ティラミスと眼差し アスティカシア高等専門学園、公園内のベンチで仲睦まじく昼食を摂るのは、輝くような白いホルダー仕様の制服に、赤い髪をご機嫌に揺らしながらサンドイッチを頬張るスレッタ・マーキュリー。携行食を食べ終え、ストローでパウチに入った栄養ドリンクを無表情で吸っているのは、セージ色の髪、耳にタッセルのピアスを揺らし、黒い袖に優雅なジャボが特徴的な制服姿のエラン・ケレスだ。
スレッタが、大きな口を開けて、サンドイッチの最後の一口を頬張る。ニコニコと笑顔で、もしゃもしゃと咀嚼するほっぺたはリスのように大きく膨らんでいる。そんなスレッタの口の端にはマヨネーズがついてしまっているのをエランは目ざとく見つけた。
「スレッタ」
トントンと自分の口の端を人差し指で叩いてスレッタに伝えるが、
「?」
当の本人はピンと来ていない。その様子に、エランは片手で優雅にスレッタの顎を持ち上げ……
「!?(こ、これは……)」
とスレッタが顔をサンドイッチに入っていたトマトくらい顔を赤くしてぎゅっと目をつぶって次の刺激を待ち構えていると……
「ついてたよ。口の端」
エランがハンカチで丁寧に口の周りを拭ってくれた。
「ふぁ……は、あ、ありがとごじゃます……」
スレッタは真っ赤な顔を隠すように小さくなってうつむき加減でお礼を言う。
「……どういたしまして」
そんなスレッタの様子を受けて、無自覚にエランも照れてしまい、ほとんどわからない程度に目の端と耳が赤くなる。しばし二人でまごまごとしてしまうがフッと我に返ったエランが、ゴソゴソと小さな保冷バックの中から取り出したものをスレッタの目の前に差し出す。
「スレッタ・マーキュリー」
「ふぉ?」
「よければ昼食後のデザートに」
手渡されたのは小さなプラスチックカップに入ったティラミスだ。一緒に使い捨てのスプーンも持たされる。
「い、良いんですか?!」
「どうぞ」
「わぁ〜!私このデザートはじめて食べます!!」
「ティラミスっていうお菓子だよ」
「わ!ふわふわで甘くて、ちょっとほろ苦いのはシロップに浸ったスポンジ?ですか?コーヒーの味がします!クリームはチーズが混ざってますか?上のココアパウダーとマッチしていますね!!わあわあ!おいしい!おいしい!」
饒舌に初めての味を語りながらスプーンを動かす手が止まらないスレッタの様子をエランは優しげに見つめている。日頃彼を『氷の君』と噂するものからは信じられない姿だろう。その眼差しは、ペリドットの瞳がまるで新緑のようにも、いっそ春の陽のように暖かくも感じられる。
「おいしい!おいしい!あ、けど、エランさんは良いんですか?」
「……良いよ。君に作ってきたものだから」
その言葉にスレッタの口は大きく開いたまま閉じることを忘れて、呆けた間抜けな姿になってしまった。動きの止まったスレッタにエランは顎を片手にあててコテンと首を傾げる。なぜ作ってきたのか、理由も告げた方が良いのだろうか……。
「この間のピクニックでたまごサンド、君が美味しそうに食べていたのが……嬉しくて」
エランの言葉にようやくスレッタは遅れて言葉を飲み込み意識を取り戻す。
「つ、作ってきたんですか?!す、すごいです!!エランさん!!」
「ティラミスはそんなに難しくないよ、君は甘いものが好きみたいだから、初心者向けのお菓子はなんだろうって調べたら、これが」
「へ、へ、ほえ〜」
「ティラミスは浸して混ぜて、層にして寝かせるだけだから」
「本当だ、綺麗な層になってます!」
「間のビスケットは市販品だからね……すごくはないよ」
「いえ!すごいです!!それにとっても美味しいです!!」
と同時にずいっとエランの目の前にスプーンに乗った一口分のティラミスが差し出される。
「はいっ!エランさん、あーん」
あまりの唐突さにエランはほとんど無意識に口をあけティラミスを口に入れて頬張ると同時に差し出されたスレッタの手を白い手袋に包まれた大きな手で掴んで引き寄せる。
「ほんとだ……おいしいね」
引き寄せたスレッタの耳元で囁くとぼんっ!と効果音でもしそうなくらいスレッタは真っ赤になってしまった。意識がショートし、そのままフリーズしたスレッタにエランは自分から挑発的、大胆なことをしておいてそれに乗るとすぐに真っ赤になったり慌てる様子が可愛いなと内心でクスクス笑いながら、今のが「間接キス」であることを告げるのは、今日のところはやめておいてあげようと思うのであった。