何よりも、大切だから。「……よし、買うものはこれくらいか?」
「うん、備品はこれで最後だね。後は僕個人の買い物だけかな」
「む。ならそれも済ましてしまおうではないか!」
「!……ふふ、ありがとう。司くん」
ある日の休日。
公演がひと段落ついたこともあり、練習も休みとなった今日。
オレは、類と買い出しに出ていた。
前回の公演は、寧々が主役。
比較的アクション多めとなった公演だったこともあり、終わった頃にはへとへとになっていた。
そのライバル役を担ったえむも、同じように非常によく動いてくれた。
そんな二人を労わるために、必要な備品の買い出しはオレと類が立候補し、二人にはしっかり休養を取ってもらうことになったのだ。
……まあ、正確には、立候補したのはオレだけだったのだが。
オレのその話を聞いて、なら僕も、と言い出したのだ。
デートだね、なんて言って笑う類を、オレは軽く小突くことしかできなかった。
「類個人の、というと、機材の部品か?」
「うん。それと付箋なんかの筆記用具もだね」
「ああ……何枚も貼るから台本が凄いことになっていたよな。……??」
なんだかんだ、デートも兼ねているからか、類は自然とオレをエスコートしてくれている。
そんな現状に、むず痒さを感じながら歩いていると。
ふと、違和感を感じた。
「ん?司くん、どうかしたかい?」
「あー……いや、大丈夫だ。すまん。」
「??ならいいけれど……」
突然振り返ったオレに、類は首を傾げる。
そんな類を尻目に、オレは歩み再開した。
……先ほどは誤魔化したが、オレの中での違和感は未だに残っている。
どこからか、視線を感じるのだ。
本来であれば、オレのスター性によるものだと、そう感じるのだが。
その視線はなんだか、普段あまり感じないような。
緊張感でもない、かといっていいものではない。どこか、ピリッとしたような。
そんな視線が、向けられている気がした。
しかし、そんな視線を向けられる理由が、全くわからない。
首を傾げながらも、気にしなくていいかと思いながら。
買うものを上げていく類の言葉に、耳を傾けた。
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「…………ふう」
溜息をつきながら、濡れた手をハンカチで拭う。
あの後も、類と共にいくつか店舗を回ったのだが。
ずーっと、視線は続いたままだった。
平静を装うのも疲れてきたこともあり、少しお手洗いに行ってくると一旦離れたところだ。
向かって入った頃には、ずっと感じていた視線も感じなくなったので、諦めたのか?と首を傾げながら、お手洗いを出る。
類は、オレ達がなかなかの荷物量だったこともあり、ベンチで荷物番をしてもらっているのだ。
これ以上遅くなってはまずいと思い、小走りで類の元へ戻る。
向かうと、そこには類。
「いいじゃないですかっ!一緒に遊びましょうよ~」
……と。
聞き覚えのない、ねっとりとしたような声で話しかける、女性がいた。
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咄嗟に離れて、二人の様子を伺う。
あの女性はどうも、類のことは、あの宣伝公演のポスターで知ったようだ。
好みのタイプだったみたいで、お近づきになれるよう、ずっと探していたらしい。
尚、当の公演には一回も行ったことがないらしい。あくまでお近づきになりたいだけだから、だそうだ。
何処までも自分勝手で、頭が痛くなる。
本人は、オレがいない間に、と思っていたみたいだが、あれだけの荷物もあるのにホイホイ乗る訳がない。
まあ、逆に荷物があるせいで、類も逃げることができなくなっているみたいだが。
流石にこれ以上は、と思いながら、隠れていたところから出てきて、類に声をかける。
「すまん、待たせた!……む、そちらの女性は?」
そう声をかけると、類は待ってましたと言わんばかりにパアと表情が明るくなる。
対照的に、女性の方はうわ、といった感情を隠さないかのような表情になっていた。
「えーっとお、アタシぃ、この人と遊びたいんですー!でも荷物が多くて無理だーって……」
「元々買い出しできておりましたから。それじゃ、連れもきましたので、」
「えー!ちょっとお兄さん、これくらい一人で持って帰ってよっ!アタシが遊べないじゃないですか~!」
