電車は、好きだ。日常生活の中で自然と彼の隣に座れるから。
細かく揺れる車内は静かで、乗客はみな自分の手元にある携帯電話に夢中だ。だから私は少しだけ、右に身体を傾けてしまう。肩越しに触れる温かさと二の腕の厚みを感じると、彼の存在をはっきりと感じられて思わず口元が緩んでしまう。
立場上、人目のあるところで手を繋いだり、触れ合ったりすることはできないけれど、こうして少しだけ温もりを感じられる時間はとても貴重でとてつもなく嬉しい。ひとりの移動時間は本を取り出して読んでいることが多いのだけれど、彼と一緒だとそわそわしてしまって読書どころではないから、なんとなく両の手の指を絡めたりして気を紛らせている。
そっと横顔を覗く。きりっと上がった眉にすっと通った鼻筋、夕暮れの色が美しいなと瞳を見つめていると、彼と目が合ってしまった。なんだか恥ずかしくて慌てて目を逸らす。真っ直ぐな彼の目線は眩しくて、いつまで経っても慣れることができない。それはきっと、自分が彼に恋しているからなのだろう。
ぶるる、と鞄の中身が震える。仕舞っていた携帯電話の通知バイブレーションだ。鞄から携帯電話を取り出して液晶を確認するとそこには一件のLINKが入っていた。差出人は隣りに座っている彼。

『どうかした？』

電車内ではなるべく声を出さないように気をつけているから気を使ってメッセージをくれたのであろう。なんて返そうか思考を巡らせて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。思い切って送信したLINKを見た彼は、勢いよく口元を抑えて俯いてしまった。


『貴方に見惚れていました』


2022/5/28