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    huwasao

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    huwasao

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    支部のむざぎゆ連載、貴方の紺碧の空のサブストーリー、女装ぎゆ←童磨+黒死牟。ラストむざぎゆのラブラブ(予定)の前半。書きかけですが、消そうか迷ってお尻叩くつもりでupしました。時間軸は21話の後くらいのつもりです。

    #むざぎゆ前提
    assumptionOfANo-zoneFee
    #童磨
    childMill
    #黒死牟
    blackDeath

    むざぎゆ前提の童磨+黒死牟これは…如何したものか…。

    「んん~こら!こくひぼぅ…うごいひゃらめだっ!」
    「…………む…」

    動くなと怒られ、上弦の壱たる最上位の鬼は天を仰ぐ。常に泰然自若。不動の石のごときと称えられる鬼武者は、鬼となり初めて、途方に暮れていた。
    原因は背中に張り付く人物。林檎のような頬、トロリとした瞳、極めつけは呂律の回らない口。

    「むふふふふ、こくひぼぅは、あたたかひな、ぬくぬくする~」
    「水柱よ…離れよ…」
    「せぇ、たかいひ~、たくまひぃし~、つよいひ~」
    「水柱…話を聞け…」
    「んぅ?なに??」

    何とも妙な含み笑いを奏でる青年は、黒死牟に身を寄せ、ニコニコと笑顔を振り撒いている。いつになく饒舌なのに、話が通じない。その手にはコップ。中には赤い液体が入ったままで、笑う体の振動に合わせて波打っている。鼻を擽る酒の匂いに、六つの目がギロリと動く。

    「この者に…何を飲ませた…」

    ベッドに座ったまま向けた視線。少し離れたところで事の次第を見守る、もとい面白がっている鬼を睨み付けた。
    並みの人や鬼なら、受けるだけで魂が抜けていく弩級な眼差しだが、相手は困ったね~と答えるのみ。口調からまるで困ってないだろうことは明白で、黒死牟は大きく眉をひそめ、ねめつけた。

    「童磨よ…」
    「はいはい。黒死牟殿がそこまで感情を露にするとはね。流石は玲瓏殿というか」
    「御託は良い…。疾く答えよ…」

    視線をいなしつつ、声音に含まれた怒りをしっかり感じ、申し訳なさげにかりかりと頭をかいた。

    「飲ませたのは確かに俺だよ。中身はこれ、葡萄酒」

    閻魔の意匠のごてごてした裾を翻す。スッと移動し、テーブルに置いてあった瓶を持ち上げた。ラベルにはアルファベットが書かれていて、成る程外国の酒かと黒死牟は思い当たる。
    思い当たると朧気な表現なのは、まだまだ日本人には馴染みが薄いから。葡萄酒、現代で云うところのワインは、室町時代には日本に登場している。外国の珍しいお酒を飲んだと記録が残されていて、江戸時代に国内で生産も試みられたが、鎖国の影響もあり生産は頓挫した。
    時は流れ文明開化の明治、ワインの国内生産が見直され始めた。山梨県では葡萄酒生産を殖産興業政策の一環として推進し生産が拡大。後の世のワイン製造が根付いたとされる。紆余曲折を経て、日本人好みの渋みや甘味に改良し、今は庶民にも葡萄酒好きが増えてきている。要は大正の御代では、馴染み始めたばかりの新参のお酒。新しいもの好きな童磨は勿論知っているし、信者から贈答される事も多く、人の食べ物は飲めないが芳香な香りが気に入っている。対して黒死牟は見た目からも、外国のものは積極的に触れにいかない為。

    「何をしているか…。この者に斯様なものを含ませるなど…」

    胡散臭いものを飲ませるなとご立腹なわけである。これ、かなり怒ってるなぁ。
    なんて事はないように見えるが、童磨は内心ヒヤリとしていた。肌に刺さるのって怒気だよね。6つの目玉が物言わぬ主張をしていて、非常に視線が痛い。背にたらりと流れる冷や汗。

    「此れは無惨様のもの…。我らが触れて良いものではない…。それを…なんたる不敬か…」
    「ん~一応、玲瓏殿の了承は得てるよ?」
    「なに…?」

    驚きに見張る目。疑われるのは仕方ない。己は策謀が得意な鬼。だが誓って嘘はついていない。玲瓏殿のことで偽りなどしない。

    「話すと長くなるけど、玲瓏殿は飲むって納得して飲んだ。あと、どれだけ飲ませたか心配しているだろうけど、彼、まだ一杯も飲みきってないからね、黒死牟殿」
    「……………………真か?」

