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    司と類のバレンタイン(1/2)
    ふたりが恋人同士になるまでの話です。

    7686文字(所要時間約15分)

    ##司類

    長く続いた冬の季節も過ぎ、陽の光が仄かに色めいてきた頃。
     『今年』という年号にも既に慣れ、人々は新たな春の季節に胸を時めかせている頃だ。

     二月十四日、バレンタイン。
     好き合う者同士が愛情という名の甘い菓子を贈り合い、慈しみ合うという特別な一日である。
     特に、学生という身分の者達には正月や盆の明け暮れよりもより特別な意味がある日であり、彼らはその言葉の響きに色めき合って、悲喜こもごもの思い出を作るのだ。

     しかし、この神代類にとって、この日はもう既に『終わった日』であった。
     彼は舞台の演出家としてこの日を一年の中でも特別な日としては理解しているけれど、それもショービジネスとしての側面としてだけである。
     彼にとっての『バレンタイン』という日は、だいたい去年の年末頃、彼の仲間達と行うバレンタインショーを企画していた時が一番のピークであり、そしてつい先日の土日にそのイベントを公演し終えてからは、もう過去に起こった日、という感覚なのだった。

     彼は朝のうちに下駄箱の中に隠された幾つかの小箱を把握したけれど、それに対しても大きな気持の変動を持つ事はなかった。
     元より良くも悪くも目立つタチであり、このバレンタインという日に菓子を得られることは数限りなくあったのだ。
     今年も『まぁ誰かが頑張ってくれたんだねぇ』という仄かな感傷と、『帰りの時には忘れずに持って帰らなければね』という一般的な義務感を感じるだけであり、それは彼の私生活には、何ら関与してくるものではなかったのだった。

     彼がいつものように一人きり、こうして学校の屋上に立っているのにも、そういう冷めた気持ちがあるのかもしれなかった。
     終わったはずのお祭りほど物寂しいものはない。
     切れすぎる頭で常に先へ、先へと思考を巡らせる彼だからこそ感じてしまう、一種の特殊な孤独感。それだけが、いまこの場所に渦巻いているような気がしていた。

    「あ、」

     屋上をぐるりと取り囲むフェンス越しにグラウンドを眺めていた。
     眼下に広がる広々とした砂浜の空間の中では、まばらに学生が走り回り午後の運動をしていた。
     今、時刻は十四時をまわり六限の授業真っ最中。
     本来であれば彼もその中の一人としてサッカーなる競技に興じなければならなかったのではあるが、なんとなく、足が向かなくてこの屋上まで来てしまったのだった。

     フェンス越しに見つめるその中で、ふと見慣れた一人を見つけ出していた。
     体育の授業は二クラス合同だ。その中で、ひときわ目立つ言動をしている一人の男−−天馬司の走り回る姿が目に飛び込んできたのだ。

    「ふふ、」

     思わず言葉が漏れる。
     屋上からでもわかる、不確かでおかしな挙動。サッカーに興じながらも『スター』であろうとして、派手な動作で見事にパスを受けていた。

    『これがスター、天馬司のボール裁きだ!』

     遠く聞こえてくる言葉の端々をつぶさに聞いて、聞こえてくる名乗り口上を耳に聞く。
     神代類がそんな彼を自然と目で追ってしまうのには、彼の心の底からの想いがあるのだった。

     天馬司は、神代類の想い人だった。

     そしてそれを、類はもう既に彼に伝えていた。
     けれど対する彼からの返答はまだ得られておらず、ずっとじれったい思いを抱き続けていたのだった。

     類は、フェンスに顔を押し付けるようにしてグラウンドを眺めてみる。
     変わらずのんきにスポーツなどというものに興じている人々からは、なんの変哲もない、ただ安穏とした幸せがぼんやりと浮かび上がってくるようだった。

     はぁ、と一つため息をつく。
     天馬司に彼が告白(のようなもの)をしたのは、彼の気持ちが最もバレンタインめいていた時の話だ。
     まだ年も暮れの頃。
     寧々をメインとしたクリスマスショーで成功を収めた余韻が残ったままの、十二月も末の事だった。


