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    なかなかくっつかないミス晶♀シリーズ最新 3話目

    若い魔法使い達のパジャマパーティに混ざる晶

    #ミス晶♀

    タイトル未定 第3話 暖炉の火というものがこんなに温かいものだと晶が知ったのは、この世界に来てからだ。
     肌で感じる熱もあるが、その揺らめく橙色を眺めていると胸の内側から温められていくような気分になった。静寂に沈む中、或いは朗らかなお喋りの合間に控えめに弾ける薪の音に最初の頃は驚いていたのを思い出す。
     ……と、そんなふうに閑かに過去を振り返る余裕は、今の晶にはない。
    「それでね! レノックスは本気の告白の時、真顔かな? 照れてるかな? って話になって」
    「わあそれ、すごい気になる! レノさん、どうするんだろう」
    「面白そうだな、そういうの。俺達もすればよかった」
    「そうかな……? 西の魔法使いならではの話題な気がするけど」
     雛鳥の囀りにも似た会話は賑やかで、テンポが早い。晶がホットミルクに口を付けている間にも、次の話題へとぽんぽん転がっていく。
     寝巻き姿の若い魔法使い達に囲まれながら、晶は、談話室に腰を落ち着けるまでの流れを思い出していた。

    「これで……終わり、っと」
     丁寧に最後の一字を書き切って、晶は軽く息を吐いてペンを置く。そして万が一にも完成した書類を駄目にしてしまわないように、インク壷の蓋を固く閉じた。慣れない頃、ひっくり返して泣きを見た事はしっかりと教訓となっている。
     昼下がりのお茶会の後、晶は食事の時間以外は図書館に籠もっていた。余裕がある内に、依頼の報告書を仕上げてしまいたかった……というのもあったが、もう少し本音を明かせば、無心に手を動かす事で気を紛らわせたかったのだ。
     しかし手が空いてしまった今、どうしても今日の城での出来事に思考が流れてしまう。
    (アルセストさん。……ニコラスさんの、親友だった人)
     その姿を見たのは、ほんの数回。この世界に来たばかりの頃だったのもあって、ニコラス自身について晶が詳しく知ったのはもう彼が帰らぬ人となってからだ。しかし、彼が人とも魔物ともつかぬ存在となり、塵となって滅びたと聞いた時の衝撃はまだ覚えている。
     晶は図書館の高い天井を見上げ、目を閉じた。
    (アーサー達に、気を使わせちゃったな)
     急遽開かれたお茶会は、アルセストや城での一件について考え込んでいた晶を気遣ってのものでもあったのだろう。恐らくネロが作ってくれたスコーンも、調査の帰りに買ったお菓子もとても美味しかった。中央の魔法使い達とのお喋りも楽しくて──本当に、あんなに楽しくて良かったのだろうかと、沢山の人達に失礼な事を考えてしまう。
    (──だめだな。悪い事ばかり考えてる……)
     考えが、低い方へ悪い方へと転がっていく気がする。こういう気分になるのは、この世界に来てからが初めてではない。
    「……よし!」
     目を開け、腕を伸ばす。ずっと書類仕事をし通しで、疲れが溜まっているせいだと半ば無理矢理結論付けて前を見た晶だったが。
    「起きたか」
    「うっわ⁉︎」
     反射的に出してしまった声が、静まり返っていた空間に木霊する。いつの間にか晶の背後に立っていた人物は、声を掛けられた途端に叫ぶというこちらの不作法を気にするでもなく、寧ろ得意げに笑ってみせた。
    「どうだ? あんたの世界の『お庭番』の真似」
    「びっ……くりしました……」
     シノ、と呆けた声で晶が呼べば、彼はいつもの真顔に戻って口を開いた。
    「賢者、仕事は終わりか?」
    「え、ええ。そろそろ休もうかなって」
    「眠いか?」
    「え?」   
     端的過ぎる質問に晶が目を丸くするのに構わず、シノは続ける。
    「すごく眠いなら、いい。でもそうじゃないなら」
     一旦切った言葉の合間で、彼はふ、と笑った。
    「ちょっと付き合え」
     疲れは、あった。それでも、その「とっておきを見せたくて仕方ない」と言わんばかりの表情を見てしまっては、晶に残された選択肢など一つしかない。

