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    teelse9

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    teelse9

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    ごつぁこじ(ねくどり時空)
    いつもどおり捏造多め

     ある程度の年齢になって、ベテランなんて言葉がついて回るようになって。気がつけば若手の育成だの、リーダーシップだの、やたらと技術以外が求められ……最後は世代交代なんて都合のいい言葉で、お払い箱になり。
     どうにもならぬ加齢に翻弄されているうちに、色んなことを諦めるようになった。それでも最後に一花咲かせてやろうと、精一杯の小さな願いとともに、レッジョに戻ってきた。
     そこであいつに出会った。
     そのぎらぎらした目は、ゴッツァを、先輩というより、ベテランというよりは──ディフェンダーとして見ていた。

     ある日の試合は、雨が降っていた。
     順風満帆とは行かない、レッジアーナの行く先を象徴するようだ、とゴッツァは思う。
     そして、その理由も明快だった。レンタル移籍で来ていた日向小次郎が、ユベントスに呼び戻されたせいである。
     だからその試合も、レッジョは得点力不足に喘いだ。守りは硬い。レッジョをセリエBに押し上げた二人の男、ディフェンダーのゴッツァとフォワードの日向。そのうち、ゴッツァはまだ健在だ。しかし、点が取れない。セリエCで得点王を取った日向の爆発力は、代わりがいなかったのだ。
     まるで点の取れる気配がないまま前半が終わったとき、遂にゴッツァは決心した。
    「監督! 後半は、おれが中盤まで上がる」
    「む……しかし……」
     マチルダ監督は少し難色を示した。その理由はわかる。ゴッツァは確かに、ゲームメイク役も務めたことのある、多芸な選手ではあるが──、あいにくの雨は、サッカー選手としては高齢の彼の体力をいつも以上に奪い去っている。後半、オーバーラップをするとなれば更に消耗は激しくなる。果たして体力が持つのか、疑うのは当然だろう。
     だが、それでもだ。
     日向のがむしゃらな強さを思い出す。今必要なのは、きっとそれだ。後先考えず、己の限界まで力を出し尽くす。
     そして──この先へ、どうしても行かなければならないのだ。日向に追いつき、日向と、もう一度戦うために。
    「やらせてくれ。大丈夫、後半だけならなんとかする」
     元よりゴッツァの体力面を除けば魅力的な戦法である。問答の末に監督は折れた。
     こうしてゴッツァは、後半、攻めの役割も担うこととなった。
     雨のピッチに立つ。後半開始のホイッスルが鳴る。彼は走った。攻めのオーバーラップを何度も敢行しながらも、守りではレッジョのディフェンスを統率した。
     後半三十分が過ぎた頃には、体が悲鳴を上げた。雨がやたらと冷たく感じられる。それでも、それでもだ。
     彼は広いサッカーグラウンドの上を、ひたむきに走り続けた。
     そして辛くも得た勝利。けれど、バスに乗って帰るとき、ゴッツァはその体に異変を感じていた。

     ダビィは思う。この生意気なルーキーは、随分とチームに馴染んだと。
     日向はレッジアーナにレンタル移籍していたが、セリエC得点王となり、更にマドリッド五輪で有無を言わさぬ実力を誇示し、晴れてユベントス復帰を果たした。それもあってか、彼は試されるルーキーとしての立場を脱し、真にチームの一員となったようにおもわれた。
    「おい、ヒューガ! 今日のフェイント、良かったぜ」
    「ありがとうございます。デレピさんほどじゃ、ねーっすけど」
    「そりゃそうだ! 新入りに負けられねえさ」
     更衣室でデレビと話す光景も、和気藹々としている。
     ……彼がこうしてチームメイトに認められた一因が、自分にあることについては、ダビィは深く考えたくはなかったが……、閑話休題。
    「何見てるんだ?」
     着替えを終えた彼がスマホを開いたので、隣にいたダビィが試みにそう聞いてみると、日向は肩をすくめた。
    「レンタル移籍してたチームの、試合結果ですよ」
    「へえ。レッジアーナだよな。おまえが抜けて、苦労してんじゃねえか?」
    「いや、あそこにはゴッツァさんがいますから……」
     言いながら彼が、画面を操作する指を止め、眉をひそめる。
    「……ヒューガ? どうした? 負けてやがったか?」
    「あ……その。勝ってはいるんすけど。シュートの履歴が」
     思わず画面を覗き込む。簡素な試合結果のページ。後半三十五分、ユリアーノ・ゴッツァ、とだけ書かれた得点欄。
     ……ダビィも少し眉をひそめた。
    「こいつ、ディフェンダー……だよな?」
     日向は頷く。
    「レッジョの守護神っすよ。あの人がシュート決めるなんて、どんな試合展開だったんだろ……」
     そう二人で首を傾げていると、ぴろん、とスマホの通知が鳴った。メッセージアプリのようだ。
     そして、その内容を見た日向は……少し青褪めた。それから顔を上げ、何事かと見守るダビィを正面から見つめ。
    「ダビィさん──」
    「ん?」
    「──急用ができたんで、明日と明後日、練習休みます。監督に伝言宜しく!」
     それだけ言い残すと、彼は更衣室を走って出ていった。
    「ばっかおまえ! なんなんだ、説明しろーーっ!」
     ダビィの叫びが更衣室に虚しくこだました。
     ──ええい、あの生意気な、クソガキめ!
    「いやあ、大変ですね、ダビィ先輩」
     見ていたジェンティーレが他人事とばかりに雑な同情を向けてくる。顔で、面白がっているのがバレバレだ。
    「本当に大変だぜ、おまえたちみたいな生意気な後輩を持つとな!」
     ダビィは忌々しげにそう吐き捨てた。

