ずっと、傍に。「はい、ではこれで終了です。ありがとうございました」
「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」
色んな人が、達成感や成長を感じている中。
オレはただ1人、やりきったように息を吐いて、グッと手を握った。
(やった……。やりきった……!やっと……!)
表情に出ないように気をつけながら、同じエキストラだった人達に挨拶をして、足早に更衣室に向かう。
(やっと、目標までいった……!)
強い達成感と同じくらい、強く残る疲労感から目を逸らしながら。
やりきった自分を、褒めたたえた。
----------------------------
そのきっかけは、なんてことない。
何時も通りの日常の中で、オレの目に入ったものがきっかけだった。
「……あ、これ……」
仕事で忙しい母さんの代わりに家事をやっていた時に、目に入ったもの。
それは、室内に大切に干された、一枚のストールだった。
これは、ただのストールではない。
ある年の結婚記念日に、父さんが母さんに送ったものだ。
絹製品であるそれは本当に肌触りがよく、母さんはそれを本当に大切に使っている。
昔見たときはもっときれいだったけど、紫外線に弱いから若干変色はしてきていた。
それでも母さんは捨てることなく、家の中でだけ使うくらいには、大切にしているのだ。
(……いいなあ)
1つのものを、大切に使っていくのは、そう簡単なことではない。
大変ではあるけれど。それでもきっと使ううちに、愛着が沸くもの、だったりするんだろう。
そう、思ったら。
(……類にも、あげたいな)
そう、強く思った。
いつかは、互いに夢の道に進むことになる。
もしかしたら、寧々と同様に、海外にいくことも、あるかもしれない。
そんな、いつ離れてしまうかもわからない今だからこそ。
類との繋がりが感じられる、ずっと傍に置いておけるものを、渡したくなった。
----------------------------
雑誌と睨めっこしたり、お店を覗いたりと色々した結果。
理想通りの商品は見つかったのだが、1つ問題が発生した。
それは、金額と、時期。
それなりに値が張るそれは、オレでも流石に簡単に出せる金額ではない。
しかも、その商品は期間限定らしく、受付はあと数日。
それ以降は、当分売られなくなってしまうものだそうだ。
期間限定で、金額も足りない。
オレの頭を悩ませたその2つの問題は、あっさりと解決することができた。
とりあえず商品自体は、貯金を切り崩して買う。
ただ、この貯金は無駄遣いを防ぐため、現在の金額を通帳で報告しないといけない。
だから、商品を買った後の、次の報告までに、お金を集められれば良いのだ。
貯金を使っても、同等の金額を集めることができれば、怒られることはない。
その代わり、タイムリミットは、1月だけ。
だから今月だけは、できるだけお金を集めることができるよう、限界までバイトを入れた。
かなり大変だろうと、思ってはいたけれど。
類の為に、絶対に渡したい。
その一心だけで、その1月は、頑張っていた。
そうして、頑張った1月。
類達には、予定が山ほど入っていることを怪訝に思われたけれど。
どうにか誤魔化して、理由を隠したまま、お金を集めることができた。
商品も無事郵送され、受け取ることができた。
やっと、類にプレゼントができる。
そう思っていたのに。
現実は、そう甘くはなかったようだ。
----------------------------
「……司くん!!!」
「っ!?る、類!?なんでここに……!」
「レンくんから教えてもらったんだ。司くんの様子がおかしいって……」
ぜえぜえと、乱れた息を整える。
慌てて出てきたから髪を整える暇もなかったし、汗もびっしょりだ。
ところどころ白いそれで覆われた司くんは、申し訳なさそうに僕の汗をふてくれた。
鼻につく、消毒液の匂いと、目が痛くなるような、真っ白な部屋。
そう。そこは、病院だった。
司くんの姿を見て、安心して力が抜けてしまった僕を傍に座らせて、司くんは説明してくれた。
最後のバイトも終わり、帰ろうとしたその時。
突然襲撃してきた女の人に、物を投げつけられたそうだ。
司くん自身も後から聞いた話だそうだけど、その人はエキストラのうちの1人の、結婚相手だったらしい。
