譲れない、それの名は。「………司くん」
「………………………」
「司くん!」
「どわっ!」
少し大きめに声をかけると、司くんは身体をびくりと振るわせる。
慌てた様子で僕の方を向く司くんは、目をぱちくりさせていた。
「すまないね、声かけても全然反応なかったものだから」
「なぬ!?それはすまん。どうしたんだ?」
「んー、大したことじゃないんだけどね。……最近、眠れてないのかい?薄っすらだけど、隈ができているよ」
そう言いながら、司くんの頬に手を添える。
そこまま目尻を撫でると、くすぐったいのか少しだけ笑みが零れた。
「ん、大丈夫だ。少しやりたいことがあって、やっていたら寝る時間を逃していてな」
「やりたいこと?なんだい?」
「んー……。まあいいか。ちゃんと形になってからにしたかったが、煮詰まっていたことは確かだしな」
司くんは苦笑しながら、鞄から紙の束を取り出し、僕に手渡す。
首を傾げながら、パタパタと流し見をすると。
見覚えのある背景。見覚えのあるセリフ。
でも、明らかにそれは。
びっくりしながら司くんの方を見ると、照れくさそうに頬を書いていた。
「……これ、もしかして、過去のショーの……?」
「ああ。……過去のショーの、類視点でのお話だ」
僕に手渡したそれは、1つのショーの台本ではない。
どちらかというと、台本を作る前の仮の流れを書いたり、要所要所のシーンのみを書き起こしたもの。
でも、パラパラと見ただけでも、わかる。
ツカサリオンの魔王だったり、クリスマスショーの警備員だったり、僕の思い出のショーの参謀だったり。
僕視点で語られる、かつてのショーの台本が、そこにあった。
「ええと……なんで僕視点のものを?」
「ああ、次の公演まで休まないといけないが、どうにも落ち着かなくてな。動けない分経験を詰めることができることがないかと探ってたんだが、フェニックスステージの人に別視点の脚本を書くのはどうかと言われてな」
「ああ、なるほどね」
嘗て共に公演をしたことのあるフェニックスステージの人達なら、司くんが脚本も書いていることは知っているだろう。
だからこそ、こんな提案ができるわけだ。
「本当は、別視点の脚本としか言われてなかったんだがな。オレが一番やったことのない悪役を一番やっていたのは類だったからな。だから自然と類のものばかりになったというか」
「……その割には、警備員なんて役もあるけれど?」
「…………る、類の役を書き起こすのが楽しくて、止まらなくて、な」
そう言いながら照れる司くんが可愛くて、思わず頭を撫でてしまう。
「おいやめろ。……で、書いたはいいんだが、当然経験もないから煮詰まってしまってな」
「なるほどね……」
「だから、少し意見がほしいと思ってな」
パラパラと見た感じでも、結構書けているとは思う。
だから、司くんが煮詰まっているとしたら、もっと奥深く理解した上の、主人公の心情といったところだろう。
だったら、と思いながら、司くんの方を向く。
「残念ながら、僕なりの解釈でやったものだし、しっかり理解できたと言われると、あんまり自信はないんだよね」
「ううん、そうか……」
「でも、」
「唯一、忘れずに考えていたのは。その人に「誇り」はあるか、ってことかな」
僕のその言葉に、司くんは目をぱちくりさせた。
「誇り……?」
「うん。例えば、ツカサリオンの魔王。」
「彼がどのように生まれて、どのように育って。どう考えているから、そうなったのか。」
「ツカサリオンとの戦いで、引くことなく戦いに応じたのはなぜなのか。」
「もしかしたら、負けることを想定していなかったという捉え方もできるけれど。」
そこに、彼が何に変えても譲れないもの。
彼が大切にしている「誇り」があったとしたら。
「そう考えると、感情を捉えやすいだろうし、少し考えるのも楽しくならないかい?」
僕がそういうと、司くんは目をキラキラさせながら頷いた。
「なるほど!そうして考えていけば行動理念も分かりやすい!すまない類、いい意見をありがとう!」
「ううん、役に立てたならよかったよ」
そんな話をしていると、遠くでチャイムが鳴り響く。
その音を聞いて、司くんが慌てだした。
「?どうしたの、司くん」
「しまった、次は移動教室なんだ!早く教室に帰って移動しておかないと……!」
「ああ、なるほど。僕のとこは次の時間自習だし、このまま残ってるから、行っておいで」
「わかった!すまん、お先に失礼する!」
司くんはそう言いながら慌ただしくまとめ、ドアノブに手をかけて
そのまま止まった。
「……司くん?」
首を傾げていると、司くんは1つ深呼吸をして、僕に言った。
「……譲れないものが「誇り」ならば、言っておこう」
「え?」
ぽかんとする僕に、司くんが笑顔で口を開く。
「オレは、かつて類が演じたものでも、12000%で演じ切ってやろう」
「え……」
「そして、類の役もよかったけれど、オレの役もよかった。そう思わせて見せる」
「いつだって、全力で答えて見せる。それがオレの、譲れない誇りだ」
「……本当、勝てないなあ」
僕が何かを言う前に、それじゃあな!と告げて去っていった司くんに、してやられたなと思ってしまった。
全力で答えるのが、誇りだなんて。
なんて、最高の言葉なんだろうか。
「なら、全力で答えないとね」
彼の誇りを汚さないように。
もっともっと、輝かせてみせよう。
きっとそれも、僕にとっての「誇り」だから。