げると、ブラッドリーと目が合いどきりとする。てっきり呆れているものだと思っていた彼は、静かな表情でこちらを見下ろしていた。
    (え……?)
     思慮深さを感じさせる眼差しに、感情の揺らぎは見えない。澄んだ水鏡のようにこちらを見通す視線から、晶は目を逸らせなかった。ブラッドリーが、見慣れた余裕ある笑みを見せるまでは。
    「ったく、お前も毎度毎度よくやるぜ」
    「あ……いえ、そんな」 
     咄嗟の返事は、少し掠れていた。無意識に、喉の奥が強張っていたのに気付いて、晶はいつも通りでない自身を自覚する。
     その回復に付き合う事なく、ブラッドリーは晶から見えない位置にあるミスラへと顔を向けていた。
    「絡むなよ。そんなに知りたきゃ後で教えてやる」
    「今教えて下さいよ」
     まるで面倒見のいい兄が弟に言い聞かせているような会話に、彼らの立ち位置を忘れそうになる。それくらい、ブラッドリーの声と表情は親しみに溢れていた。
     せがむミスラに、ブラッドリーは喉を鳴らして笑う。
    「そりゃ駄目だ」
    「何故」
     短くもはっきりとしたミスラの言葉に、ブラッドリーは片頬を吊り上げながら顔を傾ける。揶揄うような、試すような気配を晶は感じた。真っ向から対面したミスラは、どうだろうか。
    「茶を飲みながらする話じゃねえ」
     それだけ言って、ブラッドリーはさっさと踵を返して行ってしまう。ミスラも、引き留めたりはしなかった。気付いたリケが「ブラッドリー! お茶会は?」と呼びかけたが、ひらひらと片手を振っただけ。
    「行ってしまいましたね……スコーンもお茶も、まだあるのに」
     首を傾げたリケは、唯一場に残っていたミスラへと声を掛ける。
    「ミスラ、もうお茶会はいいのですか?」
    「ええ、そうですね……」
     そう答えた声が聞こえたと同時に、晶の背に掛かっていた重みが消えた。思わず後へ倒れそうになるも、背後から伸びてきた大きな掌に背中を支えられる。
    「危ないな……ぼうっとしないで下さい」
    「あ、ありがとうございます」 
     そもそもの原因はミスラなのだが、助けてもらった事に変わりはないので礼を言う。ミスラは「感謝して下さい」と興味無さそうに呟くと、ブラッドリーと同じくこちらに背を向けた。同時に、見慣れた扉が出現する。
    「ミスラ、どこに行くんですか?」
    「肉が食いたくなったので」
     開かれた扉から心臓まで凍りそうな風が吹き込んでくる。行き先は北の国かと身を震わせながらも、晶は雪原へと踏み出す背中に「いってらっしゃい」と声を掛けた。何の気のない挨拶。しかし、ミスラは振り返った。それが少し意外で、でも少し嬉しくて、晶は微かに目を見開いた。
     ミスラは何を考えているのか分かりにくい表情で、晶に一度、目を留め、そして。
    「……はい」
     扉が、軽い音を立てて閉じられた。
    「……」
    「賢者様」
    「あ、は、はい!」
     すぐに消えてしまった扉をぼんやりと眺めていた晶だったが、隣にアーサーがやって来た事で我に返る。彼は慌てる素振りを見せた晶に優しく笑いかけると、素敵な提案を口にした。
    「北の魔法使い達が頼んでくれた品と、私達の買ってきたお土産を合わせてお茶会をしようと思うのです」
     是非、賢者様も一緒に。
     そう言って、気品ある王子然とした笑みよりちょっと悪戯っぽいそれを浮かべるアーサーに、晶もまた笑いかける。
     「魔法舎の楽しい昼下がりのお茶会」は、こうして始まったのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🕒🙏👏💜🙏❤❤❤❤😍☺🙏💗💗💗☺🙏❤❤❤☺❤❤❤❤💒🙏❤☺☺❤☺🙏☺☺😭💖💖👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works