    たっぷり間があき驚く声に、童磨はコクコク同意した。

    「真も真。玲瓏殿ってば、まだ一口二口しか飲んでないんだよ。多くて三口でしょ、それ」

    指差したコップには、確かになみなみと液体が残っている。見るからに少ししか減っていない。

    「それっぽっちで酔うなんて予想外。お酒に弱かったんだね」
    「ん~?ちかふ!よわふない!」
    「あぁ、はいはい。玲瓏殿は弱くないね、強い強い」

    童磨の言葉に、死牟の背中にひっついたまま、ぷんすか噴火した義勇だったが、よしよしと頭を撫でてあげれば、それは嬉しそうに目を細めている。されるがまま、その光景に撫でている童磨も、見ている黒死牟も確信した。

    「酔っている、な…」
    「酔ってるね、完璧に」
    「よってふ?だれが??」

    二人の鬼は押し黙る。お前だ!と言わないのは、優しさではなくて、言ったら言ったで義勇が全力で否定して面倒なことになるだろうと予想がつくというもの。理知的かつ聡明な上弦達は、示し合わしたように口を閉じた。 まさに沈黙は金。
    コテンと義勇は首を捻った。酒の匂いに反して幼い仕草。黒死牟の着物を掴み、子が親に甘えるように身体を擦り付けている。
    動くと義勇の着ている赤い打掛や前結びの帯が、ベッドの敷布に擦れて音をたてている。

    そう、赤い打掛。

    「時に…なにゆえ水柱の身形が例ならず、斯様な
    ものになっている…。これも…お前の仕業か…童磨!」
    「ええ?今更それを言われると思わなかったなぁ。てっきり黒死牟殿は気づいていないのかと」
    「これを気づかぬ戯け者など…おるまい…」

    そう、これ。二人の鬼が注視するのは。
    整った目鼻立ち、切れ長の眉、宝石のような瞳、花弁のような唇。そしてーーーー。
    童磨は黒死牟の脇に移動すると、じゃん!と効果音がなりそうな大仰な動作で、義勇を指差し、髪に差した簪に手を添えた。

    「ね?どこぞの花魁より綺麗だろう!」
    「きれひだろ~?」

    満面の笑みで同調する義勇と同じように首を傾げる童磨に、同調するなと無性に思う黒死牟だが、そこは不動の鬼。微塵も表に出さず、鋭い視線だけ向けた。聞きたいのは綺麗とかいう感想ではない。

    だがしかし、確かに美しいのだ。目の前の人間は。
    背よりも長い赤い打掛、前結びの帯は金色の刺繍が施され、打掛の裾にも同様の模様がみてとれる。髪は軽く結い、簪をさしているだけだが、装いは完璧に花街の花魁だ。
    人の美醜なぞ、とんと興味がない黒死牟だが、己にしがみつく者は美しい以外、表現が浮かばない。
    主のものたる水柱は、黒死牟が見てきたどの花よりも、可憐で優美だと思う。今も潤みながら見上げる空色は、身を震わす懐かしさと、蹂躙したくなるいとけなさを醸し出している。

    「お~い、黒死牟殿?」
    「む……」

    童磨の声に複数の目が瞬いた。
    呆然としていた、そんな顔。
    実に珍しいものを見た童磨だが、彼にしては珍しく、からかう事も茶化すこともしなかった。上位の立場の黒死牟に配慮してではあるが、なんのことはない。気持ちは、わかるからだ。

    黒死牟は見惚れたのだ。優美な花に。

    例え普段、花に興味がない者でも、真に美しいものは心を打つ。感情がない童磨さえ、胸に広がる温かいものを感じていた。故にからかいなど、とんでもない。やったら楽しそうだが、ここでそれはあり得ない。
    からかいや戯れを言葉に混ぜることが多い上弦の弐の言動。そこに真実を見出だすのは不可能だと、猗窩座あたりは称するだろう。
    間違いではない。だが事実の全てではない。童磨という鬼は、骨頭無形な理論を展開しているようで、実は単純だ。ただ己の気持ちに素直に生きているだけ。

