現パロ大学生パロ
冨岡義勇…20歳。大学生。小学生の頃、交番勤務していた実弘に一目惚れ。初恋。実弘の異動に伴い疎遠になってしまう。実弥とは大学で知り合い、義勇から告白した。
不死川実弘…28歳。警察官。自分の顔(強面であることを自覚している)を恐れず、それどころか懐いてきた義勇を可愛く思っていた。実弥の叔父で恭吾の弟。独身。
不死川実弥…20歳。大学生。義勇と付き合っているが、家族を優先するため、あまり構ってやれていない。
休みの日でもつい暗い路地や人目が無さそうだったり、死角になる場所はないかと探してしまうのは最早職業病というやつだろうか。高校を卒業してすぐに警察学校へ入った実弘は異動で地元から離れた。自宅周辺を把握すべく、駅前まで足を伸ばした。商業施設が集まっているだけあって人がごった返している。
「……え、…うん。……分かった」
じゃあ、また、と通話を切る声があからさまに沈んでいて切ない。相手は分からないがおそらく彼氏にでもドタキャンされたか。
溜め息を吐く女性はすらりと背が高く、ミントグリーンのワンピースがよく似合っていた。長い黒髪を彩る控え目なアクセサリーも薄く施された化粧もその待ち合わせ相手の為だっただろうに勿体ない。そこまで考えて、はた、と記憶が合致した。
「……って、義勇!?」
え、と上げた顔を見て確信する。
「さねさん…?」
約八年ぶりの再会であった。
「でかくなったなァ」
「二十歳になったもの。さねさんは変わらないね」
実弘は思わず義勇を喫茶店へと誘っていた。そのまま帰すのは可哀想に思えたのもあった。
ランドセルを背負って交番へ遊びに来ていた時分を懐かしめば義勇は照れたようにアイスティーの氷をカラカラと回した。
「あのちんまいのが二十歳かよ…。俺も歳食うハズだァ」
何言ってるの、と義勇がようやく微笑んだので実弘はほっと胸を撫で下ろす。
「この辺越してきたばっかで知らねェんだよ。良かったら教えてくれねェ?」
「私でよければ」
相手と行くはずだった映画を見た。アクションものだったので良かった。隣に貼られていた動物モノだったら涙腺は崩壊し、義勇に介抱されるところだった。
飲み会の時に間違えて連絡してしまう。
「実弘さん?なんで?」
「なんでって、お前が連絡寄越したんだろォが」
「えっ!?」
履歴を見ればしっかりとそこには実弘に連絡した形跡が残されていた。
「ごめんなさい!間違えてしまった…」
まァそんなとこだろうな、と実弘は特に怒りもしなかった。それどころか来たついでに送って行く、とまで言ってくれた。しかし実弘は仕事終わりのはずだ。逆方向になってしまう、と断ろうとすれば車の鍵を鳴らして「ちゃんと無事に帰れたかってもやもやすっから」と助手席に乗せられてしまった。
「お前のやりたかったこと、全部言え。俺が叶えてやる」
実弘は久々に義姉に電話し、本当は「馬鹿」と罵ってやりたかったところを抑えて「実弥に後悔しねェよう言っといて」と伝えた。案の定、義姉は戸惑っていた。言われた実弥も同様だろう。
けれど。
「俺ァ忠告したからな」
実弥は可愛い甥っ子だ。よくあのクソみたいな兄貴から堅実でクソ真面目な子供が生まれたもんだと思う。むしろ兄がああだったから、ああなったのか。
兄だって昔からああではなかった。そりゃあ警察の世話になる程ヤンチャはしたが、義姉を溺愛していた。だから手を上げるようになるなんて信じられなかった。自分が間に入ろうものなら流血沙汰になった。刃物こそ持たなかったが、あの体躯から繰り出される拳は容赦がなく、重かった。さんざ身一つでケンカを繰り返してきただけはある。普段飲んだくれているくせに。
恭吾が荒れ始めたのは実弥が生まれてからだ。実弘と同じ白髪を見て、あろうことか妻と弟の不義を疑った。ふざけるな、とDNA鑑定までして書類を顔面に叩き付けた。何より自分が恭吾が結婚していたことと妻が妊娠していることを知ったのは同時期に知った。
