果たして、オレに 資格はあるのか。「それじゃあ、お疲れ様!2人共、ゆっくり身体を休めてくれ!」
「うん!司くんも類くんも、お疲れ様!」
「お疲れ様。ああ、類。今日えむと寄り道するから」
「ああ、わかったよ。2人共お疲れ様。」
2人を見送り、控え室に入る。
着替えもせずにベンチに座ると、思わずため息が漏れてしまった。
「……司くんも、お疲れ様。大丈夫かい?」
「大丈夫だ。……と、言いたいとこだが。流石にオレも疲れたな」
苦笑しながら言うオレに、類は心配そうにスポーツドリンクを手渡してくれて。
類の視線を感じながら、オレはそれをゆっくりと飲みつつ今日の反省点を頭の中で纏めていた。
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今回新たにやるショーは、オレとえむがメインとなる物語。
おばあちゃんちに帰省したえむ演じる少女が作った雪うさぎに自我が芽生え、お友達になるというお話。
終盤で少女は母親に連れられて帰ることになるが、母親に溶けてしまうからという理由で雪うさぎと離れ離れになってしまう。
雪うさぎと最後の別れをした時に、大切なものを落としてしまった少女のために、
身体が溶けることも厭わずに追いかけ、無事届けることができた。
最後は寂しい終わり方になってしまうが、少女は雪うさぎのことをずっと忘れないし、雪うさぎも、無事届けられてよかったと嬉しそうに溶けていくという、涙なしでは見られない物語となった。
今回は雪うさぎと少女がメインとなることもあって、雪うさぎはオレ、少女はえむ、母親が寧々となって、類はお休みとなった。
実際、オレが少女の元に向かう際、オレの身長の倍以上はある建物や物を代わる代わる出さないといけないため、此方としても好都合だよ、と類は言っていた。
脚本も順調に作成できて、大まかな演出も決まって。
練習も滞りなく進んで、となったのならよかったのだが。
オレは、今までにないくらい、最悪な局面に身を置くこととなってしまった。
学校で、他校との交流会をしよう、という話が始めて持ち上がったそうなのだが。
3年生は受験もあるから、という理由で、2年生が中心となってそれらの話を進めていくことになった。
そこで抜擢されたのが、各クラスの学級委員長。
つまりは、そこにオレも含まれていて。
定時クラスの授業もあるし、オレはショーのバイトがあるから、そこまで遅くまでは残れないものの。
ショーの練習は必ず遅れていくことになってしまっていたし、足りない練習分はオレだけ居残って練習をして。
帰ってからのルーティーンは、流石に何時も通りやってしまうと時間がいくらあっても足りないから、多少時間は短くしたものの。
要は、ここ1ヶ月、相当はハードスケジュールの中、動くこととなってしまった。
最初は、それは大変だねとか、こっちの練習の手を抜くようなことはしないでねとか、言われたけれど。
2週間を過ぎようとしたところで、しょっちゅう「大丈夫なのか」と声をかけられるようになった。
実際あの1ヶ月の間は、ショーに学校、あとエキストラのバイトもしていて、ほぼ休みなしで動いていたから、実際疲れは全く取れていないと自分でも感じていたが。
最終的には、学校での仕事はクラスメイトも協力してくれたし。
ショーの方も、類が一緒に居残ってアドバイスをしてくれたり、無理をしそうになったオレを止めてくれたりと、色々サポートしてくれて。
えむと寧々も、最初の準備は勿論、解散となった時も、オレの片付け量が少しでも減るように片付けてくれたり、甘いものを差し入れしてくれたりと、類とは違った方向でサポートしてくれた。
お陰様で、ショーは大成功。
学校の方も、昨日纏めた提出書類を先生に渡したから、一段落ついた。
漸く、オレの忙しい1ヶ月は、幕を閉じたのだ。
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「……沢山、迷惑をかけてしまって、すまなかったな。類」
「こんなこと、迷惑のうちに入らないよ。それに、あの別れのシーンはしっかり凝りたかったからね。皆納得がいくシーンになってよかったよ」
「ああ、あのシーンか。オレ1人では、あそこまで詰められなかったからな。2人にも感謝せねば」
あのシーンというのは、雪うさぎが少女の元にたどり着いたシーンのことだ。
溶けてほぼ原型を止められなくなった雪うさぎの元に、気づいた少女が駆け寄る。
頑張って届けてくれた雪うさぎに、少女はこう言うのだ。
「たいへんよくできました。」と。
お母さんに褒められた時に、頭を撫でながら言われたその言葉を、少女は雪うさぎに行ってあげて。
雪うさぎは、幸せそうに、溶けてなくなるのだ。
このシーンは当初、少女が気づく前に溶けてなくなる予定だったが
合わせている途中で、えむからの提案で、このシーンに変更になった。
その時に、雪うさぎの心情を新たに考えたり、倒れているシーンでの照明の当たり具合、身体や顔の向きなど、色々考える箇所が増えてしまって、少し大変だったりした。
