プロデューサーさんに用事があって事務所に寄ると、そこには思わぬ先客がいた。
「おはようございます、木村さん」
「お、おはよう清澄!」
「おはようございます」
そこには清澄と事務員の山村が談笑していた。お盆を持って立っている清澄はお茶を淹れてきたところだったのだろう。水色の着物が目に涼しくて、少しずつ夏に向けて気温が上がってきたこの季節にはぴったりだ。しゅっと伸びた背筋が今日も美しいなと思う。
「あれ、プロデューサーさんは?」
「プロデューサーさんなら急ぎの用で先程出ていかれましたよ。書類は預かっていますのでお渡ししますね」
山村から茶封筒を受け取って中身を確認する。台本と資料と……よし、大丈夫そうだ。
「賢、ありがとう!……って、どうかした?」
山村が困ったように眉を寄せているものだから、気になって声をかけてしまった。彼があからさまにこのような表情をするのは珍しい。
「実は……買い出しに行く予定だったんですが事務所を空けるわけにいかなくて。どうしようかと思っていたんです」
「それなら俺たちが留守番してるからさ、行ってこいよ」
「えっ、いいんですか?」
「今日はこのあともう予定ないし、大丈夫だよ!」
「私も時間はありますからぜひ行ってらしてください」
にこりと微笑むと山村は安心したようにふうと息を吐いた。ありがとうございます、と軽くお辞儀をすると鞄を片手に事務所を出ていった。
「木村さんもお茶、いりますか?」
「あ、ほしい!淹れてくれるの?」
「もちろんです」
清澄は微笑んで給湯室に向かっていった。俺は封筒を片手にソファに腰掛ける。次のドラマの仕事の台本と資料一式が入ったそれに軽く目を通す。たまたま俺だけ予定が合わなくて打ち合わせに参加できなかった案件だった。後でちゃんと読んで、わからないところがないか確認しないと。ぱらぱらと書類を捲っていると清澄がお茶を二つ淹れて戻ってきた。
「ありがとう清澄」
「いいえ」
ことり、と湯呑がテーブルに置かれた音が響く。向かいのソファに座るかと思いきや、清澄は俺の隣に腰を下ろした。
「ふたりきり、ですね」
驚いて顔をあげると清澄が少し頬を染めてこちらを見ていた。そうだ、今ここには俺と清澄の二人しかいない。どくんと胸が高鳴る。恋人と、ふたりきり。この機会を逃すのはあまりに勿体なさ過ぎる。急に緊張してきて、手のひらにかいた汗で手元の資料がしっとりと濡れてしまいそうだ。
最近はありがたいことに仕事も増えてきて、こうしてふたりきりの時間を作ることがなかなか難しくなっていた。最後に清澄と二人の時間を過ごしたのはいつだっただろう。残念ながらすぐには思い出せない。思わず俺は書類をテーブルに放り出して、清澄の手を取った。
「清澄……」
明るい金糸雀色の瞳がこちらをじっと見つめている。すっと通った鼻筋、白い肌、さらりと音を立てて滑る深緑の髪、すべてが綺麗でまるで良くできた人形のようだ。滑らかな頬に手を添えて、吸い寄せられるようにゆっくりと近づいてゆく。気づけば清澄との距離はゼロになっていた。
「んっ……」
はじめは触れるだけの口づけだった。だがそれだけで満足できるはずがない。次第に深くなっていき、咥内を舐め回すように動き始めると、清澄はびくりと肩を震わせた。舌をちろちろと遊ばせれば必死に付いてこようと絡ませてくる。薄く目を開けば、清澄は睫毛を細かく震わせていた。それが愛おしくて思わずぎゅっと抱きしめると、驚いたのか我に返ったのか胸のあたりをとんとんと叩いて抵抗してきた。薄くて淡いピンクの色をした唇をちゅうと啄んで身体を離すと、清澄は息を乱しながら真っ赤な顔をして瞳を潤ませていた。
「きっ、木村さんっ!」
なにか言いたそうにしていたが、もごもごと言葉にはならず溢れていってしまう。これは照れているだけだろう。事務所で仕掛けるなんて、と驚かせてしまって悪いなと思ったけれど、たまにはこうした恋人同士らしいことも良いな、と思うのだった。
2022/5/24