転生学パロ若トマ 昼食時。牛乳パックを片手に、俺は以前から気になっていたことをトーマに問うことにした。
「トーマはさ、神里先輩のこと好きなんでしょ?」
「ッげほ、がふッ!?」
うわ、むせた。とはいえ俺の責任でもあるので、おとなしくティッシュを差し出してやる。
「そ、空……? どうしてそんなこと、げほ、っ言うんだい……?」
「んー、見ててめちゃくちゃそう思うから。違う?」
「お嬢のことじゃ、ない、よな」
「そりゃあ綾華も二年だし。俺たちと同じ学年じゃん」
言えば少し、というか大分苦い顔をされた。どうせ昼時の教室内なんて、食堂まで出向く者や別の場所を選んで食べに行く者ばかりなせいで俺たち以外誰もいない。しかしまあ、さすがにデリカシーのない質問だったか。
「……まあ、合ってはいる、けどさ。そんなにオレ、分かりやすかったかい……?」
「大丈夫、元から距離感おかしいし」
「そういうことじゃないんだよなあぁ……」
机の上に突っ伏したトーマは、耳がぺたんと垂れた犬を彷彿とさせる。綾華や綾人先輩を嫌う者からは、神里家の犬とまで言われているが多分間違っていない。
「でもまあ多分、俺とあと数人くらいしか気付いてないと思うよ。みんなのこと『前』から知ってるの人なんてそう多くないし。
でも大分、懐いた犬みたいな印象はあるよなーって」
おそらくは神里兄妹のついでに自分の分、という作り方をしているのだろう。決して粗末というわけではないが、切れ端や歪な形をした具材まみれのトーマの弁当を見やる。
「それにこれ、ぶっちゃけ二人の弁当の、飾りつけ具材の余りでしょこれ」
「そ、素材はすごくいいんだよ。無駄にしたくないじゃないか」
「責めてない責めてない。
……でもまあなるほど、根掘り葉掘り訊いてもいい?」
「なんでそんなに興味津々なんだい……」
「だってトーマ、記憶ないふりしてるじゃん」
ぴし、と音がしそうなほど、ぎこちなく彼の動きが止まる。
「……なんの、ことかな」
「そりゃあもちろん、テイワットでのことだよ。綾華はしっかり騙せてるっぽいね、たまに悲しそうに話してくれるし」
窓からの光で逆光気味になった、トーマの表情は読めない。けれど数秒の後、諦めたように脱力しながら息をついた。
「……これはオレの自己満足なんだよ、空。まさかまた会えるとは思ってなかった、そんなふたりと今度こそずっと、一緒にいたいっていうだけの」
「それで悲しませてたら本末転倒な気もするけどね」
「言っただろ、自己満足だって。
……オレはさ、いつかふたりに悲しい思いをさせた。だからもう、近付きすぎることはしたくない。けど必要とはされたい、なんて都合のいい話なのは分かってるけどね」
「ふうん……」
ずずず、牛乳パックの底から音がする。いつの間にか飲み干していたようだ。
「……問い詰められたことはあったけど、言えるわけないじゃないか。いつかの若は、オレのことを愛したからこその苦労が多かったんだから」
「『綾人』だって、それを理解した上で好きだって言ったんじゃないの?」
「それはそうだろうけどさ。理由はなんだったか……辻斬りだったかな、ともあれそれでオレが死ぬ直前にさ、オレを抱えてた若の声が忘れられないんだよ。
……泣きも叫びもしなかったけどさ、『逝くのかい』って。ひどく震えた声で、オレの手を握って。そんなこともう二度と、言わせたくないんだ」
そんなものだろうか。そのような別れ方をしたからこそ、再会はとても喜ばしいものだっただろうに。
「それじゃあトーマは、この先どうするつもりなの」
「卒業したら本格的に、神里家の使用人として働くさ。それこそ一生、うん、一生かけてふたりのそばにいる」
「でも先輩の想いには、応えてあげないんだね」
「……はは、若だってもう新しく好きな人くらいできてるだろうし。いいんだよ空、そんな顔しなくてもさ」
そうしてトーマは笑うのだ。未だ彼の想いを一身に浴びていることも知らず。
「この気持ちは、墓まで持っていく。そしてもう二度と、戻らないことを願うばかりだよ」
「……とのことだよ、どうするの綾人?」
「ふふ、ありがとうございます。やはりあなたに頼んで正解でした。今日の夜にでも、しっかり話し合おうと思います」
「……優しくしてあげるんだよ……」