       ◇◇◇


    『一月は正月だろう。その次は、二月……なら、バレンタインだな!』

     どこか浮ついた様子で、天馬司は一人言とは思えないボリュームでそう言った。
     その日はショーの練習を早めに切り上げて、そのまま類の部屋でこれからの作戦会議を行おうという日であった。
     作戦会議、もとい企画会議はいつもであれば四人で行うのではあるが、その時ばかりは司たっての希望でまずは二人で行いたい、という事だった。
     一体なんの想いがあったのか、類達には考えもつかなかったのではあるが、いつだって何もかもを飛び越えて『スター』たる発想力を発揮する彼のことである。まぁ楽しいことなんでしょ? と、半ば呆れにも近い感情で女子二人も快諾したのであった。

    『バレンタインかぁ……何かいい案でもあるのかい?』

     一方の類は、彼を自らの部屋へ誘い込めて密かに浮足立っていた。
     まだ冬も深い頃。
     そもそも作業部屋として作られた類の部屋は断熱の力が弱く、ストーブを炊きながらでも肌寒いはずなのに、この時ばかりはどうしてか、その寒さを全く感じなかった事をよく覚えている。

    『そうだな! やはり、このスターたる天馬司がうら若き美少女達から愛の告白をされるラブストーリーがいいのではないだろうか!』
    『そうだね、ラブストーリーというのは一つのアイディアになるだろうね。……けれど、美少女達というのがただの美女であるだけでは面白くない。例えば…………』

     荒唐無稽な司の案に、少しずつ現実味とアレンジを加えていく。
     こうして荒削りながら作る演出はいつだって楽しくてたまらず、類は物語の中にのめり込んでいく。
     類が一つアイディアを告げると司がうなり、その楽しそうな声に呼応して新たなアイディアが生まれていく。いつもであれば、その合間に寧々やえむの言葉も挟まりまた違った道筋にもなるのではあるが、今日は何故だかこの場所には二人きりしかいない。
     たった二人。
     類は目の前の彼を独り占めできることだけで頭がいっぱいになっており、今、自分が話しているアイディアが使えるものなのか、そうでないものなのかがわからなくなる程度には浮かれきっていた。

    『……もうこんな時間か。やはり、類と話すとアイディアが浮かんでいいな!』

     司は久方ぶりに携帯の光を灯し、現実の時を見る。
     どうやら浮かび上がっている類の本心はバレていないようで、少しだけホッとした。

    『類?』
    『ん、何かあったかい?』

     けれど、こちらを振り返った司は、その愛嬌のある顔をわずかに歪ませてこちらを見つめている。何か変なことでも言ってしまったのだろうか。司の気に障るような何かがあっただろうか。まさか浮かれきっている類の気持ちに今更に気づかれてしまったのか? それとも……。
     数秒、いつにない無言の時間が通り過ぎていく。
     類の背に、さわりと冷たいものが伝ったような気もした。

    『類! 今までそんな薄着でいたのか? 体を悪くするぞ!?』
    『は?』

     しかし、彼の言動は類の予想外のものだった。
     あまりにも予想を外しすぎていて、勢いよく近づいてきた彼を止めることができなかったくらいだ。

    『上着は? いつの間に脱いでいたんだ?』
    『はは……いつだったかな? 外に出ていた時にはちゃんと着ていたよ』

     あまりの驚きに声が上ずった。彼、天馬司はいつだって思いがけない言動をする男だが、その話の流れはいくら頭が切れる類でもわからなかった。
     というよりも、自らの事を放り出しがちな類だからこそ気づかなかったのかもしれない。
     例え彼にその事を指摘されたのだとしても『そういえば、確かに薄着だなぁ』と感じる程度の感覚しか持っていなかったのだった。

     今日は何だか体が暖かいような気がしていたせいで、着ていた制服のカーディガンを脱ぎ、ネクタイを緩めて、ワイシャツ一枚をラフに着るという夏のような格好で、ひとしきりの時間を過ごしてしまっているようなのだった。
     けれど、類だっていっぱしの健康な高校生男子なのである。
     よくよく何かに集中してしまえば、夜通しこの涼し気な類の部屋で薄着のまま値落ちすることも少なくない。だからといって風邪をひいた事もなければ、それを理由に学校や練習を休んだことなんてないのに。

