どんな顔したらいいか、分からなくなる
橙色の鮮やかな鎧が音も立てず軽やかに、通り過ぎて行った。
……今の、もしかして。
カロルが振り返ると、もう人影は道の向こうに消えて、見えなかった。
「ねぇ、ユーリ」
下町を案内してくれるユーリは、まだ背丈がカロルより僅かに低い。その幼い手を取って引っ張る。
「あれって、騎士団の……シュヴァーン隊長?」
途端にユーリの顔が曇り、忌々しげに舌を鳴らす。そうだよ、と正反対に幼いフレンは目を輝かせた。
「帝都の外でも有名なんだね! シュヴァーン隊長はすごいなあ」
「……あんな奴の話すんなよな」
「ユーリ、あんな奴だなんて失礼だろ。シュヴァーン隊長は下町だからって差別しないじゃないか、あの人は他の騎士とは違ういい人だよ」
それでも、と声を荒げてフレンを見る目つきは鋭く尖っていた。まるで親の仇みたいに、シュヴァーンだけじゃなく騎士全てを憎んでる。繋いだ手を強く握り返すユーリの手からそれが伝わってくる。
「騎士団は好きじゃないけど、ユーリたちは騎士になりたいんだよね? 下町の皆を助ける為に」
ユーリとフレンが揃ってカロルを見る。驚いた顔で息を飲んで、目を見張っている。
どうして知ってるんだ。と聞きたげな瞳に答える事は出来ない。二人にはこれから訪れる未来でも、カロルにとっては聴いた過去だから。
「二人ならきっと立派な騎士になれるよ。だから、シュヴァーン隊長の事あんまり嫌わないであげて。あの人も、いろいろあってここにいるから」
「……」
フレンの手も握って、二人にやんわりと言い聞かせる。
ダメかな? と、自信が無くなって肩を落とすカロルにユーリは大きくかぶりを振った。フレンも手を握り返して、頷く。
「ありがとう、二人共。いい子だね」
年上の二人の頭を撫でるなんて過去は、本来ありえない。でも、追憶の世界なら話は別だし、手が届く内にと頭を撫でて褒めると、ユーリの頬が少し赤らんで、くすぐったそうにフレンが照れた。
*
「……ユーリ、何だかすごく恥ずかしい気がするのは僕だけかな?」
「安心しろ、オレもそうだったから」
セピア色の空間を抜け、“付け加えられた”過去を受け取ったフレンが呟いて、顔に手を当てる。年の差は変わらないのに、幼少の記憶のせいでカロルの方が年上に錯覚してしまう。
どこか懐かしそうに自分たちを見る目や、断定的な言い方に、やっと納得が行った。カロルは、見聞きして知っていたのだから当然だ。
二人が騎士になることも、フレンを残し、ユーリが騎士を辞めることもすべて。
「あんな風に過ごして……どんな顔したらいいか分からなくなるよ」
「あんま考え過ぎんなよ、あれは幻みたいなモンだからな」
「そうは言っても……」
「フレン、どうしたの?」
間近から覗かれて、借りてきた猫のようにフレンは大人しくなってしまった。
おかえり、と人目も憚らずカロルを抱き上げて、ユーリは頬擦りをした。
「え、ちょっ何コレ? 降ろしてよ、ユーリ!」
「悪いけどカロル、頭撫でてくれねぇか?」
「……ボクがユーリに? 何で?」
「いいから。やってくれたら降ろす、出来なきゃこのままだ」
子供に頼む事じゃないけど、大人げなく言ってのける幼なじみが少し羨ましい。自分は自制心が働いてとても口には出せない。
この年になって、いい子だと頭を撫でて貰いたくなるなんて。
不可解な顔をしたカロルがユーリの頭に手を伸ばすのが、とても歯がゆかった。
2012.1