赤、赤、赤。飛び込んでくる鮮烈な赤色にぱちぱちと目を瞬いた。
映画『天地四心伝』、315プロの全員が出演する作品の、今日は衣装合わせだ。敢えてなのか偶然なのか、同日撮影の陣営毎に分かれての確認となる。俺たち鬼族は赤基調の衣装に加え、各々赤い角を付けて爪を赤に塗る。この部屋がやけに赤いのはそのせいだ。
「和服か。狩衣は初めて着るな」
「なかなか無いよなー。浴衣とか晴れ着とも違うもんな」
「でもこの角とか、ゲームのキャラみたいでテンションあがらない?」
「それはわかる」
歳が近い奴が多いから自然と話が弾んでしまう。騒がしい俺たちに、年長者の桜庭さんは少し呆れたように言う。
「君たち。盛り上がるのはいいが、早く着替えたらどうだ」
「すみません」
「あはは、かおるサン引率のセンセーみたい」
劇中でのピリピリした関係とは打って変わって和やかな控え室で、みんなが鬼の格好に着替えていく。最後に赤のカラコンを入れて、完成だ。
鏡に映る鬼姿の自分に、眉を寄せてしまう。違和感、というわけじゃないが、なにかモヤモヤしたものが胸に詰まっている。
「タケル? どうかした?」
「いや……」
「どこか不都合があるなら言った方がいい。そのための衣装合わせだ」
俺の様子に気付いて声をかけてくれる隼人さんに鋭心さん。二人は今回の衣装がとても似合っている。俺だって、別に似合わないというわけではないと思う……けど。
「あれ、かおるサンも首かしげてる。なんか変?」
「特におかしなところはない。だが……どこかしっくりこないな」
「俺もそうだ。なんだろうな、この感じ」
同じ感想を抱いていたらしい桜庭さんと顔を見合わせる。「あ、わかった!」と閃いたのは俺たちではなく、悠介さんだった。
「二人ともいつもはユニットの他の人が赤色担当だから、自分が赤いの見慣れないんだ!」
「ああ。衣装やペンライトの色のことか。確かにな」
「そっか。輝さんとレンの色だもんなー、赤色」
当事者以外の三人がうんうんと頷いている。そう言われて見れば、そうかもしれない。俺にとっての赤色は、いつもうるさく突っかかってくるアイツの色だ。
合点がいった途端に頭の中にアイツが現れた。赤い髪紐を揺らめかせ、くははと高らかに笑う。『最強大天才のオレ様色に染まりやがれ!』なんて声まで鮮明に浮かんできて、つい思いっきり顔を顰めてしまう。同じことを言われた桜庭さんも眉間のシワを深くしていた。
「別に僕は天道を連想したわけでは断じてないが。あの男が聞いたら間違いなく調子に乗るから、くれぐれも耳に入れないように」
「俺も……想像しただけでうるさいから、アイツには黙っておいてくれ」
「かおるサンもタケルも素直じゃないなー」
悠介さんはそう言って笑うけれど。いつの間にか赤いというだけでアイツを思い出すようになってしまっていたなんて、笑えない冗談だ。
再び鏡と向かい合う。赤い角、赤い爪、赤い服に赤い目。今回撮影は別日だけど、アイツも同じ鬼族だ。堂々と、自分のものみたいに赤色を纏うんだろう。俺みたいにわだかまりを抱くことも無く。
「……なんか、悔しいな」
誰にも聞こえないように低く呟く。ぐっと腹に力を入れて深呼吸した。「桜庭さん」と隣に呼びかける。今この場でいちばん、俺と気持ちが近い人のはずだ。
「赤色がアイツや天道さんだけのものじゃないって示せるように…撮影、頑張りましょう」
「…そうだな。彼らの担当カラーを乗っ取るくらいの気概でいくぞ、大河君」
「ああ」
俺たちは静かに闘志を燃やす。「なんか怖い連合できちゃった……」「ある意味、見習うべき姿勢だが」「モチベーション上がるならいいんじゃない?」と他の三人は遠巻きに見ているけれど、なんだかんだ乗り気なのは顔を見たらわかった。
頭の中のアイツに宣戦布告する。オマエの色、着こなしてやるから覚悟しろよ。