    『類、冷やすのは良くないぞ。本当にいつの間に脱いだんだ? 類の上着はどこにある? ……いや、俺のだが、とりあえずこれを着ておけ!』

     けれど、司という人は類のそういった主張を聞き入れてくれるような人物ではなかった。
     彼はおもむろに自らが着ていたカーディガンを脱いだかと思うと、それをそっと包み込むように類の肩に載せてみるのだった。

    『……でも、そんな事したら司くんだって薄着になってしまうんじゃないかい?』
    『いや、俺はいい』

     きっぱりと断言した彼の顔は思いの他真剣であり、類はとりあえず折れてみることにする。
     やんわりとかけられたカーディガンから、静かなぬくもりが届いてくる。肩を、背を包み込まれるように触れてくるそのぬくもりからふわりと、司がすぐ近くに来たときに感じる甘い匂いがする気がして静かに心臓が跳ねていく。

    『はは、何だか君に守られているみたいだ』

     暖かさにうっかり気が抜けてしまったような気がしてそう呟いた。
     その声色が、自分で思っていたよりも甘ったるくて少し驚いた。

     司という男は、そういうところがある。
     いつもは突拍子もない言動を繰り返し自由気ままな変わり者であるようなのに、たまに思い出したように責任感と頼りがいを発揮してくるのだ。
     それは、恐らく彼が長男たらんとしているがゆえの事柄なのだろうが、相手が彼よりも高身長である類であったとしてもしっかりと発動してくれるので、それを間に受けたこちらとしては、うっかりと、ほだされてしまうというか、落とされてしまうというか、何だか、やわらかな暖かさに包まれたような気がしてしまうのだった。

     それは、ちょうど今肩にかけられたカーディガンのごとく弱くやわらかいものなのではあるが、類は、それに包まれるといつだってどうしようもない気持ちになって、いてもたってもいられなくなってしまうのだった。

    『……司、くん?』
    『類。……いや、すまん』
    『どうして謝るんだい?』

     類は、どうやら彼に与えられたカーディガンに包まれて、少しばかりの間ぼんやりとしていたようだった。
     司のにおいのする淡い色のカーディガン。
     やわらかで、ほんのりと暖かく類を包んでくれる。
     そんな優しさに囲われていたせいで、類はうっかりと自分の世界に入り込んでいたらしいのだ。

     一方その間、どうやら司は類のすぐ隣でただ何もせず黙ってこちらを見つめていたらしい。
     類は、体中で彼への愛情を表現してしまっていた。
     なんとなく気恥ずかしくなる。
     けれど、よくよく目の前の彼の表情を見やってみると、司は類のそれ以上に強張って、顔色だって真っ赤に近いほどに緊張しきっていたのだった。

    『いや、類が、そんなに喜んでくれるとは思わなくってな……』
    『ははは、それは、そうだよ。だって……』

     その彼の表情を見ていると、類の気持ちはもう爆発してしまいそうだった。
     ただでさえ、彼から思いがけないプレゼントをもらい、彼に包まれてしまったのだ。
     彼のにおい、彼のぬくもりと、そして彼からの柔らかな好意の感情だ。司から、直接的に愛情を伝えられた事というのはこれまでの間にはなかった。けれど、実を言うと類は彼の感情がこちらに向かっていることには随分前から気づいていたし、自分だってそれに答えられるようにしていたのだった。
     ただ、類からその感情を直接彼に伝えるのは何となくはばかられ、これまでつかず離れずの関係をずっとだらだらと続けていたのだった。

     けれど。
     ここまでされてしまってはもう限界だった。類は、自分の言葉が終わるよりも早く司の方へ顔を差し出した。そして、彼が抵抗してこないのをいいことに、司の、薄い唇に自らの唇を重ねたのだった。

    『…………るい、』
    『これは、僕の気持ちだよ。司くん』

     キスをするのはこれが初めてだった。はじめて合わせた彼の唇は、やわらかくてあたたかく、けれど少しだけカサついていた。冬の、こんな寒い日が続いていたころだ。彼だって演者であり役に上がるのだからしっかりとケアをしなければいけないのに。そうだ、近いうちに彼にリップクリームでもプレゼントしてやろう。この、カーディガンと温もりをくれた司くんその人に。
     類は、緊張と、混乱と、愛情が高まりすぎていて自らがしている事を理解できていなかった。
     だからむしろ積極的になれていて、彼にできるだけ近づきたい、彼にもっと触れたいという感情を制御する事をしなくなっていた。

