Kiss me, Kiss you キスしたい……。
薄い唇から覗く紅い舌が、指先に付いた鶏の脂とタレを舐め取った。
藤丸に教えてもらった居酒屋で、アルジュナとカルナは食事をしていた。
アルジュナの正面に座るカルナは、両手が脂で汚れるのも厭わず手羽先のから揚げに齧り付く。パリパリに揚げてスパイスの効いた甘辛いタレを絡めた、この店オススメの一品だ。当然、ビールとの相性は最高であり、追い唐辛子をしても実に美味い。
この居酒屋は鶏料理が充実しており、手羽先餃子や焼き鳥各種、特製味玉をも堪能した中で、カルナは手羽先のから揚げが気に入ったようだ。二皿目を注文して、全部食べても良いというアルジュナのお言葉に甘えてもりもりと手羽先のから揚げを食べている。
じっ、と。熱々のうちにと、手羽先のから揚げに集中しているカルナを肴にアルジュナは清酒を一口飲んだ。
ペロリ。カルナの舌が唇に付いたタレと白ゴマを舐め取り、汚れた指先に吸い付いた。
『……キスしたい』
チュっと、手羽先のタレと脂に吸い付いたカルナの唇に、キスしたいと思った。
ケアという行動に無頓着なはずなのに、カルナの唇はいつも柔らかく瑞々しい。ブランド物のグロスをPRする蠱惑的な唇をした女優やモデルたちよりも、薬用リップクリームですら塗らないカルナの唇の方がアルジュナにとっては酷く魅力的だ。
その唇にそっと触れて、食むように吸って。カルナはもっと深いキスがしたくなると、積極的に舌を出してきてアルジュナと競うように絡めて来る。
あのキス、したいな……。
ほろ酔いの思考の中に湧き出て来た欲がむくむくと大きくなっていくと同時に、理性は「おい待て」とストップをかけてきた。
今、この場は居酒屋であり、公共の場であり、隣のテーブルでは男女4人のグループが楽しそうにお酒を楽しんでいる。このような場で、あまり大っぴらにイチャついてはいけない。
そして、今、この瞬間にキスをしたら確実に手羽先味だ。スパイシーで果実の甘味も感じるタレの味に、更には白ゴマも付いて来るかもしれない。
ムードもなければ色気もない。駄目ですよ、これは駄目ですよ……恋人との雰囲気を大事にする男、アルジュナ。性欲が湧き出て酒精の勢いに流されそうになったが、理性が勝った。よくやった理性。
「アルジュナ、大変なことに気づいてしまった」
「……ん」
「この手羽先はビールに合う。だが、きっと米にも合うはずだ!」
「そう言えば、鶏五目の炊き込みご飯がまだ来ていませんね」
「炊き込みご飯のために、手羽先を残しておこう。美味い、この手羽先は美味いぞ」
それから数分後に鶏五目の炊き込みご飯がやって来て、カルナは炊き込みご飯に手羽先のから揚げを乗せて美味しくペロリと平らげた。それから、それぞれもう一杯ずつ注文してお会計。お値段も悪くはないので、またあの手羽先を食べに来ようか。
『帰ったら、シャワーを浴びて歯を磨いて……』
キスしたい。
カルナが良いなら、キスしてその先も……しっとりと湿った風が、酒で火照った頬を撫でる。紙ナプキンでしっかり拭ったカルナの唇をちらりと覗き見ると、カルナがこちらを向いた。
咄嗟に視線を反らそうとしたが、カルナはアルジュナとの距離を詰めて来る。お互いの吐息と、飲んだ酒の臭いもはっきりと分かるほどの距離まで縮まると、カルナがアルジュナの唇にキスをした。
あ、そこまで手羽先味じゃない……。
「……何故、キスをした」
「? おまえが言った」
「っ、言ってない!」
「いや。キスしたい言う顔をしていた」
「なっ……!」
「オレもそれぐらいは察せる」
自分はそんなに顔に出ていたか?
カルナの唇を凝視していた覚えはあるが、そんなに分かりやすかったか……?
まさか、カルナ(朴念仁)に顔色を読まれてしまうなんて……!
ほろ酔いでドヤ顔をしているカルナが妙に腹立たしい。
「私は、手羽先味……美味かったが、あのタレ味のキスは嫌だった。歯に白ゴマついているかもしれないし」
「オレはあのタレが気に入ったぞ」
「でも、キスはそこまでタレの味じゃなかった」
「炊き込みご飯とレモンサワーで漱がれたようだな」
「帰って歯を磨いてからにしようと思ったが……」
もう我慢しない。
カルナの頭をぐいっと引き寄せると、カルナも求めるようにアルジュナの腰に腕を絡めて身体を密着させる。月も雲に隠れた空の下で、キスをした。
そっと触れて、薄い唇を食むように吸って。カルナが舌を差し出して絡めて来ると、もっと深くお互いを求めてキスをした。
「……もっとキスしたい」
「帰るぞ。続きはそれからだ」
手羽先を食べていても、カレーを食べていても、いつでも君とキスがしたい。