ゲドウ⑯リーバルとテバはリトの馬宿へ向かっていた。
聞けばテバはリーバルに憧れているらしく、語り継がれているリーバルについての武勇伝や詩を語った。
その中にはリーバルに覚えのある話もあったが、時たま知らない話も出てくる。
伝承がねじ曲がったのか、もしくは自分と似た境遇の誰かなのか。
リーバルは話半分に聞きつつも、真っ直ぐな称賛に悪い気はしなかった。
「ハイハイ、テバの話が聞きたいなら順番に並んでよね」
目的地に着くと、リーバルとテバは戦士達が貸し切って混雑した馬宿の人混みをかき分け奥に進んでいった。
大仕事を終えて帰還したリーバルとその救世主。二人を労る宴だというが、ようは皆久々に羽目を外したいだけだ。
未来の世界からやってきてリーバルを救ったというテバの経緯を聞き、興味津々の戦士達が首を伸ばす。
「とうとうリーバルを越える戦士が現れたってか!」
「あのお前がくたばりかけたって?空から槍でも降るっていうのか?」
軽口が飛び交う中、リーバルは気にせずぐいぐいと割り進み、その後ろにテバは付き従った。
リトの戦士達はプライドは高いが、一度懐に入ってしまえば気軽な連中だ。
喧嘩っ早いが細かいことは気にしない。
個々人よりも種族全体としての帰属意識が高く、仲間の幸福や不幸を自分事のように笑い悲しむ。
リーバルは確かに村で一番の実力者だが、崇めるべき孤高の存在だと思っている者は誰もいない。リーバルのような強者がいるということは、リト族全体の戦闘力が底上げされるということ。
テバについて100年後からやってきたなどという突拍子もない話を聞かされても、それが実力のある強いリトの戦士だというだけで、皆の中には歓迎ムードが漂っていた。
テバに向けられる好奇の視線に混じって、人混みの奥からリーバルの方へ熱い視線を投げているものがいる。
テバは、さすが英傑様は男も惚れさせるのだなあと呑気に思っていた。
最奥の席にたどり着くと、テバは族長だという男を紹介された。
茶色っぽいまだら模様の羽根に、先端の曲がった鋭い嘴。
族長にしては歳若く見えたが、テバよりは一回り上だろう。
テバのいる時代の族長、カーンとは似ても似つかない姿をしている。カーンの父も族長だったというから、更にその前の族長だろうか、とテバは思った。
「リーバルを助けたんだって?リト族最高の戦士を救ってくれたこと、一族を代表して感謝する」
族長は鋭い目を閉じると深々と頭を下げた。
「いえ、まさか英傑様のお役に立てるとは。こうして運命が交わった奇跡に感激していますよ。俺のいた時代ではリトの子供たちはみんなリーバル様の逸話を聞いて育ち、男なら誰でもその姿に憧れたものです」
「英傑様、リーバル様、か」
族長はテバの声を聞き笑い声を立てた。
「100年後もリーバルの名前が残っているのか?」
「それはもう」
「そうか。あいつは …英傑として名を残しているのだな」
安心したような、含みのある言い方。テバははたと思い至ると尋ねた。
「もしやリーバル様のお父様ですか?」
「ハハ、違ぇよ。寝床の提供はしていたが」
気のない言い方だが、その瞳は優しげに細められた。
「俺も一人の子を持つ父親なんです。素晴らしい戦士を育てたコツを聞かせて欲しい」
「俺は見守り、必要なものを与えただけだ。子は勝手に育つ 。手綱を握るのは無理だったな」
やれやれといった様子で、族長は隅の方でリト隊長と話すリーバルに視線を向けた。
***
「ようやく捕まったと思ったらくたばりかけて、しかも新しい男を連れてるってか?」
リーバルは壁にもたれ、自分に影を落とす大柄な男を呆れたように見上げた。
「違うよ。そういうんじゃない」
「でもお前の好きそうな体格だろ。相手にされてないならうちに来いよ」
屈託なく誘うリト隊長に、リーバルはううん、と困ったように目を瞑る。
「テバの中の理想を壊したくないし…」
「お前がそんなことを気にするタマか?」
リト隊長が一歩近づいた。リーバルの倍以上はあろうかという大きな身体。同じく大きな手は片手だけでリーバルの身体全部を包み隠してしまえるほどだ。
「…気に、しないけど」
熱を持った視線に絡めとられ、思わずリーバルは絆されそうになる。自分より大きな身体には滅法弱い。
リーバルを丸ごと閉じ込められる程の大きな身体は帳となって、浅ましい自分を世界から覆い隠してくれるような気がする。文字通り全身を包み込まれる生温さは胎内にいるかのように心地よくて、何よりアレはデカい方がいい。
バカな遊びをするのなら痛いくらいが丁度いい。
リーバルか邪な想像から逃げるようにテバの方を見ると、テバもこちらを見ていた。
「よそ見するなよ」
リト隊長の大きな翼で、リーバルは顔ごと覆われて引き寄せられる。
「ちょっと!ダメだってば」
小声で言い合う二人を見かねて、テバが席を立った。
「どうされたんですか?」
「え?別になにも?ねぇ?」
同意を求めるようにリト隊長を見上げ、焦るリーバル。
