きみにだけ、特別。ピピピピ、とアラームが鳴り響く。
直様それを止めて立ち上がると、棚の一角においた小さなカゴを取り出した。
慣れた手つきでテーブルの上に、付ける順に並べていると、ペタペタと歩いてくる音がする。
よかった。予想通りだ。
そう思っていると、ガチャリと扉が開いた。
「るい、あがったぞ」
「うん。こっちおいで、司くん」
僕のその声に、司くんは返事をすることなく、ぽてぽてと歩いて近くに置いておいた座椅子にすとんと座った。
「それじゃ、始めるね」
「ああ、たのむ」
恋人同士になった僕たちは、互いの部屋に泊まることも多くなっていって。
最初は司くんが自ら僕の家まで持ってきてくれていたヘアケア用品も、今は専用の置き場所まで用意して完備している。
普段は、司くん自らヘアケアをしているのだけれど。
今日は、少し事情が違った。
取り出した司くん愛用のトリートメントを適量取り出し、両手に広げてから司くんの髪になじませていく。
その間にも、司くんはゆらゆらと身体を揺らしている。
「ほら司くん、揺れていると上手く付けられないよ。背もたれに体重を預けて?」
「ん……すま、ん……」
司くんがある程度揺れなくなったのを確認してから、用意していたドライヤーで手早く
乾かしていく。
僕らが互いの家に泊まるのは、次の日が学校も、練習もない日がほとんどだ。
そしてそういう日は時々、練習時間がない分前日にみっちり詰め込まれることが多い。
そういう日に限ってアクロバットな練習が重なることがあって、そういう時は今の司くんのように、すっかりお疲れモードになってしまうのだ。
完全に全体的に乾いたのを確認した後に、適量のヘアオイルを取り出す。
司くんは睡魔と闘っているのか、もごもごと口が動いている。
そんな姿に、笑いそうになるのを堪えながら、オイルを伸ばしていった。
……司くんが、こんな無防備な姿を見せてくれるまで、夕に2ヶ月はかかった。
どんなに疲れていても、誰かが傍にいるときは、スターである「天馬司」を崩さないようにと、必死だったんだろう。
見るからに疲れているとわかるのに、それでも『何時も通り』を崩さないようにする
司くんを説得するのは、至難の業だった。
けれど。
すっかり意識を飛ばした司くんを起こさないよう、こっそりと素敵な髪に手を伸ばし、撫でてあげる。
今は、すっかり気を許してくれて。
普段の司くんでは絶対にあり得なさそうな、甘えたな司くんを見ることができるようになった。
今だって。
1回撫でるだけで、司くんが幸せそうな笑顔を浮かべて。
撫でる度に、そんな司くんの笑顔が広がっていって。
「……幸せ、だなあ」
そう、口から言葉が溢れても。
それを聴く人は、誰もいなかった。
次の日。
起きた司くんに、髪を全力で撫でられて。
「これでお愛顧だ!」なんて、顔を真っ赤にして言う司くんを追い掛け回すことになるのは。
また、別のお話。