お帰りとただいまを言おう
突然降ってきた通り雨を避け、軒下に体を滑り込ませる。
止む兆しの無い雨空を見上げ、濡れたブレザーの肩を払い、頭を軽く降った。しばらく雨宿りする事になりそうだ。
退屈そうにブレザーの男子高校生が腕を組んでいると、水音を立てて、同じ様に雨に降られた少年が軒下に駆け込んできた。
肩から鞄を下げた少年はタオルを取り出して濡れた学ランの袖を拭いてから、入れ替わりに傘を雨空に向かって開いた。
見るともなしに、高校生は静かに隣に立っていた。
その時ようやく、自分以外に雨宿りの人が居るのに気付き、少年は隣に立つ高校生に目を向ける。
「…………」
特に気にせず、向けられた視線を受け止め、すぐに目を逸らす。
人通りは少なく、道路は本降りになった雨を、時折自動車がはねながら通り過ぎて行くだけだった。
暗く閉ざされた空を見上げ、退屈凌ぎに携帯をポケットから取り出した所で、声を掛けられる。
少年が下からおずおずと傘を差し出して、大きい瞳でこちらを見上げていた。
*
道路の向こう側で雨宿りしている人々を眺めて、出会った雨の日の事を思い出していた。かく言う今も書店の前で待ちぼうけているから、傍目には雨宿りと変わらないかもしれないが。
お待たせ、と書店からカロルが出てきて、傘を差して連れ立って歩き出す。
歩きながら他愛ない話に花を咲かせ、帰り道を辿る。
「前にもこうやって二人で帰ったよな」
ぽつりとユーリが呟く。
「……いつも一緒じゃない?」
「じゃなくて雨の日に」
「あー、ユーリが傘持ってなかった時あったよね」
二つの傘が揺れ、足元で波紋が乱れる。
雨宿りしていたユーリに、一緒に入る? と傘を差し出したまでは良かったが、二人で傘に入って歩くには身長差があり過ぎて、着く頃にはユーリのブレザーの肩はぐっしょりと濡れていた。
親切とお節介は紙一重、上手く行かなくてかえって悪い事をしてしまった。
思い返すと恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「さすがに一つの傘に二人は狭かったよね、ユーリのブレザー濡らしちゃって、かえって気まずかったなあ」
「そんな事無いぜ、助かったよあの時は」
カロルが思い出しながら苦笑いする横で、にこやかに笑みを浮かべ、さり気なく体をずらして水溜まりを避ける。ホント? と自信のない声で尋ねるカロルの頬に赤みが差した。
「本当だって。あれから仲良くなっただろ」
「そうだったね、まさか悪名高い伝説の不良と一緒に帰る仲になるなんて想像もしてなかったよ」
一言多い、と口を尖らせてカロルの手を握った。
あはは、ごめんね? と小首を傾げていたずらっぽく微笑うカロルを、自分の方へ引き寄せる。そのあどけない笑みが消えない内に、赤い唇に小さく口付けた。
斜めに傾いた傘から雫が伝い、地面の波紋と溶け合って消えていく。
目を見開いて、カロルの顔がかっと赤くなった。
「……っ、外で大っぴらにやらないでよ、見られたら恥ずかしいじゃん」
「傘に隠れて判んないって」
「そういう問題じゃないのに……もう、いいから早く帰ろ!」
繋いだ左手を大きく振って、大股に歩き出すカロルに引かれ、手を繋いだまま同じ家に帰る。
傘を持つユーリの左手で指輪が銀色に光った。同じ指輪が繋いだ手にも集まっている。
それは一つの家に帰って、お帰りとただいまを言う為の約束の証。
2011.11