いい歳なのだから自分で自分の機嫌はとらなければならない。他人は機嫌などとってはくれないのだから。
しかし分かっていてもどうにもならない事はある。
不死川は強面――眼光は鋭いし瞳孔は開き気味だし口調は荒いが、根本的に優しい人物だ。それは家族に対しては勿論の事、他人であっても変わらない。バイト仲間が体調を崩せば率先してシフトを請け負ったり、勉強を教えてやったりと何かと面倒を見てしまう。つい世話を焼いてしまうのは不死川が七人兄弟の長男として両親を助け弟妹を世話する事は当たり前だったからだ。冨岡にも姉が居るので家族の大切さは分かっているつもりだ。数ではなく、同じ重さで幸せになってほしいと願っている。そんな不死川を好きになったから冨岡は一世一代の告白をした。正直なところ受け入れられるとは思っていなかったが、何か奇跡が起きて恋人になった。それが去年の話だ。
告白した当初、不死川は戸惑っていた。嬉しいが、自分はあまり構える時間も余裕も少ない、と。それでも構わないと言ったのは冨岡自身だ。
だから。
不死川は自分とのデートの予定をドタキャンして弟妹のおねだりを優先させても、バイト終わりの僅かな時間を後輩の女の子に使っても誕生日やクリスマスに何か出来ずとも文句は言えないのだ。
言ってはいけないのだと、恋愛経験の無い冨岡もさすがに分かっている。口にしたら最後、フラれるのは確実だった。もう付き合っているのか曖昧な状態だとしても認めたくない一心で必死に我慢していた。大事にされていない訳ではない。変わらずこまめにメッセージはくれるしたまに電話もくれる。直接会う事だってある。回数こそ少ないが一人暮らしの部屋に来てくれた事もそこで一緒に食事をした事もある。泊まったことは無いが。
だから。
伊黒とのデートを楽しげに語る甘露寺を、初めて善逸と手を繋いだと頬を赤らめる禰豆子を、カナヲを可愛いと語る炭治郎を、羨ましいなどと思ってはいけない。形が違うだけだ。自分達は彼らのような形をしていないだけなのだ、と。
だから―――
こんな風に泣くのは駄目だ。違う。
何が違うんだ、と肩を抱いて頭を撫でてくる宇髄には咽が震えて答える事が出来なかった。
伊黒は呼び出されたことによる不機嫌など忘れてぽかんと目の前の光景をただ見ていた。
伊黒の知る冨岡はそれなりに整った顔をしているのに辛気くさい表情ばかりする陰鬱な女だ。甘露寺が仲良くしているので存在を認識してやっている。そんな女がぐすぐすと涙をこぼしている。
「どういうことだ、これは…」
「なあ不死川、今度の飲み会来てくれよ!あの派手な先輩とかにも声かけてさ」
「彼女いっから無理だっつってンだろうがァ」
不死川はそう断っているのを聞いて流石の伊黒も頭痛がした。伊黒と冨岡は反りが合わない。前世で何かあったのかと思う程だ。顔は綺麗に整っているが辛気臭い腹の立つ女だと言って憚らない。だが先日の居酒屋でそのイメージは一変した。否、元々その兆候は伊黒が認めたくなかっただけであったのだ。
デートなのに何を着ていけばいいのか分からないからと甘露寺を頼り準備をした事も今では彩りまで配慮された弁当が最初の頃は黒かった事も、あの夜冨岡が泣いた事も、この男は何一つ知らぬのだと思ったら猛烈に腹が立った。不死川とは友好な関係を築けていると自負しているが今ばかりはペットボトルロケットの標的にしたいほどだ。
どの口が、と思った時にはもう言葉が口から出てしまっていた。
「行ってやったらどうだね、いつものように」
思わぬ援護に不死川が振り向く。きょとんとしている不死川が間抜け面を晒すので舌打ちが漏れた。こういうのは宇髄の役割だろうと自ら仕掛けたくせに理不尽にも宇髄を罵る。
「伊黒…?」
「そういう時にだけ冨岡(あれ)を理由にするな。正直今のお前と冨岡の関係は友人とどこが違うのだね?」
