貴方と一緒なら、なんだって。「すまない。司くんはいるかい?」
「おお、天馬ならいるぞー。おーい天馬ー」
「………………」
「てーんまっ!」(バシッ
「うおっ!いきなりなんだ!?」
「呼んでんのに反応しないからだろー。神代が来てるぜ」
「……あ!すまん類!」
「ううん、気にしないで」
司くんが慌てて読んでいた本に栞を挟み、カバンの中に入れるのを見て、ひっそりとため息をついた。
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司くんは最近、珍しく読書を沢山している。
空いた時間は僕とショーに関する相談をすることが多かったけれど、今はその時間のほとんどを読書に向けている。
しかも読む本はかなり早いペースで変わっていっている。
いつもカバーをしていて内容は知らないけれど本の厚みがコロコロと変わるからすぐにわかる。
司くんは本の内容は内緒だと言って教えてくれないが、本の多さに関して聞いてみたら、全部図書館で借りたものと言っていた。
納得したと同時に、少し落胆してしまった。
全て借り物だということは、その読書には終わりがないということになる。
……もっと司くんの時間が欲しいのに。
我が儘かもしれないけれど、あれだけ一緒にいれたのに突然その時間が減ったら、誰だって不安になる。
僕は司くんへの愛は薄れてなんていないし、逆に司くんからの愛も薄れたと感じたことなんてないから、尚更だ。
(問いただしても絶対教えてくれないし……。かといって正直に話すのは、ちょっと)
流石にキャラではないと、自分でも自覚している。
司くんとご飯を食べながら、どうやって問いただそうかと、密かに頭を働かせた。
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カチャカチャと機材を弄る音が響く。
でもふとした瞬間に、弄る手が止まり、ついため息をついてしまう。
今日はダメかもしれないなと、工具を机の上に置き、ソファベッドに寝転がった。
結局いい案が浮かばないまま、週末になってしまった。
本来であれば週末のショー終わりに捕まえようとしていたのだが、大型台風の接近により、遊園地が閉鎖。それに伴い、ワンダーステージもショーがなくなってしまった。
練習の提案もあったけれど、台風の中での移動は危険。
セカイでの練習も提案されたけれど、自室で練習に行ってしまった場合、家族への説明が大変だということもあり、今日明日は全練習を中止と、御布令が出た。
(折角の休みだし、作りかけのロボットを進めようと思ったのになあ)
案も浮かばないし、一緒にいれる時間も少ないし。
正直なところ、司くん不足でどうにかなってしまいそうだ。
(……せめて、電話だけでも、)
寝転がりながら、手探りでスマホを探す。
その時だった。
『すまない類く、わあああぁ!?』(ゴトッ
「え?……あ、す、すまないカイトさん!」
突如響いた声に驚き、手がスマホにぶつかってベッドの下に落としてしまった。
慌ててベッドから降りて拾い上げると、安堵した顔のカイトさんがそこにいた。
「びっくりしてしまったよね。すまない」
『あはは……。僕もいきなり声をかけてごめんね。……あ、すまないそれよりも!』
安堵していたカイトさんの顔が、険しいものになる。
思わず背筋を伸ばしてしまった僕だけれど、続けて言われたその言葉に、思わずきょとんとしてしまった。
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「……いた!レンくん、リンくん!」
「あ、類くん!」
「待ってたよー!」
小高い丘に原っぱが広がる場所。
カイトさんと急いでそこに向かうと、お目当ての人はいた。
不安そうな顔を隠せていないレンくん、リンくん。
そして。
「……る…類……?」
そんな2人の傍で原っぱに寝転がる、司くん。
「お待たせ。司くんはその体勢は痛くないかい?」
「あ、ああ……」
「なら、それはそのままが一番かな。一応何かブランケットがあるといいかも」
