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    niesugiyasio

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    niesugiyasio

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    原作軸エルリ連作短編集『花』から再録③『秋』
    団長と兵長の秋のひととき。それを後に振り返る兵長。

    落ち葉が風に舞う。ついこの前までいちめん黄金色だった麦畑がすっかり刈り取られ、土が見えている。
    脱穀した麦を詰めた袋を積んだ馬車とすれ違う。市場の方へ向かっているのだ。りんごやじゃがいも、かぼちゃを運ぶ馬車が後に続く。
    「秋は実りの季節とも言われる」
    景色を見ながらエルヴィンが話す。彼の目の先、収穫後の麦畑の向こうには梢に申し訳程度の葉を残した木が立っている。何の木なのかはリヴァイには分からない。
    「そう思うか? リヴァイ」
    独り言みたいなものだろうと聞き流すつもりでいたら、急に話を振られたのでびっくりする。透徹した青い双眸がリヴァイに向いている。
    「あいにく地下育ちでな。季節には詳しくねぇ」
    エルヴィンがもとより大きな目をいっそう大きく見瞠く。興味を示したようだ。
    「地下街ってのは、一年中、大して温度が変わらねぇ。日が差さねぇせいで病気になったりとかもあるが、冬の厳しさをやり過ごすには良かったんだろうな。地上に出てきて冬を越せるかどうかってのが大問題だと知った。食い物に困るだけじゃなく、凍え死ぬ可能性があるんだよな。秋は収穫の時季なんだなってのは見てて何となく分かるが、でも他の季節も何もとれねぇってことはねぇだろ。だから、要するによく分からねぇんだが」
    エルヴィンが大きく頷いた。エルヴィンはせっかちなところがあり、口下手ゆえに長くなりがちなリヴァイの話など時に遮られてしまうが、今日は聞く気があるらしい。
    「だがそんな俺にも分かることがある。調査兵団第十三代団長のエルヴィン・スミスとかいう野郎は秋を実りの季節とは思ってねぇということだ」
    「まるきり思っていないわけではない」
    「まわりくどいな」
    リヴァイは小声で言っておいた。
    「秋はある意味、死の季節ではないかと思うのだ」
    リヴァイは死の季節なら冬という気がした。それは、より死にやすいという意味でだ。地上で生きるようになって強く感じるようになったことだ。シガンシナが襲撃を受け、人類がウォール・マリアを失った年の冬はひどい食糧難に見舞われた。餓死者を減らしたかったのだろう、政府は口減らしの策として人口の二割をウォール・マリア奪還作戦と称して壁外へ追いやった。調査兵団はその指揮を執らされた。
    しかしエルヴィンの捉え方は違うようだ。リヴァイは「ほう」と先を促した。
    エルヴィンは辺りの地面を眺め回していたかと思うとしゃがみこみ、何か拾い上げると立ち上がった。彼の手にあるのは麦の粒だった。すれ違った馬車から零れ落ちたものだろう。
    「春に撒いた種が実った結果がこの麦だ。そう考えれば、たしかに実りの季節といえる。だが本当にそうだろうか? それだけだろうか?」
    エルヴィンの物事の見方は常に多面的だ。
    「これを実らせた麦はどうなった?」
    麦畑を見る。刈り取られ、根元だけが残っている。
    「その一生を終えたのではないか?」
    「ああ、そういうことか」
    リヴァイにも合点がいった。この畑で芽を出し、育ち、穂をつけた麦はもうその一生を終えている。刈り取られた後の枯れ色の根元が残るのみだ。
    「つまり俺には、秋は死を思わせる季節なんだ」
    エルヴィンは麦畑の方を向いている。
    「死は、定めだ。誰もがいずれ死ぬ」
    その目に映っているのは今ここにある景色ではなく、既に亡い誰かなのかもしれない。
    「ならば、なぜ人は生まれてきたのだと思う?」
    「また難しいことを言い出しやがったな」
    「考えないか?」
    「ああ。考えるとしたら、どうやって生きていこうか、だな。なんせ、もう生まれてきちまったんだから、いまさら考えてもどうにもならねぇだろ」
    「ならば、何のために生きているのかと考えることは?」
    「あいにくそんなことを考えるほど暇じゃなくてな。だがお前も暇じゃあねぇだろうに」
    「ときにはこうしたことを考えもするだろう」
    「俺は、ねぇな」
    エルヴィンは少々落胆した様子だ。冷たくあしらってしまったかと気が咎めて、考えたことがないなりに話してみることにする。
    「ここは来年また麦畑になるんだよな。今年実った麦を植えて。オイ待てよ、食っちまったらどうなる?」
    「翌年植える分は分けて出荷するんだ」
    「食う用と来年植える用に分けるんだな」
    「そうだ」
    「人間を生かすか、次の年の麦になるかってとこか」
    道の先を見る。さっき過ぎて行った馬車が小さく見える。
    「かぼちゃはでかい種があるよな。土に埋めたら蔓のようなのが伸びてまたかぼちゃができるんだろう。りんごは何年かかかりそうだが。オイ、そうだ、思い出したぞ、じゃがいもを植えたことがあったじゃねぇか。切って埋めといたら芽が出てきた」
    トロストに移って来た直後は深刻な食糧不足から調査兵団も自ら畑を耕した。
    「分かってきたぞ。生まれてきたのも生きているのも種を残すためなんじゃねぇか? ガキを残すとかそういう意味じゃなくてな」
    なぜなら、とリヴァイは先を続ける。
    「死んだ奴らの残した種がここに残っている」
    リヴァイは拳で胸を叩いた。はからずも『心臓を捧げよ』の敬礼の仕草と同じになった。お前の遺した意志が俺に力を与える。絶命した兵士達にリヴァイは何度となくそう声をかけてきた。
    「地下街にいた頃は思わなかったようなことを思うようになったのはそのせいだろう」
    昔のリヴァイは世の中にほとんど無関心だった。巨人を絶滅させようなど思いもよらなかった。
    「まあそうは言っても俺は何のために生きているかとかは考えねぇけどな。それよりどうやって生き延びるかの方がだいじだとしか思えねぇ。だがお前のように脳みその容量が多いと色々考えちまうんだろうな」
    エルヴィンの顔を見上げる。彼は手も足も大きいが頭も大きい。
    「で、どうなんだ? なぜ生まれてきたのか、何のために生きているのか、答えを聞かせろよ」
    「答えが出ていたらお前に訊くと思うか?」
    「お前のことだから、俺というなんにも考えねぇ馬鹿野郎にたまには何か考えさせてやろうとなぞなぞをふっかけてきたんだろう」
    「そんな裏はない。考えたが結論に至らなかった。悩むたちなんだ」
    「お前のように頭の回転が速いと例え悩んでもあっという間に解決しちまいそうだが、そうもいかねぇのか。というかお前がそんなことで悩むのが意外だよ」
    「悩みがなさそうに見えるか」
    「そうじゃねぇよ。何のために生まれてきたか、何のために生きているのか。その辺りの答えははっきりしてそうに見えるってことだ」
    「はっきり、どうだと?」
    「人類のためとか、人類を救うためとか、そういう感じだ」
    この答えをリヴァイに言わせるのがエルヴィンの狙いだったのではないか。そうも考えられた。
    エルヴィンは押し黙った。それから、「そうだな」と吹っ切れたように表情を緩める。
    「人類のためだ。人類を救うためだ」
    不敵な笑みを浮かべる。さっきまでの、悩み多き青年のような顔つきは影をひそめる。この団長についていけば、俺達は人類を救うことができる。兵士達にそう思わせる、調査兵団団長エルヴィン・スミス。
    エルヴィンが足を踏み出す。彼は前を向いている。リヴァイはその後ろ姿を見た。頼もしい背中がリヴァイに安心感をもたらす。
    遠くに壁が見える。ウォール・ローゼ。その向こうには失われた大地がある。