どうせこの男は人数が足りないなどと頼み込まれたら仕様がないといいながら飲み会に行ってしまうのだろう。
頼られるのは人望が厚いからだし、人柄の良さもある。気っ風の良い兄貴分。それが不死川実弥という男への評価だ。今だけは忌々しい。冨岡のことなどどうでもいいと言い切ってしまうには伊黒は冨岡の心情を知りすぎた。
不死川の返答も聞かずに伊黒はやってしまった、と僅かばかり思いながら踵を返す。そんな伊黒の背中を不死川と友人はぽかんと見詰めるしか出来なかった。
「…何、不死川はフラれたの?」
無遠慮にも核心を突いた友人は「……ち、…違ェ、え、違う、よな…?」とブツブツ言い始めた不死川を必死に取り成さねばならなかった。
不死川が勉学の特待生ならば冨岡は部活の特待生である。全国クラスの剣士である冨岡もその実、不死川に負けず忙しい。だから基本的にデートを取り付ける時は冨岡の部活や試合が無い時に限られる。そうやって時間と予定を摺り合わせても急遽予定が狂うことがある。
「ねえ、俺だけで大丈夫だってば。寿美も居るしさ」
「俺も行きゃァ楽だろうが」
「そうだけどさ、冨岡さんの方が先に約束したんでしょ?行きなよ、待ってるよ」
「時間前だから大丈夫だろ」
ヒーローショーが近くの商業施設であるというのをどこからか聞いてきた末弟が案の定行きたい!と言い出したのは昨日の夕飯の事である。じゃあついでにあそこのお店も見たい、と貞子が言い出し、じゃあ俺も行きたいと結局兄弟全員で行くことになった。引率は玄弥と寿美で、貞子はもう迷子になるような年では無いが問題は末弟の就也とそのすぐ上のことである。二人はやんちゃ盛りで3秒目を離すともうどこに行ったか分からない。
「ーーーさね兄」
すうっと冷えた声がヒートアップしていた兄弟ゲンカを瞬間鎮火させた。
「す、寿美…?」
「今の、何?」
迫力にたじろいだ兄に被せるように急いで玄弥が口を開く。妹は絶対こっちの味方になってくれるという算段もあった。
「寿美、兄ちゃんを止めてくれ。デートドタキャンしてまで俺達に付いてくることないって!」
ぱち、と瞬きをする。次いで出たのは温度も抑揚も無い「は?」だった。さすが兄弟とでも言うべきか、ブチ切れた長男のそれにそっくりだった。
「……今まで何人彼女が居たか知らないけどまさかずっとデートドタキャンしてきたの?」
自分達は兄に彼女が居たのかさえ知らなかった。母そっくりな顔で睨まれると同じような迫力があった。
あの、その、と口ごもっている兄に、寿美は彼女の存在を悟る。今日だってたまたま電話しているのを聞かなければ兄は自分たちを優先してしまうに違いなかった。そう思うとぞっとする。
「さね兄、最低」
「いや、でもよォ…」
「でもじゃない!」
おっとりしているように見えて母に一番似てしっかりしているのは長女の寿美だ。いつもと違う雲行きになんだなんだと他の弟妹達が集まってくる。
「私達を言い訳にしないでよ!さね兄の邪魔なんてしたくないんだからね!」
そうだ、よく言ってくれた、と玄弥は寿美を誉めた。玄弥は不死川にとって初めての弟で一番不死川と近かった。そのせいかどこか玄弥に対して過保護で、兄に頼って欲しい玄弥と衝突してしまうことが多々あった。そこに上手いこと割って入り、冷静な話し合いに持っていけるようにしてくれるのが母であり寿美だった。
「あのね、さね兄。デートって女の子の憧れなんだよ。何着ようとか何しようかなって考えるのも楽しいの。それを病気でも無いのに急になかったことになるのは悲しいよ。分かってる?さね兄の行動は私達も傷付けてるし、彼女さんも裏切ってるんだよ?私はさね兄がそんなことしてただなんて悲しくてしょうがないよ」
ただただ押し黙るしかない。
「それで?さね兄は今日彼女さんと何か予定あったんでしょ?」
