「 」の果てにあるものは。なんの変哲もない、一般的な、茶色いそれ。
それがまさか、彼の核心に触れられるなんて、思いもよらなかった。
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「……ちょっと司くん。それ、どうしたんだい?」
びくりと震えたのを見て、思わず低音になってしまったのは許してほしい、なんて思いながら返事を待つ。
司くんは司くんで、僕が返事待ちだと悟ったんだろう。ため息をつきながら答えてくれた。
「……片付け途中に、ちょっとささくれに引っかかっただけだ。着ぐるみには報告したぞ」
「報告はありがとう。でも、消毒はしなかったのかい?」
「消毒はしたぞ。絆創膏は持ち合わせがなくてな」
「なら、僕が持ってるから。ほら行こう」
返事を待たずに、彼の手を引いて控え室に向かう。
司くんは司くんで「おい!」とか、「別にオレは大丈夫だから」とか言ってるのが聞こえたけれど、観念したのか大人しく手を引かれていった。
……確か、今日は寧々はえむくんと寄るところがあると言っていたし、好都合だ。
やっと、聞くことができる。
彼の手を握っている手に力が入りすぎないように細心の注意を払いながら、先を急いだ。
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「……はい、これでOK」
「ああ、ありがとう。……相変わらず手馴れているな……」
僕が巻いた絆創膏をしげしげと見ながら言う司くんに、ため息が漏れる。
「まあ、僕はゲリラパフォーマンスもしているし、何が起きてもいいように対策しているだけだよ」
「流石だな」
「流石だな、じゃないんだよ。僕が近くにいない時に怪我することもあるんだし、こういうのは持ち歩いてって言っただろう?」
「そういえば前にも言われたな、それ」
「そうだね、前も怪我してたもんね君。覚えているんだったらなんで持ち歩かないかなあ……」
「すまない。家に帰ったらすっかり忘れてしまうものでな」
苦笑しながら、軽く言う彼に、思わずため息をつく。
そう。前もこんな感じで、気をつけるなんてありきたりな言葉を聞いて、終わっていた。
きっと今回も、司くんはこれで終わると思っているんだろう。
警戒されない、自然な動きで司くんの腕を掴む。
僕だって。
「あれ」を知らなければ、このまま終わっていた。
「嘘つき」
僕が漏らした言葉に、司くんは固まった。
「…………え」
「すまないね。僕、知っているんだ」
「司くんが、絆創膏を持ち歩いていること」
目を見開く彼を見ながら、僕は口を開いた。
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「それじゃあ、今日もよろしくね」
「ヨロシクネ、ルイクン!」
セカイの謎は未だに解明されていないけれど。
それを追求するのが楽しくて、やめられない。
今日も今日とて、ぬいぐるみくん達を撫でてあげる……基、触診で動く要因を探る作業をしていた。
「はい、終わり。……次は君だよ」
本日3体目の彼は、ぬいぐるみというより人形に近い気がする。
布と綿でできている彼らと違い、のっぺらぼうの木の人形であるその子は、太めのデッサン人形という言葉が近い。
本来は触診をしても動く原因はわからないけれど、ぬいぐるみくん達が撫でられていて羨ましく思ったのだろう。
撫でて欲しそうに近づいてきてから、僕のお相手の1人となっている。
そんな彼は、いつもと風貌が少し違った。
「……おや?それは……絆創膏?」
撫でていると、足部分にいつもと違う感触がした。
よくよく見てみると、足にひっそりと絆創膏が巻かれている。
身体も茶色いし絆創膏も茶色いから、全く気付かなかった。
「アノネ、コロンジャッタンダッテ」
人形の身振り手振りを見た猫くんが、通訳をしてくれた。
「転んだ?大丈夫なのかい?」
「……チョットカケチャッタンダッテ。イタイッテオモッテタラ、コレヲモラッタッテ」
「これって……絆創膏を?」
「ウン!」
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「……こういう時のためにこれはあるんだって言って、絆創膏を、君からもらったって言ってたんだ」
固まる司くんに構わずに、僕は話を進めた。
気づいてしまった、あの日の話を。
「ずっと、タイミングを見計らっていたよ。……司くんが怪我をして、絆創膏を使わない、その時を」
「…………」
「お願いだ。教えてくれないかい?……それを、使わない理由を」
司くんの腕を掴んだまま、ゆっくりと頭を下げる。
辺りを、静寂が支配した。
「昔から、だったんだ」
呟かれたそれに、思わず顔をあげる。
そこには、悲しげに笑う、司くんの姿があった。
「咲希が、熱を出す度。苦しそうな顔を見る度。……どうしてオレは、それを肩代わりできないんだろうと、思っていた」
「そんな中で、怪我をしてしまった時。……父さんも母さんも、心配してくれたけれど。……でも、オレは、」
「咲希の方が、ずっと痛くてつらいって、そう思ったんだ」
「……だから、手当てをすることをやめたの?」
「初めは、ちゃんと手当てしてもらっていたぞ。……自分でするようになって、別にいいかと思ったんだ」
「別に、って……」
「オレなんかより、痛い思いをする子がいる。その子に、そういうのは与えてあげたいって思ったんだ」
「……だから、他の人のために、絆創膏を……?」
「ああ、そうだな」
そう苦笑する司くんに、僕は何も言えなくなった。
どこまでも自己犠牲なそれに、ただただ心が痛かった。
それと、同時に。
「じゃあ、司くん。今度から怪我したら、僕に言ってよ」
「……は?」
投げかけたその言葉に、司くんはぽかんとした顔で見つめてきた。
「自分で手当てするのが嫌でも、僕が手当てする分には問題ないだろう?
どんなにいっても司くんは持ち歩かないだろうし、そっちのが一番早そうだしね」
「え、いやでも、オレはそんなの、」
「僕よりずっと自分に無頓着な司くんを、ほっとける訳がないだろう?」
僕の言葉にうぐ、と言葉を詰まらせ、そしてため息をついた。
「お前なあ……なんでそこまでオレのことを気にかけるんだ……」
その言葉に、思わずきょとんとしながら、返した。
「だって僕、君のことが好きなんだもの」
さらりと告げられたそれに、彼はフリーズし。
数分後、意味を理解し顔を真っ赤に染めた彼による大音量の悲鳴で耳がやられるまで、あと。