    リヴァイは書類作成の手を止めた。最終奪還作戦より帰還し、戦死者についての報告書を作成している途中だった。入団年次ごとに綴られた兵士の身上書でエルヴィンの生年月日が目に入り、いつかの秋の日にかわした会話を思い出した。なぜ生まれてきたかというようなことを考えていたのは、誕生日が近いか或いは当日だったからなのかもしれない。
    人類のため。人類を救うため。
    勝手に決めつけて悪かったな。リヴァイは悔いる。きっと、あの時に限らず一事が万事そんな調子だった。だが、どうしようもない。当時、リヴァイの目にエルヴィンは一心に人類を救おうとする男に見えていたのだから。
    後から思えば、自らに言い聞かせるような物言いだった。恐らく彼自身、そう信じ込んでいた。
    そう思ってなきゃやってられなかったんだな。
    人類を救う。そんな陶酔なくしては耐え抜けなかった。
    「どうかした? 何か問題発生?」
    手が止まっていたのを隣の机で作業していたハンジに見咎められた。ハンジがリヴァイの手許を覗き込む。
    「ああ、エルヴィンの」
    ハンジは押し黙りながらも何か言いたげな顔をリヴァイに向けた。口を開けようとしては閉じる。喉元まで出かかっているのを堪えているのが見て取れる。
    「いや、やめておこう」
    普段より低い声でそう言うとハンジは「休憩行ってくる」と席を立った。ドアを閉める間際に「ウンコじゃないからな」と冗談めかす。
    どうしてエルヴィンに注射を打たなかったの。ハンジが言いたいのはそんなところだろう。リヴァイを問いつめたい気持ちを抑え込んでいる。理由を話すことはできない。エルヴィンがリヴァイにだけ吐露した本音を明かすつもりはない。ずっと胸に秘めておく。ハンジはその目で見てきたエルヴィンの姿だけを覚えていればいい。それはエルヴィンの見せたかった姿でもあるのだから。
    あの日のハンジの声が耳に蘇る。
    私達にはまだエルヴィンが必要なんだ! 希望の灯火を絶やしてはならないんだよ!
    フロックの声もだ。
    巨人を滅ぼすことができるのは悪魔だ! 悪魔を再び蘇らせる……それが俺の使命だったんだ!
    リヴァイも彼らと同じだった。そう気づかされた。
    希望の灯火とするために、あるいは悪魔の役をやらせるために、生き返らせようとした。なおもエルヴィンに頼ろうとした。重責を担わせようとした。だがリヴァイは思いとどまった。
    エルヴィンは、心のままには生きられなかった。真意は隠し続けるしかなかった。どんなにか重荷だっただろう。どんなにか苦しんだだろう。もっと早くに気づいてやれなくてすまなかった。
    もう詫びることもできない。贖うことのできない罪だ。
    誓いを果たせたなら、獣の巨人を討てたなら、せめてもの埋め合わせになるだろうに。
    今は追う手立てすらない。ただ歯噛みする。
    窓がカタカタと音を立てた。みぞれ混じりの強い風が吹きつけている。