「………いや、ちょっと会うかって話をしてただけだし…」
寿美が事の成り行きをハラハラと見ていた貞子に何事かを指示している。
「今すぐ行って」
「え、」
「寿美ちゃん持ってきた!」
貞子が不死川の荷物を二階から持って駆け降りてきた。流れるように中身の確認をしている。最低限必要なスマホは不死川が持っているし、財布とアパートの鍵くらいなものだが。
「私達、なんにも出来ない赤ちゃんじゃないよ。それだけは分かって」
ボディバックを差し出され、受け取る。やけに重く感じた。
「…今更会ってくれると思うか?」
「知らないよ。100%さね兄が悪いんだし」
にべもない冷たい返答に足が更に重くなる不死川だったが、容赦なく蹴り出された。
***
「さね兄、今度彼女さんに会わせてよ」
「彼女さんが嫌だっていうなら我慢するけど、さね兄が嫌ならそれは聞かないから」
先日の一件以降、不死川家での長男の信用度はゼロに等しい。特に妹達の目は厳しく、次男も静観を決めている。何故なら次男は長男の所業を知っていたからだ。知っていて尚止められず、冨岡には本当に申し訳ない事をした。困っている長男に次男が声をかける。助け船かと思ったらしいが次男が告げるのは最終宣告である。
「言っとくけど、冨岡さんの連絡先知ってるの兄貴だけじゃないんだからな」
「は?」
「なんで玄兄が知ってるの?」
「ていうかトミオカさんって言うんだ」
玄弥は妹達に向き直る。
「お前らも取ろうと思えば連絡取れるぞ」
え?どういうこと?と長男と同じ表情になった妹達に言うようでその実、兄に釘を射すつもりで説明する。
「冨岡さんは炭治郎と禰豆子の恩人だし、かまどベーカリーの常連だから会ったことあるし。何なら遊んだこともあるよ」
炭治郎とは玄弥の、禰豆子は寿美の同級生である。もっと言えば竹雄は貞子の、花子はことの、茂は就也の同級生で友人だ。そして不死川家は一家揃って彼らの実家であるかまどベーカリーのファンでもある。どんどん逃げ道を失っていく実弥は顔色を失っている。
「さて、兄貴」
ーーー自分で呼ぶのと俺らが勝手に呼ぶのとどっちがいい?
実弥はにっこりと笑った弟に渋い顔で白旗を振った。
「この度はうちの兄が本当にごめんなさい」
部屋に通され、腰を落ち着けたと思ったら妹二人が揃って頭を下げたので冨岡は何の事か分からず助けを求めるように実弥を見る。オイ、寿美、と嗜めようにもさね兄は黙ってて、と言い返されている。
「あの…?」
「デートドタキャンしてたこと、私達最近まで知らなくて…。本当にごめんなさい」
「え、あの、大丈夫、大丈夫だから、あの、顔を上げてくれないか…?」
「さね兄、今度こんなことあったら私達口きかないからね!」
突如として始まった言い争いに兄弟喧嘩などまともにしたことがない冨岡はオロオロとするばかりだ。
「さね兄、正直お兄ちゃんとしては最高だけど男としては最低だと思う」
本人を目の前にしてこれだけ言えるのは妹だからではないだろうか。弟の自分としてはここまでの物言いは出来ない。黙っていた実弥だがさすがにカチンときたようで、じゃあ何か、と反論に打って出た。
「俺ァお前ら放ってデートでもすりゃァよかったンかァ?」
「そんなの言ってないでしょ!限度があるって話で」
父親代わりの長兄としてやってきたことを否定されたと思ったんだろう。でもそれは何も実弥だけの特権ではない。歳の近い玄弥にだって同じことをする権利はあるはずだ。
「君、本当に彼女に興味が無いんだな・・・」
いつも快活な大声を響かせるのに、その時ばかりは静かだった。それが余計に響く。
「多分、そこまで私のことは好きではないのだろう。分かっていたから大丈夫だと、思っていたんだが…、ままならないものだ」
「手、繋ぎたい」
は、と間抜けな顔になる。そんなこと、と思った。しかしそんなことさえしなかった馬鹿はどこのどいつだ。