でも、結婚する前に問題を起こしていたみたいで、婚約破棄を言い渡したところ
逆上して襲撃してきた、ということだったらしい。
自暴自棄になっていた彼女は、傷つけられるのなら誰でもと、手当たり次第に物を投げていたらしい。
そして司くんは、そんな物から、近くにいて動けなくなっていた女性キャストさんを庇ったそうだ。
顔を守る余り、腕や下半身が疎かになってしまったので、ダメージを負ってしまったそうだ。
そう言うと、司くんは切腹しそうな勢いで頭を下げてきた。
「すまん、迷惑をかけてしまう。服の下だから隠れるとは思うが、激しいものはできないかもしれなくてな……」
「迷惑なんかじゃないよ。今回は君は巻き込まれた側じゃないか。」
「……だが……」
それでも、と続けようとする口に、僕は指を添えて抑える。
「どうしてもというのなら、答えてほしいな」
「……え?」
「最近忙しそうにしていたのは、どうしてだい?」
目を見開き、ひゅ、と変な音を立てた司くんに、僕は続けた。
「ごめん、このタイミングに託けて、聞いてしまって。どうしても、聞きたくて」
「…………」
「……今回の怪我。受身を取れるようなものもあったけれど、上手くできてないとこもあるよね。」
「えっ」
何故類がそれを、と言いたそうな顔だ。
そこは誰にも聞いていないけれど、怪我の範囲は既に聞いているのだ。
そこが、受身を取れる場所が取れない場所かなんて、すぐにわかる。
「普段からずっと演出を試してもらってるんだ。見ればわかるよ」
「…………」
「……なんで、受身を取れなかったか。司くんの疲れが、取れていないからだろう」
話を聞いてる限りでも、空いている日はどこなんだと思うくらいには、ギチギチに詰まっていたのだ。
短気なのかどうかは知らないが、確実に身体にガタは来ているだろう。
そう思いながら、改めて「どうしてなんだい?」と問いかける。
すると司くんは、申し訳なさそうに、鞄を漁った。
「……すまん。……類に、これを渡したくて、な」
「……これ?」
首を傾げる僕に、1つの箱が手渡される。
片手に収まるほどの大きさのそれを受け取ると、それは大分軽かった。
そっと開けてみると。
ペンほどの細さだが、長さは半分以下。
濃い、暗めの紫の地に。
綺麗に輝くものが、特定の形を作って、鎮座している。
そう。これは、
「……ネクタイ、ピン?」
「ああ。ペガサス座が刻印された、ネクタイピンだ。」
よくよく見ると、ペガサス座の部分には小さく光る何かが埋め込まれているようだ。
いや、それを抜きにしても、色といい質感といい、これは。
「あの、司くん。これ、かなり高いんじゃ……」
入れ物からしても、明らかに普段送り合うようなプレゼントじゃない。
そう思いながら言うと、司くんは頷きながら、言った。
「ああ。安い買い物ではなかった。でも、だからこそ類にあげたくてな」
「?それって、どういう……」
「オレの家族は、記念日に物を送りあっていてな。それを、本当に大切に使っているんだ。」
「これから先、俺たちはずっと傍にいることはできない。互いに仕事もあるし、地方にも、海外にも行くかもしれない。」
「でも、これを持っていてくれるのなら。大切にしてくれるのなら。ずっと俺たちは繋がっていると、そう言えると思うんだ!」
そう話す、司くんはとても眩しくて。
ポロポロと流れるものを、止めることができなかった。
「……あり、がとう。司くん」
「どう致しまして。……オレこそ、迷惑かけて、すまないな」
「そんなこと言わないで。とっても嬉しいんだから。……そうだ。」
思いついたそれに、司くんは首を傾げながら見つめてくる。
そんな司くんに、僕はにっこり笑いながら、伝えた。
「僕も、司くんに負けないくらいの、大切にして欲しいもの。送るから、覚悟しておいてね?」
僕が送りたかった、大切にして欲しいもの。
オーダーメイドで作ってもらった、最高の触り心地を実現した、抱き枕サイズのカモノハシのぬいぐるみ。そして、同じ素材でできたキーホルダー。
キーホルダーとぬいぐるみなら、どこにいても傍に入れるし、なんならセカイにも出てきてくれるかもしれないね?
そう、笑顔で伝えて。
真っ赤な顔をした司くんに、力のこもってないパンチを食らうまで、あと。