     そうして頷いて連れて行かれた先が、まさかパジャマパーティとは思わなかった。
    (前に、それぞれの国でやったって言うのは聞いてたけど)
     今この場にいるのは、クロエ、ルチル、ヒースクリフ。そして晶を連れてきたシノを含めた五人。先日、お互いの国のパジャマパーティの感想を言い合う内に「自分達もやろう」という事になったらしい。恐らくクロエとルチルの発案だろうなと、晶は今も向かいのソファで歓談中の二人を見ながら思っていると「賢者様」と控えめに声が掛けられる。斜向かいに掛けているヒースクリフだ。
    「お疲れじゃありませんか? すみません、シノが無理を言って……」 
    「言ってない」
     仏頂面のシノの言葉を聞いても、ヒースクリフの表情は晴れない。彼らしい気遣いに口元を綻ばせながらも、晶はきちんと頷いてみせる。
    「お気遣いありがとうございます、ヒース。大丈夫ですよ。皆さんの話が楽しくて聞き入っちゃってました」
     その言葉に、ヒースクリフは安堵したように目を細めて微笑む。昼間とは違いセットされていない髪型のせいか、いつもより少し幼く見えた。
    「賢者も次はパジャマを着てやろう。クロエに作ってもらったんだろ」
    「説明しないで連れて来たのはお前なのに……」という顔をしているヒースクリフの隣で、堂々と言い切るシノに、晶は笑った。
    「あはは、そうですね。ちょっと、照れちゃいますけど」
     クロエが作ってくれたお洒落なパジャマを思い出しながらそう言えば、シノが真っ直ぐな視線をこちらに向ける。どうかしたのかと晶が尋ねる前に、彼の口が開いた。
    「ミスラには照れないのか?」
    「……えっ?」   
     唐突に出た名前に、一瞬晶の頭は真っ白になる。そのせいで、いつの間にかクロエとルチルの会話が止んでいる事に気付けない。
    「しょっちゅう一緒に寝てるだろ。パジャマじゃないのか?」    
    「そ、そう、ですね。そういう時もあり、ます、ね……」
     あくまで淡々としているシノに比べると、あからさまに「とても動揺しています」という態度をとってしまう。そんな己以上に気まずそうなヒースクリフが「ちょっとシノ……」と恐らくは苦言を呈するより先に、晶の体は大きく揺れた。
    「わっ⁉︎」
    「賢者様!」
     声を上げると同時に、揺れの原因──いつの間にか晶を挟むようにソファの背後を陣取っていたクロエとルチルがこちらを覗き込む。陽を透かした若葉に似た色の瞳に、目を丸くした晶自身が映っていた。
    「賢者様って……ミスラさんの事どう思ってるんですか?」
    「……はい?」 
    「それ、俺も聞きたい! 前から気になってたんだー!」
    「え、ええ?」
     目をきらきらと輝かせる二人に挟まれた晶は、目を白黒させつつもその話の展開と内容に既視感を覚える。
     友達と、夜更けに恋バナとくれば。
    (修学旅行の夜みたいだ)
     クロエとルチルのテンションもあいまって、もうそれしか思い浮かばなかった。両隣からの圧に戸惑いながらも、晶はおかしな懐かしさに口の端を緩めてしまう。その微笑みを肯定と捉えたのか、二人の纏う空気がいっそう賑やかになった。
    「やっぱり? やっぱりそうなの?」
    「まあまあ! どうしましょう!」
    「いや、あの二人とも落ち着いて……」
     ヒースクリフがわたわたと動揺していたが、晶はその実、落ち着いていた。それはクロエやルチルの人となりに対する信頼があったのと、投げ掛けられた問いを、晶自身もずっと抱いてからかもしれない。
     自分は、ミスラを、どう思っているのか?
    「賢者は、ミスラが好きなのか?」
     さんざめいていた場の雰囲気を、シノの一声が風のように攫う。見れば、真っ直ぐにこちらを見つめる緋色があった。茶化す気配の一切無い様子に、皆は思わずといったふうに口を閉じている。晶以外の、皆は。
    「……前に同じ質問をされた時も、ホットミルクを飲んでましたね」
     カップを僅かに傾けながら晶がそう言えば、シノは真顔を崩さないまま「そうだな」と返す。
    「あの時は、結局はっきりしなかった」
    「そうですね……でもあの時から、あんまり答えは変わってない気がします」
     いつの間にか晶を取り巻いていた淡い懐古は消え、いつからか馴染んだ暖炉の温もりが肌に届いた。優しい甘さが、喉奥へと落ちていく。晶はカップの縁を見つめながらそっと口を開いた。
    「ミスラへの気持ちは、他の人に向けるものとは違うと思います。でもそれが、恋かと言われると……」
