「コタツ!」
家主より先に部屋に乗り込んだコイツは、いきなり叫んだかと思えば目を輝かせて廊下をダッシュした。買ったばかりの炬燵がある居間は玄関から真っ直ぐの動線だから見つかるのはわかっていたが、ここまで飛びつくとは思っていなかった。後に続いて居間に入る。コイツは早くも炬燵に潜り込んで、首だけをこちらに向けてきた。
「チビ!さっさとスイッチ入れやがれ」
「なんでオマエに指図されなきゃならねえんだ…」
コイツの態度には腹が立つが、俺も入りたいので炬燵のスイッチを入れた。コイツと逆側に座ってしばらくすると、炬燵の中がじわじわと温まってくる。
「フン。まあまあ悪くねえな。らーめん屋ん家のより小せえけど」
「部屋の大きさが違うんだ。これくらいで十分だろ」
円城寺さん家の炬燵はいわゆるファミリー向けサイズで、冬にはよく3人で鍋を囲んだりもした。それに倣ってというわけではないが、暖房費の節約にもなると聞いて俺も導入してみた。買ってみてわかったことだが、案外一人暮らしの部屋ではゆっくり炬燵に座っているという時間は少なくて、だからコイツが図々しくも入り込んできたことでようやく炬燵も本領を発揮しだした気がする。決してそれを見越して買ったわけではないが。
「…まあ、オマエもたまになら入りに来てもいいぞ」
「チビに言われなくてもオレ様の来たい時に来るし」
「おい。俺の家だぞ」
炬燵の中で足を蹴り合う。そのうち机の足に小指をぶつけて悶絶する俺に、コイツは腹を抱えて笑っていた。
======
来てもいいとは言ったが。
よほど炬燵を気に入ったのか、コイツは頻繁に我が家に押しかけてはぬくぬくと炬燵に収まるようになった。それだけならまだいいが、問題は一度炬燵に入ったら全然出てこないことだ。腰どころか肩まで埋まって炬燵の中で丸くなり、そのまま寝ることもざらだ。
「いいかげんにしろ。そんなんじゃいつか風邪ひくぞ。仕事に響いたら迷惑だ」
「オレ様は風邪なんかひかねーんだよ。なんせ最強だからなァ、くはは」
この調子で何を言ってもきかない。バカは風邪をひかないというから本当にひかないのかもしれないが、そうじゃなくて。
「炬燵を占領するなって言ってるんだ。オマエの寝床にするために用意したんじゃない」
はっきりと告げればコイツは寝転んだままじっとこちらを見あげてくる。どんな文句が飛んでくるかと待ち構えていたら、ニヤリと得意げな笑みを投げてきた。これは、予想外。
「コタツにオレ様を取られたからってむくれてんじゃねえよ」
「は?」
炬燵“に”、コイツ“を”? 炬燵をコイツに、の間違いじゃないのか。
「間違えてねェだろ。これ出す前まではベッドで引っ付いて寝てただろーが」
「そっ、れは…」
それは事実だけれど。ただ、コイツのために布団まで敷いてやるのが億劫になって、2人で寝るにはベッドは狭くて、丁度気温が肌寒くなってきて、と様々な要因が重なったからであって。けっしてやましい意図ではなくて。
頭に浮かぶ言い訳はあれど口に出すのを躊躇っている内に、コイツは「しかたねーなァ」と言いながら炬燵布団をぺらりと捲った。
「特等席に通してやる。よろこびやがれ」
「……だから、オマエのものじゃないって…」
ぼやきながらも、俺は示された場所に潜り込む。コイツの隣りに向かい合うように寝転んだ。炬燵机の一辺は狭い。ぺらぺらの座布団に辛うじて頭を乗っけて枕にしたら、鼻先が当たりそうなほど近かった。二人分の体温と炬燵の熱は、すこし汗ばむくらいだ。
「ちょっと、熱すぎないか?」
「あァ? んー……」
ゴソゴソと身じろいだかと思えば、コイツは後ろ手に炬燵のスイッチを切った。熱を発していた装置が消えて、温かな空気だけが布団の中に残っている。これじゃあ炬燵の意味が無いだろ、と言ったら「うるせー」と気のない返事だけ寄越してぎゅうと抱きしめられた。ずっと炬燵で温まっていたコイツの温度が、どんどん俺に移ってくる。俺も抱きしめ返したら、行き交う熱は同じ熱さだ。
熱源を失くした炬燵の中でくっついて、そのままぬくぬくと俺たちは眠った。俺もコイツもバカだから、多分、風邪はひかない。