オレに詰め寄り、荷物を一人で持って帰れという女性に、類は見えていないことをいいことにドン引きしていた。
オレもさすがにこれはと思い、口を開く。
「申し訳ないですが、一人では流石に。此方も予定があるので、」
そう続けようとした、オレの目の前に。
バックが、振り下ろされた。
ガツッ
「っ、く……」
「つ、司くん!?」
咄嗟に顔を庇ったが、そのバックはかなりの勢いで振り下ろされたようだ。
庇った腕が、じんじんと痛む。
そっと庇った腕を下ろすと。
般若のような形相で、女性が此方を睨んでいた。
「ふざけんじゃないわよ!このアタシがお願いしてるんだから、さっさと退きなさいよ!」
「な……」
「大体アンタ、男のくせにエスコートされて恥ずかしくないわけ?本来はその位置がアタシがいる場所ってわからないわけ?」
「は、」
「恥ずかしげもなく楽しそ~にニコニコニコニコニコニコニコニコ、うざったいのよ!さっさと消えて!」
言い終わると同時に、再度バックが振り下ろされる。
再度腕を庇うように前に出しながら、女性が言ったことを反芻する。
(男なのに、エスコート……。じゃあ、あの視線は……)
その答えにたどり着く前に、勢いよくバックが振り下ろされる。
……前に、それは掴まれていた。
「いい加減に、してください」
他ならぬ、類の手で。
「え、あの」
「エスコートは、僕がやりたくてやっているだけです。僕が彼を、大切にしたいだけです」
そう言いながら、ぎゅ、とバックの紐をつかむ類に、女性は困惑しっぱなしだった。
「え、な、何言ってるんですか?こんな男なんかよりもアタシの方が、」
「初対面でこんなに迷惑かけてくる貴女の、何が彼を上回っているというのですか?全てにおいて下回ってますよ」
「な、」
「あと、」
ピッ、と掴んでいたバックを投げ、女性の顔を鷲掴む。
「僕の大切な人に、怪我させようとしましたよね?」
「え、あ、」
「彼の何よりも大切な顔を狙ったこと、決して許しませんから」
オレの位置からは、類の表情がどんなものなのか、わからない。
でも、女性が顔を真っ青にしているのだら。
きっと、相当怒ってるんだろうなと、思った。
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「……よし。司くん、痛くないかい?」
「ああ、大丈夫だ。類、ありがとう」
綺麗に巻かれた包帯に、類は嬉しそうに笑いかけてくれる。
あの後、警備員が近づく気配を察知したのか、女性はすたこらと逃げていった。
しかし、類との取っ組み合いでバックが残っていたこともあり、その中の貴重品から
個人を割り出し、警察へ連絡することになった。
一方オレは、バックで受けた怪我を類が大層心配していたこともあり。
スタッフさんの計らいで救護室をお借りできて、そこで治療をしていた。
「それにしても……、本当にごめん、司くん。巻き込んでしまって……」
「いや、類は悪くないだろう」
「でも……」
自分がちゃんと断れなかったせいで、と責任を感じていたのであろう。
真剣に、そしてとても悲しそうに、治療を進めていたことに、オレは気づいていた。
そんな類に、オレは苦笑しながら声をかける。
「いいんだ。オレは、嬉しかったから」
「え?」
首を傾げる類を見ながら、オレは嬉しそうに、口を開いた。
「確かにあの人の言う通り、一般論的には、類がエスコートするのはおかしいのかもしれない。」
「…………」
「オレ達のデートも、ただの友達同士のものなんて認識かもしれない。……でも。」
「……でも?」
「それでも類が曲げずに、オレが大切だから当たり前なんだと、そう主張してくれて、とても嬉しいんだ」
そう言って笑いかけるオレに、類はびっくりしながらも、へにゃりと笑った。
「……君が、そう言うのであればいいけれど。でも、やっぱり気が済まないんだよね」
「類……」
「だからさ、この後、僕の家に来ないかい?」
「…………は?」
さらっと投下された言葉にぽかんとしていると、してやったりといった表情で、類が笑った。
「気が済まないから、気が済むまで、この後は司くんをとことん甘やかす時間にさせてもらおうかなってね?」
にっこりと笑う類に、オレは「お手柔らかにお願いシマス」としか、言えなかった。
結局、類は手加減なしで、オレを甘やかしまくって。
でろでろにとろけて、帰ることができなくなったオレが、家に泊まりの電話をする羽目になってしまうのだった。