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    🍞糸子🍞

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    男審神者(父)×実休光忠×男審神者見習い(息子)の泥沼耽美倫理観皆無愛憎屋敷炎上系の小説の予定

    #男審神者
    maleInquisitor
    #さに刀
    dagger
    #BL小説
    blNovel

    ザトラツェニェの炎 火を、見ていた。
     壁面に埋め込まれた暖炉の中で、炎はまるで生き物のように揺らめきだち、硝子戸を境にしてもなおその熱は眼球の表面を舐めた。しかし、幾千度の炎から生まれた彼にとってはもはや恐れるべきものではなく、まさに焦がれるような目つきで、その火を、見つめていた。
    「あんまり見ていると眼が融けるよ」
     声とともに、彼の眼前には無遠慮な手のひらが下ろされた。白樺を思わせるなめらかな肌理、薄い皮膚の下にありありと骨格を想像させる、女のようにほっそりとした、けれどどうしたって男の手だった。声をかけられた彼はふと斜め上を振り仰ぐ。「失礼、」誠実さをわざとらしく孕ませ、彼はわずかに眉頭を寄せた。
    「火に見惚れていた」
    「そう。妬けてしまうね」
     少しもそんなふうには聞こえない声音ではあったが、見遣ったその眼差しは鋭く、まるで彼の何もかもをとらえて離さなかった。
    「薪をありがとう。十月にもなると、夜はもうずいぶん冷えるね」
     彼のほうを覗き込むように傾けていた半身を戻すと、声の主である男は絹織物の寝間着をぞんざいに手繰り寄せ、足音もなく踵を返す。そうしてひと一人が眠るには些か広すぎる寝台に腰掛け、気怠げに脚を組んでみせた。
     無地の黒色をした絹の光沢は、暖炉の火の色を帯びて艶かしい質感を伴っている。そこから露わになった男の首筋、鎖骨、胸のあわい、それから、膝、脛骨、踝、つまさきが、部屋の薄暗がりの中、白々と光って見えた。男はもともと肉付きのいいほうではなかったようだが、この数年好褥的であることに加え、年齢とともに脂肪が落ち、やたら骨張った痩せぎすの肢体だ。下ろされた後ろ髪で首許のみ覆われてはいるが、男の項から背筋にかけて、脊椎によるなだらかな丘陵は浮き上がり、その整然とした有り様がよくわかるほどだった。その男の身体を、彼はよく知っていた。
    「この部屋は北向きだから、なおのことそうだろうね」
     男の身体から視線を逸らし、くべられた薪の燃えるさまを見る。硝子戸に反射した自分と相対し、彼は己の瞳に炎が映り込んでいることに気がついた。眼を凝らしていると、男が言った冗談でもほんとうに眼球が融けていくように感ぜられた。それでもやはり、彼は火から眼を離せない。透き通った藤紫色の虹彩は炎に染まり、まるで柘榴石のように爛々と瞬いていた。
    「おまえ、いつ行くの」
    「零時前には、出てゆくよ。きみの眠りを邪魔したくはない」
    「そう……残念」と言いつつも、彼の回答など初めから意に介していないようだった。部屋にある瀟洒な柱時計へまるで目もくれないでいたことが、何よりの証左であると彼は気づいていた。
     男は組んでいた脚を解くと右手で頬杖をつき、ゆっくりと瞬きした。伏せられた瞼にある長い睫毛と、その影が下瞼に映り込み、男の瞳は額縁で飾りつけられているかのように優美だった。
    「ねえ、そのままでは寒いでしょう。こちらにおいで」
     声をかけられ、やおらに視線を下げて己を見下ろすと、前見頃をようやく合わせただけの長襦袢からは、よく鍛え上げられた剥き出しの腹が覗いていた。さらによく見れば、色白の肌に映える赤い新鮮な鬱血痕が、臍の下から下腹部にかけて執拗に残されていることに気がついた。彼は顔を伏せ、男の視線から逃れるように袷を手繰り寄せる。「いや、僕は、」と男の呼びかけを軽くいなそうとしたが、それを遮るように、
    「実休」
     男はその夜、初めて彼の名前を呼んだ。
    「私は、『寒い』と言ったんだよ」
     その言い回しはけして厳しくはなかったが、言外に、まるで一方的に言い聞かせるような鋭さを滲ませていた。振り向けば、いまにも立ち消えそうな淡い微笑みをたたえた男がいた。痩せ衰え筋張った手が頼りなげに虚空を掻き、彼のためだけに差し出されている。どこまでも悄々としているが、この男の恐ろしさを彼はよく知っている。
     男の寛げられた寝間着の袂、無防備に割り開かれた両脚の間、甘く低い声が発せられる声帯の奥に、とらわれた者をけして逃がさない暗闇が潜んでいる。
    「おいで」


     外開きの大きな窓の向こうには、見渡すばかりの蓮池が広がっている。邸宅をぐるりと取り囲むほど広大なもので、開花時期のそれはまるで天上のものとも揶揄されるほど見事な光景であった。代々受け継がれてきたという立派な蓮池ではあるが、開花は梅雨明けから盛夏までのふた月ほどしか持たない。それからは清廉な花弁を落とし、葉のみどりも水面下へとだらしなく沈んでいく。ましてや十月ともなれば、結実した花の名残り、種子を孕んだ花托が立ち並ぶのだが、その光景はさながら晒し首の群れだ。花の咲かない時期においては、もはやただの死んだ沼も同然だった。
     柱時計の短針が零の刻印を過ぎ去っていく。かち、かち、と、逸りも遅れもしない正確な振り子の鳴る音とずれて、不規則に乱れた吐息とぬめった水音が彼らの耳朶をなぶる。部屋の中、このほかに近しく響くのは、やにわに肉の打ち合わさる音と実休のくぐもった呻き声だ。
     十月の宵闇は長く、茫漠としている。その気怠く寂しい気配に満たされた中、実休光忠と呼ばれた彼と、その主たる男──第一一一二三五号一三番後月本丸五代目当主、鷹司嗣士──の二人が、暖炉の炎に照らされてただ赤と黒のシルエットに塗り潰されているばかりだ。
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