    「……違うんですか?」 
     そっと、こちらの心を踏み荒らさないように尋ねてくれるルチルに晶は微笑みを返す。
    「少なくとも、私の知ってる恋とは、ちょっと」
     晶の知る恋は、そう多くはない。熱に浮かされるような恋。つい目で追ってしまう恋。相手を想い、想われたいと願う恋。全て自身が経験した訳ではないが、それが晶にとっての恋だ。
     晶がミスラに抱いている気持ちは……ミスラにしか抱いていない気持ちは、そのどれとも似ていない。
     遠い星を見つめているような気持ちの時もあれば、傍で眠る猫を撫でるように心安らぐ時もある。いとも容易く万の命を壊す事の出来る恐ろしい存在だと、身体の芯から震える時だって、ある。
     いつかの夜に望んだ「彼らの友人になりたい」という思いとは別に胸の内にある、何か。その正解は、きっとない。それは百も承知の上で、晶は思う。考える。考え続けて、いて。
    「私、まだこの気持ちを、名付けられないんです」
     それは今の晶が返せる最も誠実で、心を裏切らない言葉だった。
     シノを見る。シノも晶を見ていたが、その視線をすっと下げ、一言。
    「そうか」
     それだけ言うと、彼の分のマグカップに口をつけた。納得してくれたのかなと少し肩の力が抜けた晶だったが、隣からの緩い重みを感じ顔を向ける。ほど近い距離に、柔らかく波打つ赤髪が見えた。
     こちらに肩を預けるように体を傾けたクロエが、伏目がちに微笑みながら囁く。
    「ありがとう、賢者様。大切な事を、俺達に話してくれて」
    「クロエ……」
     菫色の瞳が潤んでいるように見えたのは、暖炉の明かりのせいか。確かめる前に、それは瞼の向こうに隠れてしまう。
    「私も、すごく嬉しいです。大切なお友達の事ですから」
     こちらの両肩に手を添え、ルチルもクロエ同様晶に笑いかけてくれる。昼の日差しの下で見る笑顔より大人びて見えたそれに、晶はほっと肩の力が抜けるのを感じた。
    「賢者様が良ければ、また、聞かせて下さい」
     ヒースクリフを見れば、さっきまでのぎこちなさが嘘のような柔らかい表情を浮かべてこちらを見ていた。
    「いつもあなたが、俺達に寄り添ってくれるように……俺も、賢者様の心に寄り添いたいから」
     シノは言葉こそ無かったものの、僅かに上がった口角とこちらの肩を叩くような強い眼差しが何よりの返答だった。
    「ありがとうございます、皆さん。……次は、ちゃんとパジャマで参加しますね」
     彼らの温もりを噛み締めながら、晶は少しだけ戯けて見せた。そうしないと、ちょっと、泣いてしまいそうなくらいの優しい時間だったから。
     小さな笑い声が上がり、夜更けに差し掛かった談話室を彩る。こうしてこの夜は、穏やかな時間がゆっくりと過ぎていくと信じきっていた晶だったが。
     ──北の国の魔法使いがいる以上、そんな絶対は無かったのだとすぐに思い知らされる。
     真っ先に異変に気付いたのは、シノだった。
    「あ」
    「シノ、どうかしまし……わあ⁉︎」
     言い終える前に、体を震わせる程の炸裂音がびりびりと響く。反射的に窓へ顔を向けた晶は、明滅する光の中、庭へと落ちる人影を見た。一瞬だったのもあって、誰かは分からない。恐らく、というかほぼ間違いなく北の国の魔法使いの誰かだろう。談話室の面々も少し驚いてはいたが、見慣れた光景に動く事はない。晶も同じ筈だったが、昼間のオーエンが脳裏を過ぎって落ち着かなくなる。
    「私、気になるのでちょっと見てきますね」
    「賢者様?」
     気付けば、晶は立ち上がっていた。返事も待たずに、小走りで外へと向かう。
    (何も……いや、怪我とか最悪死んでるかもしれないけど)
     中庭が静まり返っている事をしっかりと確かめ、晶はそこへ踏み込んだ。どうやら戦闘は一区切りついたらしい。噴水の反対側から呻き声が聞こえた。声を掛けながら、晶はゆっくりとそちらへ回り込む。
    「あの、誰かいますか……?」
    「……賢者様?」
     思わぬ不意打ちで、鼓動が跳ねる。足を早めれば、その光景はあっさりと晶の目に飛び込んできた。
     噴水の側で仰向けに倒れた、ぼろぼろのブラッドリー。そして、その彼の傍らに立ち、今まさにとどめを刺そうとしていただろう──……
    「ミスラ……」 
     吐息混じりに呟いた名に、ミスラは僅かに眉根を寄せただけだった。
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