     いわゆる、なし崩しというやつだがここまでくればもう後は進むしかなかった。
     一度触れ、離した唇はそのままに、少し体を寄せて今度は司の肩に頬を載せてみる。甘えるような、すがりつくような体制になる。今度は、直接彼の暖かさに触れて、高鳴っていた心臓がより耳にうるさく聞こえてくるようになる。

    『類……いいや……ままよ! もうどうにでもなれだ!』

     勢いに任せるのは若人の努めのようなもの。そして司も類と同い年の十七歳なのだった。
     類のしかけたジャブに、司も乗ってきた。類が肩に載せていた自らの頬は一旦はがされて、今度は両手で包み込むように掴まれたかと思うと、一気に唇を食まれたのだった。

    『つかさく……っ! ん、んん……!』

     司から落とされたキスは、触れるだけだった類のそれとは違う。
     両手でがっしりと固定し逃げられなくした上で、呼吸もできないほどの長く深いキス。
     噛み付くようなそのキスは、彼の年相応にたどたどしくはあるけれど、司らしくてひどく心地よい。

    『つか、さ、くん……!』
    『類……!』

     お互いの名を呼んで、息を絡めながら再びキスをする。
     類は抵抗しなかった。
     今、二人が一体どういう関係なのかーー知り合いなのか、仲間なのか、それとも友人なのか、いつの間にか恋人同士になっていたのかーーそういう疑問が頭をかすめなかった訳でもないが、それでも今は、とにかく司に与えられる甘やかな感覚を受け入れていたかった。

     合わせている唇以外にも、司を感じられる部分があった。
     押さえつけられいた頭は、もう逃げないと判断されたのだろう。司の手のひらはするりと離れていき今度は類の肩辺りを掴んでいた。
     お互いの体は、それ以外には触れていない。まだ羞恥心が残っている。
     けれど、少しでも多く触れ合おうとする彼のその手のひらからは、ひどく熱い情念のようなものが染み込んでくるような気がするのだった。

    (司くんの手、あったかいな……)

     彼に長く唇を食まれたまま、類はそんなことを想った。
     思えば、お互いに好き同士なのではとぼんやりと考えていた関係も、その先へと進めてはいなかったのである。ある程度成長した男同士という関係。それも、ただの親友程度で留めていたこの関係上、二人はキスやハグはおろか、手をつないだ事すらなかったという事実にここで気づいてしまうのだった。

     唐突に感じる寂寥感。
     自分は、まだ一人だったのかもしれないという寂しさが溢れてきた。かつて、一人きりでショーをしていたあの時にもたまに感じた感触だ。
     さびしい。
     けれど、それならば孤高を極めればいい。短くも確かだったあの時の感情とやり方が蘇る。こんな時、こんなところでそんな物を思い出さなくていいのに。けれど、体に染み付いた感覚は、なかなか消えるものではなかった。

     司を失いたくはない。
     ただそう思った。
     だからこそ、今までの関係を壊したくないと思ったのだった。
     それは、類の寂しさにも呼応して、今日、この時間にまでなし崩し的になだれ込んでしまった二人の勢いを止める事になる。類はどちらへ向かっても後悔しただろうと思う。
     自分の、過去に昔から司がいてくれなかった事を、ひどく悔しくも思うのだ。

    『…………司くん、』

     唇が再び離れた一瞬で、類は愛おしい想い人の名を呼んだ。
     けれど、急に溢れてきた寂しさと、悔しさが故に、彼を呼ぶ声はとても冷たい音をしていた。

    『っ? 類?』

     まだ熱い息をしながら、司が呼びかけてくる。
     類も男であったので、その気持ちは痛いほどわかった。
     彼の長くて深いキスの意味は、二人の関係を、その先へと進んでもよいのか、それともこのままで終わらせるのかを逡巡しているが故の長いキスだったのだ。
     それが、彼の優しさであり若さでもあるのだが、今回に限っては、というよりも寂しさを忘れられていない類に相対したときには、それが逆の意味に働いてしまったのであった。

