理想は特大花火2、3発それは何の前触れもなく唐突に訪れる。
ひたすら無心で体を動かしていたベジータは不意にその動きをピタリと止めた。
重力室で静かに響く荒い己の呼吸音が耳につく。外と内を隔てる分厚い壁に覆われた空間に、普段は感じないはずの圧迫感を覚えるせいか妙に息苦しい。
何か苛立ちや怒りを感じたわけでもない。特に何かを意識したわけでもない。
だが、血が逆流し沸々と湧き上がる熱が確実に全身へ巡り、頭の中は一色の赤に染まっていく。ずっと何かに飢え続けていた様な錯覚を覚え、激しい欲求が理性を掻き乱す。
それは純然たる破壊衝動であり、種族として備わっている戦闘本能だ。自身が持つ強大な力の赴くまま、何者にも抑圧されること無く力を奮いたい。弱者を屠り、強者へ喰らいつき、目につく全てが無くなるまで、この持て余した熱をぶつけたい。
視界が赤く染まるこの欲求は、満月の光を浴びた時の感覚によく似ている。
以前は抑え込めていた。いや、無理やり捻じ伏せていたと言った方が正しいか。本能に飲まれ制御を失った獣に成り下がるなど、自分のプライドが許さなかった。
しかし最近はコントロールが難しくなってきた。昔と今とで力量が比べ物にならないほど差が大きくなってしまったせいかもしれない。最も、抑える必要も今はもうないのだけれど。
ベジータは昂ぶりを抑えることなく、溢れるままに気を解放する。
迸る圧は気流を生み、煽られ揺らぐ黒髪は薄らと光を帯び、閉じた瞳の奥に蒼の火が灯る。そのうち体を包むオーラも髪も燃える白金へと色を変え、ゆっくりと開かれた目は輝く翡翠に染まっていた。
それでも止まること無く放出される気が焦れるようにバチバチと空気を鳴らしていると、ベジータの目の前で空間がゆらりと揺らいだ。
「よっ。待たせたな」
軽い調子でそう言った悟空はベジータと目を合わせた瞬間、おや?と言った調子で目を瞬かせた。
「なんかいつもより気合い入ってんな?久しぶりだからか?」
「うるさい。いいから早く連れて行け」
「どこでもいいのか?」
「どこでもいい。暴れても星ごと消し飛ばない程度に頑丈な場所なら」
それを聞いて腕を組んだ悟空はうーんと暫し視線を泳がせる。間も無く行くあてに思い当たったか、コクリ一つ頷くとベジータへ手を差し伸べた。
「界王神界に行こう。あそこなら滅多なことじゃびくともしねぇはずだ」
そういえばそんな星があったなと思い出すベジータ。東西南北の界王達の更に上に座すこの宇宙の全てを司る界王神の神域で、魔人ブウを倒すために特大の元気玉を放っても問題なかったレベルの頑丈な星である。
「……」
返事は無かったが差し出した掌に白いグローブの手が重なる。若干眉を寄せつつもすんなり悟空の手を取った様子を見るに、選んだ場所はベジータのお眼鏡に叶ったようだ。
「よし、じゃあ行くか!」
重なった手をしっかり握りニッと笑みを浮かべた悟空が額に指をそえる隣で、ベジータは小さく舌を打つ。
身の内に巣食うこの激情を飲み下し腹に溜め込む煩わしさから解放されることを思えば致し方ないことだが、こうしてこの男を頼るのは非常に癪である。当の本人は全力で闘えるチャンスだと毎度嬉々として飛んで来ているだけなので、そんなベジータの葛藤には全く気がついていないし知ったとしても「へー、そっかー」くらいなノリで聞き流し気にも留めないのだけれども。
そんな苛立ちを地味に募らせるベジータとこの後の戦い思いうきうきの悟空は程なくして揃って姿をかき消したのだった。