「逆行したのでもう一度修業し始めたら善逸がすぐに来た」(後編)それからも黙々と修業を続けて、昔のように壱ノ型以外は全て出来るようになった。
昔は壱ノ型が出来るようになるために随分と時間を費やしたが、今回は最初から切り捨てたので他の型の練度は上がったと思う。
ちなみに、出来るようになるたびに善逸が飛んでくるし、その日の晩は豪華になった。
なお、善逸が今どんな修業をしているかは知らない。
知りたくない。
でも昔みたいにびーびー泣く声や先生の怒鳴り声が聞こえてこないので順調なんだろう。先生も俺と善逸を平等に見てくれている……いや、なんか俺の傍に居るほうが長い気がする。
昔と違う光景で嬉しいのは嬉しいんだが、中々慣れないんだよな。もう少し放っておいてくれてもいいのに。
「獪岳、そろそろ善逸と共に修業せんか?」
俺にとっての死刑宣告にも等しい言葉。
「一緒に修業した方が良い刺激になると思うのじゃ」
「そ、うですね……」
先生の言葉に、頷く以外の選択肢が俺には持てなかった。
先生に連れられて善逸と合流すると、そこには俺の二倍はあるであろう大きさの岩を押している筋肉ムキムキの善逸がいた。
「ふぅ……あれ、どうしたの?」
「うむ。今日から獪岳と一緒に修業をさせようと思っての」
「え、いいの!?やったー!兄貴接触禁止令が出てからずっと寂しかったんだ!」
なんだその兄貴接触禁止令って。
お前、普通に俺のところにしょっちゅう乱入してきてたじゃねぇか。
「あ、兄貴もやる?岩押すのって結構コツが必要なんだけど慣れたら楽しいよ」
「やらない」
やらない。やりたくない。俺は刀振りたい。
俺と同じくらいの体付きしてたのになんでお前そんなゴリラみたいになってんだよ。
俺はそんなゴリラみたいになりたくねぇよ。
「やっておいたほうが良いよー後々楽になるから」
「そうじゃの。獪岳は最初あの岩あたりから始めようかの」
そう言って先生が指差したのは俺の身長くらいの岩。
「……やらないという選択肢は?」
「これも修業じゃ」
「じいちゃんが言うなら頑張って!俺、兄貴が押せそうな岩見繕ってくるから!」
その日から、しばらく筋肉痛で苦しむ羽目になった。
+++
十七歳になった。俺が鬼殺隊に入った歳だ。
初日に意識を取り戻して、善逸が来るまでに出て行こうと思っていたのに、次の日に来た善逸に振り回され早七年。
長かった。つらかった。精神的にきつかった。
たまのご馳走だけが生きる糧だった。
気のせいかもしれないが、前に比べて色々な運が悪くなった気がする。
例えば街へ買い出しに行った際の福引。善逸は一等が当たったのに俺はハズレ。おみくじも善逸は大吉しか引かないのに俺は凶どころか大凶。
普通に歩いていただけなのに石や草や何も無いところで足を取られ転ぶこと数知れず。
なお、罠が仕掛けられた山に一人で挑んだ時は、罠は回避できたのに着地したところがぬかるんでいて足を取られて顔面から転んだ。
それだけだったら良かったのだが、その後同じように着地に失敗して右腕を骨折した。
治るまで善逸の世話になる羽目になって本当に本当に嫌だった。
そして何より認めたくないが、善逸が強すぎる。
あれは修業を七年早く始めたからって到達できるものでは無い気がする。
そういえば、先日前と同じように善逸が雷に当たって髪の色が金色になったんだ。
その時善逸はなんて言ったと思う?
『やっぱこっちの方が俺って感じするよね~』
だぜ?
雷に打たれた直後、パチパチと全身から雷を纏って笑いながら言うんだぜ?
怖くね?