     風邪。全治数日。薬飲んで自宅待機。
     それがゴッツァの受けた診断である。
     雨の中、体を酷使したのは相当な毒であったようだ。何年も引いていなかった酷い風邪を引いたゴッツァは、医者に言われるがままに布団にくるまり、熱にうなされる羽目になっていた。
     まあ、あれだけ無理をして、数日で治る風邪一つで済んだのは、日頃の鍛錬の賜物……なのかもしれないが……。
    「くしゅん」
     寒い。寝よう。
     寒気を誤魔化すように毛布を引き寄せ、うずくまる。そしてようやく眠気が寒気に勝とうとした、その時である。
    「ゴッツァさーーーん!」
     ……幻聴が聞こえてきた。日向の声だ。
     まずい。めちゃくちゃリアルな幻聴だ。しかし、こんなところにユベントスの日向小次郎がいるはずはないし、ましてやお見舞いに来るわけもない。気をしっかり持たなければ。もしかして熱が上がっているのか? 焦りながらゴッツァは体温計に手を伸ばす。その間も、足音の幻聴が徐々にこちらへ近づいてきて──。
     ばーん。
     轟音とともに、寝室の扉が開いた。
    「ゴッツァさん! いるなら返事しやがれ!」
    「ほ、……本物?」
     ゴッツァは一度二度目をこすり、そして、認めた。
     幻聴でも幻覚でもない。そこに立っているのは、紛れもなく日向だ。
    「おれの偽物なんかいるわけないでしょう。見舞いに来ましたよ」
     言いながら、彼は部屋の中に入ってくる。そういえば今日は、意識朦朧として病院に行った帰りに、玄関の鍵を閉め忘れた気がする。それでこいつは踏み込んできたのだろう。いや、それはともかく。
    「おまえ、ユーベの練習は!」
    「二日ほど休むって伝言頼んどいたんで、大丈夫ですよ」
    「なんにも大丈夫じゃねえだろそれは!」
    「おれのことは良いんですよ、あとで謝りゃいいだけだ。あんたこそ──なんすか、これは」
     じろり、と日向に睨まれて、ゴッツァは声を詰まらせた。
     本業のサッカーも副業のレストランも休んで、ただ療養している今の姿は、確かに日向にお節介できる状態ではない。
    「……試合に勝つには、多少の無理もしなきゃならねえと思ってな、それで……まあ、やりすぎた……、勝てたからいいけどな」
     ゴッツァはそう呟き、大きくため息をついた。すると、日向がなんの気もなく、軽く、返してくる。
     わずかに、その言葉。
    「あんた、もう若くないんだから、無理はやめて──」
     それがあんまりにも最悪で。
     もう若くない。その一言は若い日向と壮年のゴッツァの土俵をたやすく分かつように思えた。日向のいるところへはもう辿り着けないと、拒絶された気がした。
     確かに悪いのはゴッツァだ。年甲斐もなく、張り切って、自滅した──そう言われたら否定はできない。でも、少し前までゴッツァを対等に競い合う仲間と見てくれていた日向の口から、面と向かって、年齢の話を聞きたくはなかった。
    「うるせえ。……ヒューガ、おれは見舞いなんか頼んでない。さっさと出ていけ」
    「……」
     日向の言葉を遮り、突然拒んだゴッツァに対し、日向は少し面食らった顔をした。畳み掛けるように、二の句を紡ぐ。
    「聞こえなかったか? 勝手におれの家に入って、言いたい放題言ってるんじゃねえよ! もう寝かせてくれ!」
     布団を被る。我ながらガキみたいな態度だ、と思う。でもこれ以上日向と話すのは辛かった。
     日向は少し黙っていたが、やがて足音がして、遠くなっていく。悪いことをしてしまったが、彼にとっても今日チームのもとに帰って練習に戻ったほうが良いはずだ、などとゴッツァは自分に言い聞かせた。後で謝りの電話は、入れないと──なんて──。
     布団にくるまって、そうやってもだもだ考えながら数十分にわたり目を閉じていると、ようやくまた眠気が来た。心地よい浮遊感の中、夢の中へ落ちていく。──その瞬間である。
    「だーーーーれが帰るか!」
     ばーん。
     ……またである。
    「」
     ゴッツァは眠気が吹っ飛ばされ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して、現れた日向を見つめる羽目になった。そして、もう一度追い返そうと口を開きかけたとき──、日向の手元からいい匂いが漂ってきて、好奇心に負けた。
    「それ……なんだ?」
     見たところ、スープ皿だ。ゴッツァがいつも使っているやつ。案の定、彼は笑って。
    「ゴッツァさん、スープなら飲めるんじゃねえかと思って。野菜たっぷりにしたから、栄養取ってくださいよ」