「はーい!リン取ってくる!」
「あ、オレも取ってくるよ!」
「じゃあ、僕は他の皆に無事を伝えてこようかな。類くん、司くんをよろしくね」
「ああ。任せてくれたまえ」
急いで向かう3人を見送り、そっと司くんの傍に座る。
当の司くんは、罰の悪そうな顔をしていた。
カイトさんから教えてもらったのは、司くんのことだった。
どうもタイミングが悪く、両親は家に帰れなくなり。
咲希くんは元々お泊りの予定だったから滞在時間を伸ばしてもらうことになったそうだ。
折角家に1人なのだからと朝からセカイに来ており、レンくん達を巻き込んで色々考えていたそうなのだが。
「……全く。まさか『背中がつった』なんて言われると思わなかったよ」
「う……。本当にすまない。まさかこうなるとは……」
練習の途中で背中がつってしまった司くんに、セカイの皆は何もすることができず。
慌てて僕に助けを求めた、というのが事の顛末だ。
「とりあえずこれ、水。水分不足でもなるそうだから、しっかり飲んでね」
「あ、ああ。そういえば取ってなかったな」
「他にも筋肉の使いすぎや、同じ体勢でいすぎなのも原因みたいだね」
ぎくっ
そんな言葉が合いそうなほど、わかりやすく司くんの動きが止まった。
そんな司くんに近づき、そっと頬を抓る。
「っ、ふい、なにふんだ」
「自分から休みって言った癖に練習してた座長様にお仕置きだよ。一体何をしてたんだい?」
「う……」
言わなきゃダメか、と問うような目をしてきたので、勿論!というかのように笑みを向ける。
司くんは観念したのか、ため息を1つつき、「笑うなよ」と言って、続けた。
「レンたちと組体操をやって、ポーズをずっと維持していたら、つったんだ」
「……え、組体操?なんでだい?」
予想外の回答にきょとんとしながらも聞いてしまう。
直近のショーに、組体操を取り入れたものなんてなかった筈だ。
そう思いながら聞くと、司くんは呻き声を上げながら、小さい声で話しだした。
「……組体操は、複数人でやるだろう」
「?うん」
「だから、できるんじゃないかと思ってな」
「……組体操を、かい?」
「いや、そうじゃなくて」
「……類と一緒に、かっこいいポーズが、できるんじゃないかと」
「…………!!」
「き、今日は覚えたことを実践したかったんだ!だがその、結局こんなことに、なってしまったが…………っうわ!?」
縮こまる司くんの頭を、これでもかというくらい撫でる。
司くんは悲鳴を上げるが、身体を動かせない今はされるがままだった。
「い、いきなりなんだ!」
「嬉しかったからつい、ね。本当は抱きしめたかったけど、今日は撫でるので我慢するよ」
「我慢ってなんだ!?」
「……ふふ。ねえ司くん、僕にもやろうとしてたやつ、教えてくれないかい?」
「え?だが……」
「司くんのことだから、しっかりマスターしたら僕に教えようとしてたんだろうけど」
「ぐ、バレてたか」
「少し考えればわかるよ。……でも、それで無理されても心配だし、僕もサポートしたいから」
「……ああ、わかった。すまん。……そこの、鞄の中にある本に書かれてるぞ」
「うん、ありがとう」
鞄の、本。
覚えがあるそれを頭に思い浮かべながら鞄を広げると、案の定思った通りの本が出てきた。
軽くパラパラと開きながら、頬が緩むのを感じる。
僕との時間を奪うそれに、嫉妬していたけれど。
司くんはその時間もずっと、僕のことを考えていたんだとわかると、嬉しくて。
そして今は、そんな本を使って、司くんとの時間を共有できる。
落ち込んでいたのが嘘だと思ってしまうくらい、幸せだ。
「……あ、サボテン。これ、僕が支えながら司くんがポーズできるんじゃないかい?」
「いや、それだと『類「を」使ったかっこいいポーズ』になるだろう。オレは類「と」かっこいいポーズをしたいんだ」
「……!そ、っか。なら、こっちは……」
「類、こんな体勢できるか?」
「……ガンバッテミルヨ」
「いやお前が無理してつるのはゴメンだからな!?」
僕たちのそんな押し問答が、原っぱに響く。
既に帰ってきていた3人は、僕の視界の端で、嬉しそうにその様を眺めていた。