今日のダンスレッスンは一段とハードだった。息が整わなくて、立っているのがやっとな始末。コーチの先生が帰ったのを見送ると、気が抜けたのか僕はその場にずるずると蹲ってしまう。
「想楽!大丈夫ですか」
「うん…なんとかー…」
「水分補給しな。水はあるかい?」
「あー…さっき飲みきっちゃったー…」
「私が買ってきます。雨彦、想楽を頼みますね」
クリスさんはレッスン室の外の自販機へと向かった。ぐったり座り込んだ僕の横で、雨彦さんが書類を挟んでいたファイルを扇いで風を送ってくれる。生ぬるい風はあまり汗を引かせてはくれなかった。
「…これでも、体力ついてきたと、思ってたんだけどなー…」
「安心しな。今日のは俺でもきつかった。ついてこれるなら大したもんさ」
「…雨彦さんでも?」
ぱたぱた、頼りない風を寄越す雨彦さんを覗き見る。相変わらず涼しそうな顔だけど、額には汗の粒がいくつも浮いていた。僕もだけど、雨彦さんも同じくらい汗だくだ。タオルで拭っても追いつかない。
「…汗、かいたねー」
「ああ、シャワーを浴びないとな。そしたらあとは帰るだけだ。もう少しだけ頑張んな」
シャワー。そうか、シャワーかー。
丁度見つめた先で粒のひとつが流れ落ち、雨彦さんの首筋を伝っていった。
それが、なんだか、有り体に言えば、むらっときてしまって。
「…雨彦さん」
「ん?」
「今、抱きつきたいって言ったら困りますー?」
雨彦さんの仰ぐ手が止まった。表情は変わらないけど、どう答えようか迷ってるような沈黙。
「…汗くさいと思うぜ」
「だから、だよー。…わかってるでしょー」
シャワーの話題の後に言ってるんだから、雨彦さんにだって僕の意図は伝わっているはずだ。じっと視線を送れば、珍しく目を泳がせてこめかみを撫でていた。雨彦さんを困らせている。少しだけ、してやったりという気分になる。
「なんてねー。安心して、やらないからー」
「…そうかい。考え直してくれてなによりだ」
「今はねー。…止まれなくなっちゃいそう、だしー」
「は、」
言いかけた雨彦さんの言葉は、「お待たせしました!」とレッスン室へ戻ってきたクリスさんの声で打ち消された。
「ありがとークリスさん」
「人数分ありますから、雨彦もどうぞ。持ち込んだ分では足りなかったでしょう?」
「ああ、助かる。ありがとな」
冷たい水が喉を通っていくと生き返ったような心地がする。頭も冷えてくると、先ほどの自分の発言はなかなかとんでもなかったなーと省みることもできて、うん、やっぱりクールダウンって大事だ。
「レッスン室、長居したら悪いねー。シャワー行こうかー」
「そうですね。汗をかいたままでは身体を冷やしてしまいます」
僕たちは連れ立ってレッスン室を後にする。僕とクリスさんから数歩下がるようにして雨彦さんはついてきていた。
その雨彦さんが冷えたペットボトルを当てているうなじの辺りが、さっきからずっと赤いのは、指摘しないでいてあげる。