Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    totono_yumo

    @totono_yumo

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    totono_yumo

    ☆quiet follow

    パテの続き、うまくいかんのでボツった

    #ユキモモ

    羽衣古着を着ないものはいない。親から譲り受けた。友からもらった。古着屋で買った。だいたいの衣類は古着になるし、みすぼらしくなければ貰い手はつく。しかし消費社会となってしばらく、人の環を回る衣類の多くは特別なものに限られた。成人式の振袖などその象徴だろう。姉は祖母が袖を通した振袖を美しく着こなして、これは娘に着せるのだと晴れやかに笑っていた。
    しかし決して回らぬ衣類もある。天女の羽衣などは最たるものだ。
    取り戻せぬほど汚れるのだ。
    もちろん、天女は清潔そのものだ。彼女らは汗をかかず、涙を知らず、垢を出さない。
    ――死に際を除いて。
    天女五衰という言葉がある。天女にも寿命があり、命尽きる五つの兆しを指すのだという。
    ひとつ、衣が汚れる。
    ふたつ、花冠が萎れてしまう。
    みっつ、両目が瞬き、ときおりくるめく。
    よっつ、脇の下から汗が流れる。垢が出る。
    いつつ、楽しいと思えなくなる。

    ――終焉は。

    すえた匂いと共にやってくる。
    Re:vale百は天人だ。そのように作り上げた。苦しみを持たず享楽の内に生涯を過ごす。
    望むところだと百瀬は思う。目くるめき花冠が萎れても、解脱を知らぬ人の身で天帝に仕え侍る以上の幸福などあろうものか。天人は物欲を持つゆえに仏の道を知らず、解脱もできぬ。時が来るまでをただ楽しく待ち続けるのだ。
    その証に、ほら。今日も風にたなびく羽衣が、百瀬に絡みついて離れない。薄絹の透き通るような羽衣が幾重にも、桜、翡翠、鉱山から取り出されたあらゆる光がそこにある。ステージに上がればなお強く、ステップを踏めばさらさらと流れ、踊り、打ち付けて――、
    鐘が鳴る。
    もう終わりだよと鐘が鳴り、羽衣は重力を思い出す。ああ、足を取る。腕を縛る。首を絞める。すぅすぅと音が鳴る。喉仏に絡みついた羽衣が百瀬の声を軽やかに奪って天へ上った。
    五衰の訪れた百瀬に空を駆ける力はなく、呆然と消えゆく羽衣を見上げるのみだった。

    さて、百瀬の傍を離れなかった羽衣だが。彼らは一様に汚れ始めた。茶色い染みがひとつぶ産まれ、百瀬の嘆きを糧に成長する。日を追うごとに膨らんで、やがてじくじくと膿みはじめる。腐れたのだ。天上にあるべき衣が地表で輝くほどに美しくあれたのはただ天人たる百瀬のためであり、終焉が顔を出せばたちまち腐り果てる。
    じっとりと重く、かなしく垂れ下がった羽衣を百瀬は引きずって歩く。鼻を腐臭が犯してゆく。べたつく汁が指を汚す。これではユキに触れられない。百瀬は静かに目を伏せた。
    やがて羽衣は膨らみ始めた。薄絹に見えたものは細長く透き通った蚯蚓だった。死してその腹が膨れぶよぶよとたるんでいる。蚯蚓はのたくるものだ、百瀬の手を逃れて物陰に潜み、気まぐれに垂れ下がって身もだえる。稲荷大社の鳥居のごとく並び、滴り、百瀬を囲む幾重もの腐れた羽衣。その隙間隙間に光が覗く。スポットライト。レーザービーム。いつかの日に見上げたステージ。そこで踊る届かない二人を見つめ、百瀬は真の終焉を想う。いいや、百瀬の目は汚れている。惑い濁った眼に真実は見えず、ただ懐かしく輝かしい気配を知って目を眇めた。
    そうして、そうして。

    ユキの声を聴いた。
    怒り、わななき、百瀬を想って身を震わせた激しい叫び。
    ぱきん、と音がした。

    こけら落としを終えた夜、二人きりの楽屋で百瀬はふと天井を見上げた。透き通った薄絹が幾重にも重なって銀河にも見えた。五衰を退けた百瀬を祝福しているのだろうか?
    「何を見てるの」
    千斗が羽衣を指さして問う。百瀬は少し考えて、かいつまんで羽衣が見えると明かした。千斗は静かに話を聞き、そう、と頷くと手を上げて、羽衣をつかみ取った。
    「あっ」
    手触りを確かめるように羽衣を撫で、千斗はライターを押し付けた。備品の百円ライター。たちまち羽衣は燃え上がる。美しく生まれ変わった蚯蚓が悲鳴を上げる。
    燃え滓がひらひらと舞い落ちる。赤く、みやびに、悔しそうに泣きながら燃え落ちる。
    目を奪われている百瀬の手を千斗が掴んだ。
    「天女に恋した男は水浴びしている天女の羽衣を盗んで、帰れなくなった彼女を嫁に向かえた。だけど男が隠した羽衣を見つけて女は天に帰ってしまう。
    もう帰れないよ。ここが、おまえの居場所だ」
    羽衣の燃え滓を踏みにじり。千斗は一本の鍵を取り出した。百瀬が返した合鍵だ。百瀬のポケットに押し込んでしかと抱きしめた。
    「重石だよ、これは……。天からの迎えが来たって、おまえはもう戻れないよ。地上にいるしかないんだ。僕の隣に……」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works