    季節は巡り、また秋が訪れた。冬の間に巨人を掃討し、春には民間人もウォール・マリアに出られるようになった。うち捨てられていた道が整備され、荒れた農地が再び耕された。決戦の地であったシガンシナにも再び人が住み始めている。
    人類はウォール・マリアを取り戻したぞ。すべて解決したわけではないが、少なくとも食糧事情は良くなるはずだ。これはお前の手柄だ。
    黄金色の麦畑を前に、リヴァイはエルヴィンのことを思っていた。
    お前とこの景色を見たかったな。
    身勝手な思いだ。だが心の中で思うだけなら許されるだろう。
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    niesugiyasio

    PAST原作軸エルリ連作短編集『花』から再録15『空』
    終尾の巨人の骨から姿を表したジーク。
    体が軽い。解放されたみたいだ。俺はこれまで何かに囚われていたのか? 空はこんなに青かっただろうか?
    殺されてやるよ、リヴァイ。
    意図はきっと伝わっただろう。
    地鳴らしは、止めなくてはならない。もとより望んだことはなく、地鳴らしは威嚇の手段のつもりだった。媒介となる王家の血を引く巨人がいなくなれば、行進は止まるはずだ。これは俺にしかできないことだ。
    エレン、とんだことをやらかしてくれたもんだ。すっかり信じ切っていたよ。俺も甘いな。
    また生まれてきたら、何よりクサヴァーさんとキャッチボールをしたいけれど、エレンとも遊びたいな。子どもの頃、弟が欲しかったんだよ。もし弟ができたら、いっぱい一緒に遊ぶんだ。おじいちゃんとおばあちゃんが俺達を可愛がってくれる。そんなことを思っていた。これ以上エレンに人殺しをさせたくないよ。俺も、親父も、お袋も、クサヴァーさんも、生まれてこなきゃよかったのにって思う。だけどエレン、お前が生まれてきてくれて良かったなって思うんだ。いい友達を持ったね。きっとお前がいい子だからだろう。お前のことを、ものすごく好きみたいな女の子がいるという話だったよな。ちゃんと紹介して貰わず終いだ。残念だな。
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    MAIKING親リWEBオンリー『3度の飯より君が好き‼︎』への参加作品として書いています。
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     こんな風に相手を観察しているとまるで冷静なようだが、今の私に冷静さなど欠片もない。動揺の色どころか動揺という概念そのものにでもなったようだ。正直に言えば、目の前の光景は夢なのではないかとすら思っていた。だって、あれほど会いたくて、しかし会えなくて、焦がれ続けた相手との再会がこんな風にやってくるなんて。都合の良い夢でなければなんだというんだ。
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