    『……司くん、ごめんね』

     類は宙ぶらりんにしていた腕に力を入れて、そっと司の薄い胸板を押し返す。
     すると添えられていた司の手のひらは、存外簡単に類の肩から離れていく。
     類の体にまた、冷たい冷気が押し寄せてくるようだった。
     けれど、それでいい。それくらいでいいんだと、類は自分に言い聞かせようとするのだった。

    『……司くん、』
    『…………るい、いや、本当にすまん!』

     離れあった時の司は、本当に苦しそうな表情をしていた。
     そして何度かぶんぶんと顔を振りかぶったかと思うと、類には目を合わせないようにがっくりと項垂れて無理やり大声で返してくるのだった。

    『嫌だったな、済まない! 暴走した……! 俺とあろうことが、お前の気持ちも確認できないなんて、な』

     絞り出すように彼は言う。
     それもそうだろう、盛り上げるだけ盛り上げて、急に突き返したのは類の方なのだ。
     その気持は痛いほどよくわかる。けれど、今の類には彼を受け入れることができなかったのだ。
     彼は悪くない。悪いのは類のほうだ。
     それを伝えたいと動かない頭を動かすものの、こういう時に限って何も思いついてはくれないものだ。
     類は、ただ後悔と逡巡を繰り返して苦しむ司を、ただ見ていることしかできなった。

    『…………るい、それは、そのままでいい。今日はこの辺で帰るぞ』
    『うん、そうだね』

     楽しいパーティはここで終わりにしよう。
     司から、そう告げられて類も頷いた。
     司にも、類にも今のこと状態を収取させる力はない。
     彼を助けて慈しみ、かつ自らを守り愛するために一体自分たちは何をしたら良かったのだろうか? その答えにいいアイディアを、今この場所から生み出すことができないとわかっていたのだった。

    『……それじゃ、帰るからな。類、お前のせいじゃないからな』
    『司くんのせいじゃないよ。僕のせいだ。今回に限っては、僕を攻めてくれていいよ』
    『っ……、そんな事を言うな。類……明日は、四人で合わせ稽古だが……嫌だったら来なくていい』
    『うん、ちゃんと時間通り行くよ。僕には気を遣わないでくれ』

     急に、どことなく遠くなったような声色で話し合う。
     座ったまま一歩も動けなくなった類の様子をよそに、司は荷物をまとめ、そのまま部屋をゆっくりと出ていった。

    『じゃあ、また明日』
    『そうだね。また明日』

     そうやって、お互いに一度も目を合わせないままその日はお別れとなったのだった。


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    フォ……

    TRAINING司の作るカリカリベーコン

    お題「嘘の夜風」
    15分トレーニング 20

    1372文字(所要時間約3分)
    妙に気だるい朝だった。目を開き、辺りを見渡すが照準が合わない。もぞもぞと動いてみるが、肩と腰が妙にぎくしゃくと軋んでいる。
     類は、元より低血圧である。だから起きがけの気分は大抵最悪なのではあるが、今日のそれはいつもの最悪ともまた違う、変な運動をした後のような気だるさがあるのだった。

    「類、起きたのか?」

     まだ起ききっていない頭の片隅を、くぐもった通る声が聞こえてくる。司の声。どこから声をかけてきているのか。それに、妙な雑音が彼の言葉に混じって聞こえ、よくよくその場所を判別できなくなった。

    「……起きてるよ、たぶんね」

     重い体を何とか起こしてみる。体に巻き付いているシーツがいつもと違う。自室にあるソファに投げ捨てられているシーツでも、家の中にあるベッドとも違う、少し手触りの良い物だ。それに、類は今、何も身につけていなかった。
     布団を通り抜け、ひやりとした風が入り込んでくる。少し回復してき思考が回り始めてからようやく、昨日、司の家に泊まったのだと思い出すのだった。

     司は、大学に入ってから一人暮らしを始めた。類はそんな彼の現状を甘んじて受け止めて、よくよく彼の家に泊まるよ 1422

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