オレも実際やってみたらとてもしっくりきたし、異論は全くなかったのだが。
「てんやわんやだったけれど、いいシーンだったね」
「ああ、俺も頑張った甲斐があった」
「とても泣けるいいお話だって、SNSでも話題だったよ」
「そうか!それならよかった」
嬉しい報告に、思わずへりゃりと笑ってしまう。
正直思ってた以上の疲労に、立ち上がることすら億劫になっていたが
そろそろ立ち上がっても大丈夫な気がする。
そう思いながら、足に力を入れた、その時。
「司くんも、たいへんよくできました」
優しく、労わるように撫でる、掌と共に。
落とされた甘い声に、オレの思考は止まってしまった。
「忙しい時期に加えて、練習もバイトも変更も、とても大変だっただろう?」
「司くんは、なかなか頼ってはくれなかったけれど。……それでも、司くんの負担を少しでも減らせたらって思って動いていたから、本当に迷惑なんかじゃないんだよ」
「よく、頑張ったね。司くんは、凄いよ」
撫でる手はそのままに、次々と落とされる、優しい声。
オレは、その声に何も答えられず、何も考えられずに、ただ呆然としていた。
何故だろう。なんだか、視界がぼやける。
「……??司く……司くん!?」
「……あ、れ」
類の焦ったような声に、オレは泣いているんだと、そう気づいた。
袖で拭おうとするオレの手を、類が止めた。
「袖で拭っちゃダメだよ、司くん、ほら」
「っん、る、類。それくらい自分で、」
「いいから。……僕が泣かせたようなものなんだから、気にしないで」
類は、手に持ったハンカチで、そっとオレの目元を拭ってくれた。
真剣な中に心配をにじませたような表情をしている類に、俺はゆっくりと口を開いた。
「……すまん。突然泣いてしまって」
「ううん。……司くんは今の言葉は嫌い?」
「いいや。……ただ、な」
少しばかり言いづらいそれに、思わず口を閉じてしまう。
そんなオレをどうとったのか、類はオレの両手を、優しく握ってくれて。
その暖かさが心地よくて、オレはまた、口を開いた。
「……オレが、言われていい、言葉なのかと。」
「……言われていい、言葉?」
「ああ。」
いつだって、咲希のために動いていて。
いつだって、咲希を中心に、世界が動いていて。
だからなのかもしれない。
褒めてもらうのはいつだって、咲希が優先で、オレじゃないと。
いつしか、そう思っていた。
「決して、両親が褒めてくれない訳じゃないんだ。ただ、いつだってその話の影には、咲希の体調の話があって。」
「…………」
「褒めてくれるのは嬉しいけれど、咲希の方がずっと頑張っている。……そんな風に、いつも思ってたから、なのかもしれん」
「司くん……」
「オレの家庭の事情も、何も知らない人に、ただオレのことを褒められるのは……」
「嫌、かい?」
「嫌、ではないな。……本当にいいのか、とは、思うが」
厄介、だろうな。
そんな風に考えてしまう人なんて。
気にするな、と口に出そうとした瞬間、頭を酷く乱暴に撫でられた。
「っ、うおっ!?な、何するんだ類!?」
「僕なりの褒め、かな」
「はあ?」
撫でていた手を止め、真正面から見据えてくる。
その真剣な瞳に、オレは釘付けになってしまった。
「司くんは、いつだってよくやっているよ」
「る、」
「学校で委員長もして、脚本も書いて、自分の分の衣装も作って、演出の相談も乗ってくれて」
「お、おい」
「反省会では内容を書きおこしてるのも司くんだし、それを前のやつとも照らし合わせながら改善案見つけるのも司くんだし」
「るい、あの」
「それに加えてスターになるために自主連もして、果てにはエキストラのバイトもしているのに、これのどこが頑張ってないんだい?」
「う、うう」
怒涛の言葉の数々に、頭がキャパオーバーしている。涙が止まらない。
「僕の知ってる司くんは、十分褒めるのに値するような、とても凄い人なんだよ。」
「る、類……」
「褒められていないなら、僕がずっと褒めて褒めて、照れてどうにかなっちゃうそうってくれい、褒め殺してあげるから」
「な、なんで……」
「うん?」
「なんで、そこまで、やるんだ……」
嬉しいような、恥ずかしいような。
キャパオーバーしていてもわかる。過剰なくらいの言葉の数々に思わずそう言うと、類は少し考えてから。
「司くんのことが、好きだからかな」
「は?」
「ああ、友人としてじゃないよ。恋愛感情でだから」
「え?」
「別に、付き合いたいとかそういう訳じゃないけど。ただね」
「褒められ慣れていないのなら、しっかりわかってほしいと思ってね。……僕の好きな司くんは、こんなに凄いんだよ、って」
ニヤリと笑いながら言われたその言葉に、オレは何も言えなくなってしまった。
その日から、怒涛の類の褒め攻撃が始まったのだけど。
いつしか、その攻撃で不整脈を起こすようになり。
不整脈が起こるからやめろと、類を止めようとして。
類から、不整脈の正体を教えてもらうまで、あと。