前は気絶して一日寝込んでたじゃねぇか。あの当時も生きてるってことが怖かったけど。
『あ、そうだ!今なら出せる気がする!えーと雷鳴剣!!』
なんて言いながら日輪刀振り降ろしたら雷が轟いて木が真っ二つに割れた。
怖かった。
『おお、新技じゃの~』
なんて笑っている先生も怖かった。
あ、あともう一つ印象的な話がある。
まだ善逸が来て1年近く経った頃の話だが、善逸が誕生日だからって鰻を食べたんだ。
それで「兄貴の誕生日はいつ?」って聞かれて、素直に分からないと答えた。
そしたら先生が「じゃあ儂の弟子になった日にしよう」と言って突然だが俺の誕生日が決まったんだ。
そこまでは別にいい。「じゃあもうすぐだね」なんて言われて「そうだな」って答えて。
後日、誕生日は何が食べたい?なんて聞かれたから「熊鍋」って答えた。
ちょうどその日、熊が出てきて先生が捌いてくれて熊鍋を食べる夢を見たのが理由だ。
現実的に熊なんて見つけたら逃げないと死ぬし熊鍋なんてきっと生涯食べることなどないだろう。
俺は単純に善逸に素直に答えるのが嫌だっただけなんだ。
……それなのに、「分かった!」とだけ答えた善逸は後日熊鍋を用意してくれた。
鍋からつまんだデカイ熊の手にヒッと短い悲鳴をあげた。
「さすがに熊一頭分は量が多いから暫く熊料理にするね!ほらほら兄貴!もっと食べて!!」
次々と器によそわれ、食べるしか無くなった熊。
……うん、美味い。特に脂身は旨みが強くて甘みがあった。赤身はちょっと硬かったけど野性味があるっていうのか?俺は結構好みだった。
そして夜。寝る為に部屋に戻ったら、熊の毛皮が部屋のド真ん中に置かれていた。
善逸いわく、誕生日プレゼントらしい。
丸々一頭、俺の体より遥かに大きい熊が頭付きで毛皮を剥がれて置いてあるって相当怖くないか?
別に金持ちの家に置いてあったりするのなら良い。
今俺の部屋にあるってことが問題なんだ。
そしてそれを捕獲して捌いて部屋に置いたのが善逸っていうのが一番の問題なんだ。
それから俺は基本的には善逸には素直に答えることにした。アイツは俺の常識では測れないヤツだ。
昔からそうだった。なんで忘れてたんだ俺。
+++
「お主らを共同での後継者とする」
最終選別の日程が半年後に迫った頃、先生から善逸と二人呼び出されて言われた言葉。
これは前回と全く同じ。
違うのは俺の心構えだけだ。
「お断りします」
「なっ!なんじゃと!?」
「兄貴なんで!?」
困惑し焦る二人をどこか冷ややかな気持ちで見ながら、俺は理由を答える。
「雷の呼吸の後継者なら善逸一人に任せるべきです。壱ノ型しか出来ないとはいえ、それを補って余りあるほどの才能に溢れています」
「兄貴が俺の事をそこまで褒めてくれるなんて……」
「獪岳がそこまで善逸を認めているなんて……」
二人が手で顔を覆いながら震えた声で呟く。恥ずかしくなり、コホンと一つ咳ばらいをして場の空気を戻した。
「俺はここを出ていきますので、善逸に継がせてください」
「それはならん」
「!?」
俺の決意は間髪入れずに拒否されて驚いてしまった。
なんでだ?
先生にとって善逸が大切で、俺はいらないだろ?
何故か前の人生より強くなっている善逸だけいれば安泰だろうが。
俺が出て行ったら先生も俺が鬼になって責任取って自刃する必要もないんだし。
「獪岳。雷の呼吸の後継者になりたくないと言うのならお主の意思を尊重しよう。鳴柱を継いでほしいと、かつて言っていたことも気にしなくて良い。
じゃが、ここを出ていくことは許さん。そして、善逸から離れて行動することも許さん」
「な、なんでですか!?」
「お主が死ぬからじゃ」
「……!?」
「じいちゃん。俺が説明を引き継ぐよ。兄貴、良い?」
「あ、ああ」
断定的な死ぬという言葉に困惑していると、善逸が真面目な顔をして俺の方へと身体の向きを変える。
先生に向かって前かがみにになっていた体勢を直し、俺も善逸に向き合った。
「兄貴は『前の人生』を覚えているんでしょ?」
「……っ」
衝撃的な言葉に声すら出ず、口がはくりと動く。なんでそれを……
「まぁ、見てたら分かるよ。俺もじいちゃんも覚えているんだ。今まで秘密にしててごめんね」
「儂は善逸を街で見つけた瞬間に思い出したんじゃよ」
「じゃあ、もしかして俺が鬼になったことも覚えているのか……?」
なんとか絞り出して聞くと、二人がぎこちないながらも頷いた。
