①鵜野澪&東惣太郎 邂逅編 「この辺りかな?深夜に子どもが徘徊してるって……何日間も何してるんだろう」
まばらに立つ街頭の列に沿い、東は歩を進める。
愛知県某所、時刻は午前四時。
夕方まで町を包んでいた初夏の香りはどこへやら。閑静な住宅街には、重くひんやりとした空気が立ち込めていた。深夜……ともすれば日も出ぬ早朝である。この時間帯に出歩く習慣のない彼にとって、この雰囲気は決して心地の良いものとは言えなかった。
それでも児童相談所の職員として、全うせねばならない仕事がある。暗がりに目を凝らしながら進んでいると、東は一つの影を見つけた。
東惣太郎 : 「……あれ、かな」
東はその影にそろりと近づいた。上背は150cm前後。中学生か、はたまた小学生か。いずれにせよ怯えさせないよう努めなければならない。東はできる限りにこやかに、目の前の少年に話しかけた。
これが東惣太郎と、鵜野澪の出会いであった。
東惣太郎 : 「こんばんは、急にごめんね。今、ちょっとだけお話してもいいかい?」
鵜野澪 : 「……はい。何かご用でしょうか」
東惣太郎 : 「えっと、君はこの辺に住んでるのかな?」
鵜野澪 : 「いえ、普段はこの辺りはあまり」
東惣太郎 : 「結構遠くから来てるんだね。親御さんは?」
鵜野澪 : 「……?なぜ、でしょうか」
東惣太郎 : 「なんでって……一人で出歩くのは危ないんじゃないかなって。時間もすっごく遅いしさ」
鵜野澪 : 「……ご心配なく。そちらこそ、おひとりですか?」
東惣太郎 : (……かわすなあ。虐待の可能性も視野に入れるべきかな)
東惣太郎 : 「うん、僕も一人。ちょっとパトロール中でね、夜出歩いてる子どもに声かけて回ってるの。……あ、決して悪い意味じゃないよ?」
鵜野澪 : 「……それは、素晴らしいですね。私にはお構いなく、他をあたられてください。しばらくこの辺りにいますが、小さな子どもは見かけていませんよ」
東惣太郎 : (君だよ!?めちゃくちゃ他人事だなあ)
東惣太郎 : 「えーっと……君はいくつなのかな?一応お仕事でね、そういうこと聞かなきゃなんだ」
鵜野澪 : 「……?今年で38になりますが」
東惣太郎 : 「もう、からかうんじゃないの。学校はこの辺なのかな。何年生?」
鵜野澪 : 「……。身分証明書をお見せした方が?」
東惣太郎 : 「え……本当なの?……念のため、確認させてもらおうか」
鵜野澪 : 「どうぞ」
東惣太郎 : 「………………」
東惣太郎 : 「………………………………………………」
東惣太郎 : 「……………………すみません…………………」
東惣太郎 : 「ちょっとお顔照らしても?」
鵜野澪 : 「構いませんよ」
東惣太郎 : 「ああ……とんだ失礼を。暗くて顔がよく見えなくって」
鵜野澪 : 「いえ、どうかお気になさらず。遅くまでお務めご苦労様です。こちらこそお騒がせしてしまったようで。申し訳ありません」
東惣太郎 : 「いやいや、謝らないでください!本当にお恥ずかしい……ここ最近、子どもが徘徊していると聞きまして。つい先入観が」
鵜野澪 : 「それは心配ですね。失礼ですが、ご職業は……?」
東惣太郎 : 「ああ、申し遅れました。僕、児童相談所の職員をしてます。東惣太郎と言います。もしかして、ここ何日か深夜に出歩いてるのって……」
鵜野澪 : 「児童相談所。……」
鵜野澪 : 「ええ。調査のためにここ何日かは」
東惣太郎 : 「調査?こんな深夜にですか」
鵜野澪 : 「ええ。作家をしておりまして。作品の参考にならないかと」
東惣太郎 : 「ああ、なるほど。そういうことだったんですか。近隣住民から『夜中に出歩いてる子どもがいる』って報告があったものですから……」
鵜野澪 : 「……そういうこと、なんでしょうね。本当に、ご迷惑を」
東惣太郎 : 「だから謝らないでください、失礼を働いたのはこちらなんですから。でも、何事もなくてほんとに良かったです。ご協力ありがとうございました。本部にも連絡を…………あれ?」
鵜野澪 : 「どうかなさいましたか?」
東惣太郎 : 「携帯が、ない……」
鵜野澪 : 「え?……どこか心当たりはございますか?」
東惣太郎 : 「えっと、車から降りたときは確かありましたが……一時間半ほど、歩き回ってたので……」
鵜野澪 : 「……。一緒にお探し、しましょうか」
東惣太郎 : 「えっそんな、手間をかけるわけには……ああでも………いいんですか?」
鵜野澪 : 「携帯なら鳴らした方が早いかもしれませんし。ご迷惑をお掛けしたお詫びということで」
東惣太郎 : 「あ、ありがとうございます!ほんとに助かります。番号は、090……」
〜続〜