拳と拳「拳と拳」
九月半ばの空は高い。俺は、伊黒に飛ばした爽籟を見送って、まだ暑さの残る陽光に眼をすがめた。今日は、あいつの…誕生日?らしい。甘露寺が一月も前からキャァキャァと大騒ぎしてて、俺はそんな西洋かぶれの祭りなどどうでもいいと思っていたんだが。…そういうものがある、ってなると、気になるのが人情なんだよなァ。
やがて、爽籟がごく簡単な手紙を持って戻ってきた。伊黒と俺のやりとりは、いつもそんなんだ。俺は字が書けないから、爽籟が覚えて喋れる程度のことを吹き込んで飛ばし、伊黒は俺が読める程度の手紙を寄越す。この時も“午後に来い”。それだけだった。
午後早く、俺は気にいりの甘味処で手土産を物色していた。といっても、伊黒は食べねェからなァ。結局俺の腹に収まるんだが、それでも相手の特別な日に手渡す品を選ぶのは、ほのかに心が浮き立つ気がした。
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