    今も、美しいと称賛しながらも、内にあるのは抑えきれない欲望。

    少しくらい、いいよね。
    此の綺麗な人に触れたい。

    「どうま…、どうひた?」
    「ん、なんでもないよ、玲瓏殿」

    すると義勇がもそりと動く。ずっと抱きついていた黒死牟の腕から手を離した。稽古の時の俊敏さも、普段の少しおっとりした彼より、更に緩慢なコマ送りのような動きでベッドから床に降りると、赤い打掛の裾を引き摺り童磨の方へ近付き、手を伸ばした。

    「玲瓏、殿!?」

    相手が鬼であることなど構わず、白い指が童磨の頬に添えらる。童磨の瞳に驚愕が走る。まさに触れたいと思っていた者の方からくるとは思わなくて。図らずも遊女が如き優艶な所作に、童磨の心臓がドキリと跳ねた。しかし義勇の顔に広がるのは、春の菫のような愛愛しい微笑み。

    「これ、かんひゃする」
    「その格好のことかい?いいよ、俺も楽しんでやっただけだから」

    綺麗な格好をしたら、あの方は喜ぶよと。俺の戯れ言に乗った貴方。
    でも素で着るのは恥ずかしくて躊躇しているから、飲めないのと挑発しつつ葡萄酒を勧めた。きっと玲瓏殿もわかってて。怒りつつ、吸い込まれるようにコップに手を伸ばした。

    「ひってる…。あひがとぅ、どうま」

    簪や打掛に触れ、ふにゃりと。ちょっと照れて、でも感謝の色を乗せて、義勇は童磨の頬を撫でる。まるで触れて良いよと言うように。

    「玲瓏殿…」

    抱き締めようと、その身を手に入れようと童磨は声を出した。手を伸ばそうとした。夕暮れ色に顔を染める人は無防備で、あどけなく見上げている。美しく着飾った義勇は、花婿に身を差し出す花嫁のよう。
    今なら手に入るかも。轟くように踊る鼓動。高鳴る気持ちが、欲望をせり上げる。思いのまま行動しようと腕を上げ。

    「玲瓏どーー」
    「なんでもなく、なひよな…。どうひ…たんだ?」

    童磨の声を遮るように、問う人。濃い酒気のまま、ゆらゆら案山子みたいに揺れている酔っぱらい。なのに、まるで賢者のような叡知を宿す双眸を童磨に向けている。気遣う眼差しには、心配が見える。鬼狩りが鬼を心配するなんて、本当に面白い人だ。童磨は何度目かわからぬ感嘆を抱いていた。
    酔わせ過ぎたかなぁ。普段の彼は、こんな風に触れてきてはくれないよね。これはお酒が縮めた開
    、ほんの僅かな距離。
    けれどいつだって義勇は、俺でも黒死牟殿にも、猗窩座殿にも、人と変わらず接してきた。普通に対話をし、怒り、笑いかけていた。最初は珍しさ、次に興味。柱が随分と妙な態度をとるものだと面白がっていた。

    だが、それ以外の何かが、童磨の中に芽吹いていることを、童磨自身が自覚していた。

    玲瓏殿と話すのは心地好い。
    話す度に内側が温かいもので満たされていく。
    皮肉なことに、それに気付いたのは、彼が主を受け入れた後のこと。
    そう、苦しいんだよ。君を見ていると。きっと玲瓏殿は、想像すらしないのだろうけれど。満たされる分だけ、童磨は苦しくて苦しくて、彼を己の腕の中に閉じ込めたくなる。それが唯一、苦しみから逃れる術だと本能でわかるから。
    なのに、そんな事知りもしない義勇は、今も童磨の機微に気付き、寄り添おうとしている。酒に酔って警戒を緩めた彼は、手に入らない不条理に嘆く俺に手を伸ばし、慰めようとしてくれている。

    (はは…絶対手に入らないのにね……キミ…)

    優しくて、残酷な人間。
    あの方の恋情も、俺の欲も知ろうとしないで。
    心の中で悪態をつく。とはいえ、義勇は悪くない。知らせようとしていないのだから、わからないよね。大概、あの方も俺も酷いのだ。