途端に、後悔の念が襲う。
あの時はあれが最適解だった。もう一回生き返ったと思った時も善逸を殺すためにさっさと鬼になっても良いと考えたこともある。
でも、できることなら鬼にはもうなりたくない。
震える手を揃え、頭を深く下げる。
「あの節は、申し訳ございませんでした」
特に先生には謝りたかった。俺が命を惜しんだから先生が死ぬことになるなんて思ってもいなかったんだ。
「気にするな、獪岳。お主とまた再び会えて儂は嬉しかったのじゃから」
ポンと手を置かれ、頭をあげるようにと言われる。その優しさが余計に辛かった。
「まぁまぁ兄貴。俺がアンタの頸斬ったから前のはもうチャラだよ。気にしなく良いよ」
「……なんか軽いな」
おどけた口調の善逸に、涙が引っ込んだ。
善逸は俺の様子に軽く笑い、話を続けて良いかと問う。頷くと、善逸が再び口を開いた。
「俺さ、自分が死ぬときに神様に祈ったんだ。もう一回時間を巻き戻してくださいって。今度は獪岳を鬼になんてしませんのでって」
「神頼みなんて幼稚な……」
「それが叶ったからここに三人が居るんだよ」
「神様ってすごいだな」
一瞬で手のひら返しをした俺に善逸が「でしょ!」とふんぞり返る。
「まぁそれでね。神様が特別に頑張った俺に強い力と最強の運をくれたんだ」
「お前神様に何差し出したんだよ」
「代わりに獪岳は最低最悪な運になっちゃったんだけどね」
「ってもしかしなくとも俺の運を差し出したのか!?」
「あはは」
「笑ってごまかすな!」
俺の怒声を聞き流し、善逸は話を続ける。
「で、獪岳は本当に運が悪いの。でも俺が一緒なら中和されるの」
「……具体的には?」
「俺から離れて一週間でこの世の不幸が色々と訪れるようになってきて、俺から離れて三か月で死ぬくらいかな」
「それって運が悪いの一言で終わらせて良いのか!?」
「信じられないっていうじいちゃんに見せるために一回罠のある山の修業に行ってもらったけど、見事に骨折して帰ってきたじゃん」
「あれは俺がどんくさかったから……」
「後一日帰ってくるのが遅かったら左腕も骨折してたと思うし、最終的には両足も骨折?まぁ骨折で済んだら安いもんかな」
「……」
軽く言う善逸の言葉に背中から嫌な汗が流れてくる。
「儂も、あれを見て獪岳を一人にはさせられんなって思ったんじゃ。じゃが善逸と一緒に居たくないと言うから近くで別々に修業をさせておったが、日に日に怪我が増えていって心配で仕方なかったぞ」
「…………」
心当たりがありすぎる……
一人で稽古していると大抵何かしら怪我をしていた気がする。転ぶとか、手を切るとか、折れた木が頭に落ちてくるとかささやかなものばかりだったが。
「ここまで話したらもう分かると思うんだけど、獪岳が俺から離れて一人で行動したら鬼狩りどころかまず事故死すると思う」
「いきなり重たい……」
「一応修業続けてたけど、俺の代で鬼は全滅するの分かってるから無理に鬼殺隊に入らなくても別に良いよ」
「今までの努力を完全否定し始めたな!」
「そう?うーん、じゃあ必ずニコイチで俺と行動するって条件で一緒に鬼殺隊に入ろっか」
「それは嫌だ……」
「で、鬼殺隊に入るんだったら俺は禰豆子ちゃんと結婚するって決まってるから獪岳は俺のお兄さんとして永遠に一緒に暮らそうね」
「ちょっと待てなんで俺そんな邪魔な小姑みたいにならなきゃいけねぇんだよ」
「もし獪岳が結婚とかするなら俺ら夫婦と一緒に暮らすのが条件ね。受け入れてくれる嫁さんじゃないと認めないよ」
「まだ居もしない嫁をお前が決めるな!」
善逸の言葉に一つ一つ返しているせいで息が切れてきた。
後継者になるかどうかの話から、いきなり結婚して同居する将来の話まで持って来られた。
ネズコチャンって誰だよお前のこと七歳から見てきたけど彼女もなんも居なかっただろうが。
「一応善逸は鬼殺隊に入らなくても助太刀に行くつもりではあるらしいがの。獪岳はどうする?
善逸と一緒に行動するというのは絶対条件じゃが、それ以外はお主の意見をなるべく尊重するぞ」
突然出された鬼殺隊に入るという以外の選択肢。
しかし何を選んでも善逸が必ず一緒だという条件がつく。
二人は優しいまなざしで俺を見ている。その目がきつい。
喉がからからに乾いて、それでも俺は、俺のやりたいことを伝えるために口を開いた。
「俺は…………」
完