どうも、と人好きのする笑顔を浮かべたテバがリト隊長と握手を交わす隙にリーバルは二人から距離を取った。これ以上ここにいるとボロが出る。
突然「帰る」といったリーバルはさっさと出口に向かって歩き出した。
テバはリーバルに着いていった。
騒ぐ戦士達の間をすり抜ける間にも、すれ違いざまにリーバルの手を意味ありげに机に縫い止める者がいて、リーバルは何事か小声で話しながら、しまいには「あああ!」と喚くと両手を上げてしまった。
テバは英傑の思いがけない姿を意外に思いながら見ていた。
ようやく外に出ると、リーバルは着いてきたテバにジトりとした後ろ目を向けた。
「君はまだいなよ、僕はもう帰る」
「いや・・・俺が興味があるのは貴方ですから。それにしても・・・随分と遊んでらっしゃるようですね?」
それを聞くと観念したリーバルは、はぁー、と深い溜息をついた。テバに向き直り、鋭く目を細める。
猛禽類のような、まるで捕食者のような目だ。音もなく一歩踏み出してテバに触れるほど近づくと、その金色の瞳を見上げ、指先でその喉に微かに触れた。
「…喉が乾いてしかたがない。どうしたらこの渇きを止められるんだ?君は大人だから知ってるんじゃないの?ねぇ、教えてよ」
テバの喉がゴクリと上下しリーバルの指先にその感触を伝えた。
凍り付けにされたように固まったテバは、ようやく声を絞り出す。
「…お遊びも結構ですが、やりすぎると恨みを買いますよ」
すると、リーバルはコロリと表情を変えて一歩下がり、にっこりと目を細めた。
「本気になったヤツと妻帯者とは寝ないよ。君の中の英傑様はどうやら僕とは違う人物みたいだな」
ピリピリとした緊張感から解放され、テバは内心胸をなでおろした。飲み込まれるかと思った。この歳で出せる色気じゃない。一度深呼吸して気持ちを切り替えると、テバは言った。
「いえ…貴方の技を見ておいて疑う余地もありませんよ。それより…俺は今ここにいる貴方自身と向き合いたいと思っています」
リーバルを真っ直ぐに見つめる真面目な瞳。誰かに似ているような気がして、リーバルは嫌そうに顔をしかめた。
「説教なら族長から聞き飽きてるから結構。
皆君に興味津々みたいだら戻ってやってよ。色々教えてやってくれ」
そう言うと今度こそリーバルは去っていった。
***
翌日、二人はメドーに乗り込んだ。
カースガノンにバリアを破られて以来、メドーの内部には誰でも入れるようになっていた。
だが、操れるのは限られたものだけだ。
どうやらメドーは、テバに心を許したらしい。リーバルに次ぐ第二の繰り手となった。
「君もメドーに認められているみたいだね。僕がいなくなったらコイツはどうなるんだろうと思っていたから、そういうリトがいると知って安心したよ」
「いえ、恐らくメドーに乗れるのは貴方の影響かと思います。100年後の世界で俺はメドーに・・・ 乗り込むことはできませんでしたから」
リーバルは言い淀むテバを不審気に見たが、
そう、と言ってメドーの機体を愛おしげに撫でた。そうか、100年先の世界でも君は僕を選んでくれるのか・・。
魔物の拠点を次々と撃破するうち、リーバルはテバに尋ねた。
「君のいた世界にもイーガ団はいるのか?」
「いますよ。こちらにもいるんですか?見かけないですね」
「うん」
聞いてどうするというのか。リーバルはそれ以上言葉を続けることはなかった。
突如目前で風が渦巻き出した。その中心が青く光りだし、忌々しい形を作り出す。
風のカースガノンが再び現れたのだ。バリア機能の弱まったメドーは次々と砲撃を受けた。
小回りの効かないメドーでは、至近距離からの攻撃に対応するのは厳しい。一度距離を稼ぐ必要があった。
「俺が陽動します」
今にも飛び立とうとするテバに、目を鋭くしてカースガノンを睨み付けていたリーバルは前に出た。「いや・・・僕がやる」
テバがメイン制御端末の前に陣取り、用意が整った。いい天気だ。湿度も申し分ない。圧倒的な脅威に立ち向かうリトの戦士二人を、カラリと晴れた青空が祝福している。これはリトの空。他の者に奪われるなんてありえない。
リーバルはしっかりと締められた矢筒のベルトに触れ、膝を曲げて地に両羽根を低く広げた。
風が集まってくる。
リト族の中でもリーバルだけが扱える技。100年経ったテバの世界でもそれは変わらない。目指すのは、カースガノンが作り出すものよりももっと鋭い竜巻だ。
テバは、寝物語に聞かされてきた幻の技が今まさに目前で披露されようとする瞬間に瞬きすら忘れた。想像していたよりもずっと力強い、殴るような重たい風がリーバルの周囲に円を描く。
吹き荒れる風の中、リーバルは言った。
「テバ。君が語るお伽噺の中の男より、僕の方がずっと素晴らしい戦士だということを証明しよう」
静かな、有無を言わせない声だった。
あぁ、やはりこの人こそが俺の憧れてやまない英傑だ。
込み上げるものをテバが噛み締めると、
リーバルは矢を射るよりも疾く、高く高く舞い上がった。