    「げんきないな…、よしよし~」

    大切に母が子をあやすように、童磨をさする。
    童磨は苦笑した。これ、無惨様にもしているんだろうな。柔和な触れ合いは、本来俺が受けれるものじゃない。

    此の美しい人間は、あの方のもの。

    鬼である以上、この世の摂理と同じ。逆らう気も、覆す気概もない。態度が軽薄といわれようが、上弦の弐は鬼の始祖に忠誠を誓っている。鬼狩りが産屋敷に示す忠義ように。
    だけど、どうしてかなぁ。…………ずるいなぁと思うのだ。玲瓏殿に触れられて、彼に許されて、その身を貪る権利を持つ主が羨ましい。不遜だが、童磨は永の時の中で初めて、主に嫉妬していた。

    現し世は、かくも叶わぬ事ばかり。願いは地に果て、祈りは空に露と消える。その道理は鬼になろうと縛られる。
    人に神の代行者たる役目を願われ、その役を背負う鬼は理解している。だから人は、存在しない神様に縋るのだろう。縋らなければ、この儘ならない思いを何処にぶつけていいかわからないから。
    でも鬼の俺は何処に向ければいいのかなぁ。眩しい二人。見ていたいのに、見ていると辛い。睦合う二人始まりは決して交わらぬ立場なのに、わかり合える等、夢物語じゃないか。

    ああ、ほんとに困ったことだ。この胸の内に巣くうものが、紛い物なのか判別つかない。童磨に喜怒哀楽はない。昔、無惨に指摘され、己もそうだと思っていた。感情は夢幻。童磨には、近くて無縁の代物。

    でもその前提が覆されたなら?
    あの方のように、俺の中にもーーーー。

    童磨は抱き寄せようとしていた腕を止め、そっと両の手で肩を押した。されるがままの義勇の身体が、押した分だけ下がった。ふらついているけれど、倒れないように細心の注意で押したから大丈夫そう。

    「ねえ、玲瓏殿」
    「ん?」
    「その姿、本当に綺麗だよ。俺の見立ては正しかったね。肌が白いから、濃い色も映える。化粧もしていないのに、いやはや女性が嫉妬しちゃうくらいだ」
    「ん?ん…ふくのおかげだ。きれぃなの、ようひしてくれたからだ。どうまは、いつも、すごひな…」
    「凄い?」
    「うん…、いつも、しゃけだひこんとか、いろいろ、とどけてくれる…。こうひいのも、ようひできて、すごひし、………おれは、うれしぃ…」

    虹色の瞳が瞠目する。この屋敷で囚われの義勇は外に出れない。食料や衣服、本や入り用な物は、だいたい無惨の指示で童磨が用意している。届けるのは他の上弦もだが、率先して手配していた。
    たまに義勇自身から何か希望があり、直接渡すことも度々あった。とはいえ、元々欲を出さない水柱の願いは、囁かなものばかり。鮭大根か書籍か、紙や筆くらい。もっと強請っていいのに。
    可能な限り義勇の望むままにするように。無惨の命令通り、教団の力を使ってでも入手に尽力した。
    でも、それは童磨としてはお近づきになりたいのと、あわよくば仲良くなりたい。下心ありありの奉仕だったのだが、義勇はずっと感謝していたのか。

    「いつも、あひがとぅ…」

    素直な彼は、なんて艶やかかのか。お酒は偉大だ。その力を借りてまで、彼はこんな格好をしたのだろう。
    あの方の感情を解き放ち、認められた稀有な人に、童磨は素直に羨望を抱き、同時に感服する。そのような人に無体は出来ない。まあ、俺の中の温かいものを何とかしたいが、どう転んでもこの先はない。

    (相手があの方じゃあ、勝負にもならないし)

    閻魔の意匠の服が再び動こうとした時。

    「……童磨…っ」

    常に物静かな上弦の壱にしては、鋭い声音で呼んだ。それに対し童磨は目線だけ向けた。

    「心配いらないよ、黒死牟殿。俺は弁えているさ」

    負け戦は嫌いだ。己は勝てる勝負にのみ戦う。
    俺の救済を否定しなかった唯一の人は、絶対手に入らない。仕方ないのだ。いくら在っても、熱は膨張し注ぐことは叶わない。だから。
    童磨は自分の胸に手を押し当てて、トンっと叩いた。するとまるで今まで身の内で暴れていた熱が蒸発していく。玲瓏殿を見ても、苦しくなくなっていく。

