ケドウ⑱ハイラル平原で何人ものイーガ団が倒れているという町民からの報告があった。
時刻は日暮れに差し掛かっていた。
日中それなりに大規模な作戦があって、討伐に行った部隊は殆どがまだ戻ってきていなかった。
戦闘にはならないと思われたが、万が一のことを考え数人の兵士に加えリンクも付いて様子を見に行くことになった。
「なんだこれは…」
現地に着くと、リンクはハイリアのフードを外して辺りを見回した。
踏み荒らされた草地には、なにか大きなものが戦った跡。少し離れた所では、十数人の暗赤の装束の者達が置物のように倒れていた。
リンクは警戒しつつ動かないイーガ団員の首に指を当てた。脈がない。
外傷は見当たらない。仮面をずらして顔を確認すると、皆一様に何かに怯えたような表情をしている。
「わあぁ?!」
突如兵士の悲鳴が上がった。にわかに騒がしくなった背後をリンクが振り返ると、剣を構えた兵士達の間を素早く移動する黒い影。兵士達は次々となぎ倒されていった。
リンクは倒れ込む兵士に駆け寄った。咄嗟に受け止めて確認すると、どうやら峰で首を打たれ昏倒させられたらしい。
突如、殺気。リンクが反射的に剣を構え顔を上げると、落ちかけた陽で僅かに光る刃が空から降ってきて、マスターソードとぶつかり甲高い音を立てた。
「待て!戦いにきたんじゃない」
それは夜よりも黒い羽根を持つイーガ団のリトだった。
聞く耳を持たず、立て続けにリンクに襲いかかる。
リンクは武具のベルトを外しながら距離を取ると地面に弓も盾も落とし、ついでにマスターソードも放り投げた。
「調査に来ただけだ」
リトは両手を軽く上げたリンクの姿を見ると攻撃の手を止めた。
リンクを無視するように倒れたイーガ団員に近付き、恐怖に見開いた目を閉じさせ仮面をつけ直した。胸の中央に札を押し付けると印を結ぶ。
キッとリンクを睨み付け、「見張ってろ」と言い残すと、リトと団員の姿が消えた。
少し経つと、リトは一人でまた現れた。
「何してるんだ」
「然るべき場所に埋葬するために一時移動させてる。ハイラル人には触らせない」
リトはそう言いながら再び次の団員へと近付こうとしたが、その脚はもつれよろけた。リンクが支えると、「意識のないものを動かすのは気力がいるんだ」と悔しげに言う。
「何があったか知っているのか」
リンクが尋ねると、リトはその手を煩わしそうに振り切った。
「鳥達に聞いた。あのクソ占い師の野郎だ、 団員の体の中から何かを取り出した途端に皆こうなった。多分生気とか魂とかそんなものだ…ここにあるのはもはやただの器。ふざけやがって…初めから怪しいと思ってた。誰も僕の話を聞かずに…畜生、僕がいれば……許さない…殺してやる…」
「落ち着け。俺もその占い師と戦ったことがある。一緒に仇を取ろう」
リトははたと立ち止まると、リンクがいた事に今初めて気づいたように振り返った。
「その手には乗らない。協力するというのならそこで見張っておけ」
リトは再び団員を移動させる作業に戻った。面を少し上げ、顔を見ないようにして空いた隙間から手探りで瞼を下ろす。一人一人時間をかけて運んだ。これも弔いの内。リンクは手を出さず見守っていた。
日が完全に落ちた頃、最後の一人を運び終えたリトは、ハイラル平原に戻るなり膝を付いた。
「はぁ…クソ……」
駆け寄ろうとすると、小刀の柄に手をやりリンクを牽制してくる。
「…目撃者を生きて返す訳には行かない」
ぶわ、と殺気が立ち上った。突然態度を一変させたリトが懐に飛び込んできた。
リンクは身体を横にして刃をすかし、逆の手で腕を掴む。
「何を言っている。兵士達すら殺していないじゃないか」
そう諭すと、リトは動揺したように嘴を震わせた。
「そうだ… そうだな……。前の僕なら殺せたはずなんだ…なぜ僕は…」
リンクはいつかのようにリトを抱き締め、二人して草むらに倒れ込んだ。頭を抱き込み、落ち着かせるように長い髪を撫でつける。
リーバルの髪と同じような質感。ふわりと軽くてするすると指の間から零れていく。リトは皆こうなのだろうか。
長い時間そうしていたような気がする。
リンクにはリトに言おうか言わまいか迷っていたことがあった。頬を撫でる風が冷たくなってくる頃、リンクはようやく口を開いた。
「…この前俺とやってみたいと言っていただろ。
考えたんだが…俺もそう思ってる」
「はぁ…?」
リンクは呆けたような様子のリトの上に覆いかぶさった。
頬羽根を撫で、乱れた髪をすくって口を寄せた。
「会う度にその顔も声色も忘れてしまう。だから見せて、聞かせてくれ。離れていても思い出せるように」
リンクの指が仮面の端にかかると、息を飲んでされるがままでいたリトは辛うじてその手を引き止めた。目をやれば未だ昏倒している兵士達。それにリトは今仲間の遺体を運んだばかりなのだ。
「この状況で?きっちり締まってた頭のネジはどこへやったんだ?」
「ある人に預けていたんだが、取り返してみたらもうはまらなかった」
嘴の付け根に唇を寄せると、リトは逃げるように顔を逸らした。だが、閉じ込めた腕の中から抜け出す様子はない。
首筋に顔をうずめ、艶やかな羽根に触れるだけの口付けをした。触れた鼻先で仄かに香が香り、誘われるように地肌を探り当て歯を立てると、リトの身体がビクリと震え、嘴からは湿度を持った吐息が漏れた。
リンクは木に背を預けさせるようにしてリトを立ち上がらせた。
目を閉じて、服の合わせ目を探るように手を這わせる。背中に背負う目の形を模した鎧のベルトを外した。
どくどくと血が全身を駆け巡り、指先の震えを悟られぬようことさらゆっくりと腰の後ろの紐を解く。リーバルの服を脱がせた時のように、慎重に触れる。
リトは息を潜めリンクの様子を見守っていたが、突然喉を震わせると笑い声を上げた。
「ここまでイカれてるとは思わなかった」
「あぁ…そうみたいだ。最近気付いた」
「そんなイカれ野郎はまぁ、嫌いじゃない。だが」
リトはリンクの胸をトンと押して密着する身体を離れさせた。リンクが閉じていた目を開くと、光源のなくなった視界でリトの黒い羽根が闇に溶け込んでいた。
「マナーがなってないな…明らかに他人の代わりをさせられるのはごめんだね。嘘でも相手に夢中だというフリをしなけりゃあな、遊びでも…」
リンクの耳元に嘴を寄せたリトはそう囁き、リンクの額に札を押し付けた。
視界が暗くなり、リンクの記憶はそこで途切れた。