    「……ヒューガ、おまえ」
    「あ、ちょっとキッチンは使わせてもらいました。後で綺麗にしときます」
    「……」
     さっきの足音は、帰ったんじゃなくてこれを作りに行っていたのか。今更にゴッツァは納得した。
     そして、ここまでしてくれた日向を、無碍にまた追い返すことはゴッツァにはできそうもなかった。素直に布団から這い出てベッドに腰掛け、日向からスープ皿を受け取る。
     温かい。食欲をそそる、いい匂い。トマトをベースにしたスープには、山盛りの野菜とベーコンがこれでもかと入っている。
    「ありがとな……さっきは、すまん」
     受け取って啜ると、体に温かさが映る。いつの間にか、さっきの不快な感情もどこかに行っていた。
    「いいっすよ。……なあ、ゴッツァさん。さっきの話だけど」
    「それはもういいだろ。おれはおまえに、年のことでどうこう言われたくなくて……そんだけだ」
     そう目を逸らす。すると、日向は首を左右に振った。
    「別に年齢のこと言いたかったんじゃねえっすよ。……おれ、好きなんですよ。あんたの戦い方」
    「……?」
     よくわからずに首を傾げると、日向は、少し恥ずかしげに頭を掻いた。
    「おれは、シーズン中のペース配分とか、やろうと思ってるつもりだけど、あんまりできてねえから。ゴッツァさんの、シーズン最後まで全力出し切る体力の使い方、憧れてるんです」
    「……」
    「なのに、昨日の試合は無理して、それで風邪引いたって監督から聞いて。まるで自分のこと省みてないあんたなんて……そんなの、おれの好きなゴッツァさんじゃねえ」
     ゴッツァはしばし、スープを飲むのも忘れて、呆気に取られた。
     これじゃあ……真逆だ。
    「奇遇だな……ヒューガ」
    「え?」
    「おれも同じだ。おまえの、がむしゃらに一戦一戦自分を省みず、死力を尽くす姿に、憧れちまったんだ。おまえのいる場所に辿り着くためには、おれも、がむしゃらに戦うしかないと……そう思った」
     すると、日向は吹き出した。
    「だからこんな無茶を?」
    「そんなとこだ」
    「おれはペース配分に気を遣おうと頑張ってるってのに!」
     ふたりは顔を見合わせ、ひとしきり笑った。
    「お互い、隣の芝は青い、ってとこですね」
    「そう……かもな」
     自分はきっと、日向と対等であることに、こだわりすぎていたのかもしれない。ゴッツァはそう思いながらスープを飲む。
     それはとても美味しいが、──ゴッツァの作るスープとはまるで違う味だ。
     サッカーも同じだろう。日向のサッカーとゴッツァのサッカーは違う。当たり前のことだ。その上で、日向はいつでも──恐らく今も──自分を対等に見てくれている。きっと、それでいいんだ。
     ゴッツァはなんだか、勘違いが解けたような良い気分で、そのスープの野菜を咀嚼した。日向も自分用にマグカップに入れた何かを飲んでいる。静かな、心地よい時間が流れた。
     スープが残り僅かになった頃、日向が口を開いた。
    「……あんた、セリエAに乗り込むつもりでしょう」
    「今更だな。それは昨シーズン、おまえにも伝えたろう」
     ゴッツァの夢の話は、最初に日向が偶然店を訪れたとき、したはずだ。そう返すと、日向はしかし、笑って。
    「いいや、そうじゃない。おれが昨シーズン聞いていたのは、レッジョをセリエAに上げるのが最後の仕事だって、そういう話でしたけど……今のゴッツァさんは、セリエAに来てユベントスと戦うつもりでしょう?」
    「……」
     ──今までゴッツァが日向に語っていた夢は、レッジョのセリエA昇格だ。
     しかし、確かに日向の言うとおり。今ゴッツァが思い描いている理想の未来は、決してセリエA昇格に喜ぶ自分ではない。セリエAの地で、白黒ストライプのユニフォームを着た男たちと、ワインレッドのユニフォームを着た男たちが向き合う様だ。
     沈黙を肯定と受け取った日向が、その鋭い眼光を向けてくる。
    「待ってますから。次はこんな形じゃなくて、グラウンドの上で、会いましょう」
     その言葉が何よりも嬉しかった。思えばこいつの燃え上がるような闘争心や、誰とでも競い合う向上心には、随分とチーム全体が刺激されたものだ。そして、今も──こうして彼は高みから、同じ土俵へ来いと鼓舞してくれる。
     だからゴッツァは、かつての夢のその先を、思い描けるようになったのだ。
    「ああ、勿論だ」
     ゴッツァは深く頷き、最後のスープを飲み干した。
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