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    のくたの諸々倉庫

    推しカプはいいぞ。

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    POIPOI 57

    たまに言われるあれ。

    #鍾タル
    zhongchi

    さよならの数と損の話 壺で寝泊まりするにあたって、旅人が木こり作業を面倒くさがったのが何よりの原因だった。
    「……俺の人生は、無意味なものだったのだろうか」
    「は?」
     木材が足りないからごめんね、と一つしかないベッドに、鍾離先生と押し込まれたのはまだいい。いやよくないが。しかし互いに背をくっつけて、いざ眠ろうというときに——聞こえた言葉の内容と、全く悲しんでいなさそうな声色がなんともミスマッチで。
    「え、先生どうしたの。つまり六千年以上分無駄とかそういう?」
    「ああ……そういう考え方もできるな。どうしたものだろうか」
     仕方ないので俺だけ、先生の方を向いた。どうしてそんなことを言い出したのか、というのも謎だが、言い出しておいて言葉の意味も理解していなさそうな……彼にしては珍しい物言いだった。
    「……気になっちゃったじゃん、眠れないから詳しく話してよ」
    「そうだな……今日、食事を共にした者から『海産物が苦手なんて人生半分損してますよ』と言われてな。その後に『恋人がいないなんて、人生半分損してますよ』と別の者にも言われたんだ。
     そうなると俺の人生は全て、損というからには無意味ということだろう。大したものだなと思ってな」
    「あー……たまにそういうこと言う人いるよね……俺としては人の好みなんてそれぞれだし、放っておいてくれって感じだけど」
     もぞり、先生がこちらを向く。同じベッドの上でふたり、見つめ合っているこの状況はなんなんだ。はたから見れば恋人同士の語り合いだというのに、話している内容は壮大なようでいて非常にどうでもいい。
    「だが、そのような言い方が生まれるということは……それだけ損の対象を大切に思っているということだろう。となれば俺が、それを好ましく思わなかったり存在していなかったりするのがもったいない、というのも理解はできるんだ」
    「かといって人生全部損はないでしょ。いや先生の場合、人生じゃなくて神生なのかな」
    「とはいえ今はただの鍾離だ。海産物との和解は……あまり、できそうにないが……恋人はいてもいいのかもしれないと思う」
    「ふうん、じゃあ作ればいいんじゃない? まあ興味もないから俺は寝るよ」
     結局何を言いたいのかよく分からなかったが、彼に背を向けて目を閉じる。しかし俺の腹へと回った腕が、そっと俺を抱きしめるように動くものだから。さすがにそのまま、寝てしまうことははばかられた。
    「……どうしたの、先生。言っとくけど俺は神の恋人なんて嫌だからね」
    「ふむ、どうしてだ」
    「そもそもあんまり、恋人とかそういうの興味ないし……先生ってなんというかさ、重量じゃない意味で、重そう」
    「重くなどない、ただいつまでも忘れないだけだ」
    「それが重いって言ってんの! もちろん先生が忘れられない体質なのは知ってるけどさあ、だからこそ人間はそれが重いって思うんだよ。それに俺たち価値観とか絶対違うでしょ、俺なんか相手にしてもいいことないよ?」
     言えばしばし、背後の相手は考え込んだようだった。諦めたかと再度目を閉じれば、なぜか腕へと力がこもる。おいこらなに抱きしめてんだ。
    「俺のことが嫌、とは言わないんだな」
    「……先生知ってる? そういうの自惚れっていうんだよ」
    「それならばいくらでも抵抗できたはずだ。最初に腕を伸ばされた時点で、お前はもっと警戒すべきだった」
    「……っやめろ、耳元で話すな」
     無駄にいい声なんだから、そう作った低音で囁かないでほしい。しかしこれ以上調子に乗らせてもいいことはないだろう、となればさっさと引き剥がして——
    「……相手に悪気がないことは分かっている。俺の事情なんて知らないのも当然だ。
     だが……なぜ、だろうな。そのようなことを言われて、何も言い返せなかったのは」
    「そりゃ、詳しいこと説明できないからでしょ……」
    「いや、違う。思うに彼らが本当に……それらを好いているのだな、と分かってしまったからだ」
    「だからって、俺に手を出していい理由にはならないよ」
    「……そうだな。だが今日は……すまないがこうして、眠らせてくれ……」
     ああもう、調子狂うなあ。しかしすぐさま聞こえた寝息に、ため息をついて目を閉じる。
     今までに見た月の数なんて忘れた。そして同時に、朝日を浴びた回数だって。
    「……凡人ってのはね、先生」
     狸寝入りの可能性もある。分かっていた。
     ……それでも。
    「損してる、って言われて……そう思い悩むような人生なんて送れないんだよ」
     俺は彼がどれだけの悲しみと別れの上に立っているのか、知らないし想像もつかない。モラクスとして鍾離として、あるいは別の名前で……今まで生きて、忘れずに刻んできたことをくだらないと一蹴するのは簡単だ。だって俺も、「重い」なんて言葉でそうしたじゃないか。
     ベッドの上、眠りやすいように少し体勢を変える。その動きに小さく軋むこのベッドだって——いや、使われた木材だって。まっすぐに生きて枯れていくこともできず、こうして俺たちの下敷きになっている。それは半分どころか全て、損だとも言えるだろうに。
     けなされて悩むのは全て、自らの足元に転がる屍の数が多いからだ。そういう意味では俺だって、あるいは全部どころかマイナスまで損してるように見えるのかもしれないけど。
     ……答えは出ない。今は眠ろう。このエセ凡人の恋人になるなんて、それこそ人生全部捧げても足りないだろうから……それを損と取るか愉快と取るかだろう。そして咄嗟に、それはそれで楽しいかもしれない、なんて思ってしまった時点で。もうとっくに、俺は全部損をしているのかもしれなかった。
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