    泡沫の夢のような熱は去り、残ったのは……。

    「うん、綺麗だね!」
    「え…!?どう、ま……あれ?いま…、なに…か…?」

    酔いの中にいても違和感を察した義勇だが、押し消すように童磨は深い笑みを浮かべた。

    「ん~ねえ、玲瓏殿。コップの中、あまり減ってないけど、もう飲めないならちょうだい。捨ててくるよ」
    「む…いる!のめふ!」

    言うなり、ごくごく喉を鳴らす義勇に、童磨は虹色の目細めた。うんうん、綺麗綺麗。義勇が纏う打掛、彼の為に自ら集めた反物だが、よく似合っている。供の信者が、教祖様が行かなくてもと煩かったが、問屋まで足を運んだ甲斐があったというものだ。

    「んん……っ、これ甘ひ」
    「うんうん、甘いね。なるべく飲みやすいものを選んだから、気に入ってもらえたなら嬉しいな」

    一生懸命飲む義勇が愛らしいと思う。綺麗だと思う。それ以外の余計なものは、先程、消えた。
    頭を弄くり、直に記憶を出し入れ可能な上弦の弐は、意識的に感情や記憶を切り捨てることも出来る。今、義勇への熱を捨てたように。
    理知的であるが所以の、合理的な脳の足し引き。鬼になる以前から、童磨は無意識に行っていて、鬼となって数百年の生の中で、その能力は円滑に役立ってきた。理論上は足し引きだが、記憶も情も、普通は消したり出したりできない。
    だがそうでもしなければ、堪えられない。悠久の記憶を有するなんて人には無理だ。拙い一生の中でさえ、人は狂ってしまうこともある。
    人の心のままでは壊れてしまう。そう、童磨が行っているのは生存本能。奥底にある人の心。きっと本人も開け方がわからない箱の中に、感情はある。なければ興味も湧かないし、苦しくもない。存在するからこんなに心乱される。

    ダカラネ、ケスンダヨ?

    「飲んでる姿も色っぽいなぁ。流石は素材が良い。想像以上だよ」

    ニコニコ薄笑いを浮かべながら、童磨は愛おしげに義勇を見つめる。ほら、もう熱くない。玲瓏殿を見ても、綺麗とか可愛いと思うけど、それだけだ。

    「ん……っ、ん……っ、あぇ?」

    義勇のコップを黒死牟が取り上げていた。当の義勇は突然、手の中からコップが消えて、不思議そうに掌を見つめている。

    「飲み過ぎだ水柱…。己の限界、しかと掴め…。ーーーー童磨」
    「おや?お目付け役がお怒りか。ん~そろそろ潮時かな」

    一瞬で移動してきた黒死牟茫洋とする義勇の横で、童磨を射貫いている。燃え盛る炎のように険しい眼色。先程より濃い怒気は、無惨から命じられているであろう、義勇の守護のお役目からか。

    「な、に…?はだ、いたひ。どうま?こくひぼう?」
    「大丈夫さ。何もないよ。ねぇ、黒死牟殿?」
    「…………大事ない…。貴様が…気にすることはない…水柱よ…」

    よくわからないなりに、二人の不穏さを感じ、花のかんばせが歪む。それを大丈夫と、童磨は言葉を返す。義勇から数歩離れ、黒死牟を見返した。もう触れない、意思表示。だから引けと。
    うとうとと目を擦る義勇の上で交わる瞳。別に言われずと、も黒死牟は引くつもりだった。主のものに勝手する行為は褒められたものではないが、童磨の行動に悪意は感じられない。

    それにーーー。

    「控えよ…」
    「これは?お戻りのようだね」

    上弦の二人は、同時に片膝をついた。
    宙空の揺らぎ。震える空気。ヴンッと虫の羽ばたきのような音と共に、障子戸が現れた。スッと左右に開き、人影が前に出る。革靴が床を蹴る音が部屋に響き、天井や壁に木霊する。
    皺一つないシャツと、品の良いベストを着こなす男は跪く鬼達を一瞥し、状況についていけていない花の元へ近付いていく。

    「義勇?」
    「んぅんん、あぇ?この…けはぃ…、む…ざん?」

    蒼色の瞳が見上げる。晴天の空色は、酔いの帳に誘われ、夢の中にいるかのようなぼんやりと雲っていて、視認できているか定かでない。しかし鍛えられた身体は、身を与えると約束した者の気配を捉え、名を当てていた。
    そして何故か舌足らずに呼んだ後、義勇は猫のように黒死牟の後ろに身を隠してしまう。隠れ蓑にされた黒死牟は身体をずらそうとするが、がっちり抱きついた状態で動けない。最初と同じく、どうしたものかと困り果て、今度は天ではなく無惨を仰ぎ見る。
    一連の流れに無惨は眉を顰めた。ただ、気の膨らみはそこで止まった。若干の苛つきは伝わるが、義勇と出会ってから後、鬼の始祖が理不尽に眷属を蹂躙することはない。

    「ーーーーー状況を説明しろ」
    「は……これは…」
    「貴様ではない。下がれ、黒死牟。大方の原因は、童磨、貴様の方だろう」
    「はは、これは手厳しい」
    「御託はいい。私が出掛けている間、義勇を護衛しろと言ったはずだが?」

    答えようとした黒死牟を一蹴し、無惨は視線をずらす。最上位の鬼は、無惨の命令から逸脱する事はない。永年の付き合いもあるが、自然の摂理に近い事実。唯一の例外は、義勇を連れ去り献上したことだが。

    「これは私のもの。貴様等が手を出すことは許していない」
    「無論で御座います。玲瓏殿に無礼など、致しておりません」
    「ならば、これはなんだ?何故、義勇はこのような格好をし、あまつさえ酒を含んでいるのだ」

    浮かぶ青筋が怒りが消えていないことを示している。いくら仕置きの頻度は減ろうと、無惨が鬼の上位種であることは変わらない。下手なことを言えば身を滅ぼしかねない。童磨は若干ひきつる唇を動かそうとした。しかし童磨が言葉を発する前に、か細い声が遮った。

    「……………ちが…ぅ…」
    「義勇?」
    「どうまは…わるく…なぃ。おれが………たのんだんだ…」
    「お前が?どういうことだ?」

    無惨は黒死牟の方に近付いた。追及しようと義勇に手を伸ばすが、赤い打掛が逃げる黒死牟の後ろに回る。いつもは真っ直ぐに見つめてくる瞳を伏せ、頑なに身を縮こまらせていて、無惨の手が空中でピタリと止まる。

    「義勇」
    「………」
    「説明は出来ないのか?」
    「………………いまは………いや……………ごめん…」
    「そうか…」

    所在なく上げていた手が下りていく。唇が僅かに動いた。義勇の耳には届かなかったが、二人の鬼達にはしかと命令が聞こえていた。命に呼応し、無惨の背後に現れた時とは別の障子戸が出現した。踵を返す無惨。その背にかける声。

    「無惨様…」
    「暫し出る。今度は、しかと見張れ」
    「御意…。ですが御待ちを…。水柱は…決して…」

    どうして隠れる。どうして話してくれない。
    無惨からしたら、義勇の態度は納得できないものだろう。留守から戻ったら、隠れて、話しもしてくれなくて。
    けれど黒死牟は見た。手を下げた時、主が浮かべた感情の乱舞を。拒絶され傷ついた顔。だけど直ぐに切なそうに微笑した。隠れる水柱に仕方ないと諦めの眼差しを向けて。
    黒死牟は聡ってしまった。何故、無惨が諦めたのか。理由は至極単純なもの。嫌われたくない。傷つけたくない。愛しい人に。ただそれだけ。論理的に動く無惨がだ。
    だから越権行為と自覚しつつ、黒死牟は言葉を続けた。義勇は決して、無惨を嫌っているわけではない。それは童磨との遣り取りでわかる。水柱が誘いに乗ったのは、おそらく…。義勇を庇うわけではない。だけど、誤解しているならば。
    だが無惨は予想よりも穏やかに、肩越しに見返した。

    「動くな。それ以上の言動は不要だ。それよりも、その酔っぱらいを介抱しておけ」
    「……御意」

    素っ気ない言い種だが、言葉の裏にあるのは、動くと酔っている義勇の身体に障るという気遣い。くるりも向きを変え、無惨は童磨をジロリと睨む。

    「貴様もだ。事の顛末の責任は、始めた者が最後まで負え。それくらい、できような?」
    「畏まりました」

    静粛に頭を下げる童磨の返答を待つことなく、無惨は障子戸を開け放つ。少し隙間が開いたところで、躊躇うことなく戸の向こうに消えてしまった。
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