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    razuruprsk

    @razuruprsk

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    razuruprsk

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    ※吸血鬼要素は少なめです。
    ※ざっくりした世界観。
    ※少しだけ痛い表現があります。
    ※悪犬の二人も出てきますが、司くんに対して特別な感情はありません。
    ※後日、類くん視点を投稿予定です。

    #類司
    Ruikasa

    人間類くん×吸血鬼司くん オレと類の事か?
     そうだな。
     面白くもなく楽しくもない話だが、それでも良ければ話すぞ。
     分かった。
     あれは七十年ほど前の事だ。




    「司さん、雨が降りそうです」
    「急ぐとしよう」
     足の動きを速めて、深い深い森を抜ける。
     その先に現れた古びた屋敷を見て、濡れなくて済みそうだと胸を撫で下ろした。
    「おかえりー」
    「帰ったぞ!」
    「ただいま、彰人」
     帰ったことに気付いた彰人がリビングルームから出て来て、オレの持っていた荷物を取り上げた。
    「冬弥のほうが重いからそっちを……」
    「どうかしましたか?」
     手伝ってくれと続くはずだった言葉は、涼しい顔をしてこちらを見てくる本人によって消される。
    「……いや、なんでもない」
    「オレ達のほうが司センパイより力持ちなんで、いい加減に諦めてください」
    「ぐぬぬ」
     冬弥と彰人は人間と吸血鬼の混血で、吸血鬼の世界では忌み嫌われているダンピールという存在だ。
     しかし、ダンピールには純血種より秀でた部分が現れる。
     それは視覚、味覚、聴覚、嗅覚など多岐にわたる為、自らが掲げる目的を果たそうと逸脱した能力を求める純血種には重宝されるのだ。
     さらに違いがあるとすれば、基本的に吸血鬼は不老不死だが、ダンピールは人間と同じで老いて死ぬ。
     だが、吸血鬼とて純銀で出来た物で心臓を貫かれれば死が訪れる。
     純銀以外で殺す事は出来ないので、石に押し潰されるとか木や鉄の棒に刺さるなんて事になれば地獄だ。
     ダンピールにも不老不死になる方法があり、純血種と契りを結ぶ事で主となった吸血鬼が死ぬまで生きる事が出来る。
     しかし、これは隷属ではない。
     だからこそ、目的が一致しなければ双方が不利益を被る。
     二人とは学生の頃に出会い、契約を交わして百年ほどを共に過ごしていた。
     オレとしては好きな場所に行き自由に暮らしてほしいが、冬弥と彰人は心配だと言って離れない。
     家事は出来るほうだから、一人でも暮らして行けるのだがな。
     そして、吸血鬼の世界にも人間と同じで年齢に応じてクラスを分けて、生きていく上で必要な事を学ぶ制度がある。
     家柄によっては【家を継ぐ事が決まっているので自由がない】【敵対する家同士での争い】など様々な事情があるが、一般階級のオレには関係がない。
     成人と認められた年に、両親から許しを貰い世界を歩き回っている。
    「夕飯を作るから待っていてくれ」
    「手伝います」
     冬弥の気遣いは嬉しかったが、買ってきた日用品の片付けを頼むと落ち込んだ様子で倉庫へ向かっていった。
    「彰人、頼んだ」
    「分かりましたよ、っと」
     冬弥の後を追いかけた彰人を見送り、キッチンで準備を進める。
     それぞれが苦手な食材を使うのを極力、避けながらバランス良く作っていく。
     吸血鬼は血だけを食料にしていると思われているが、今は人間と同じような食生活をしている。
     理解あるパートナーを持った吸血鬼は、月に一回か二回くらいのペースで血を吸っているらしい。
    「片付きましたよ」
    「終わりました」
    「もう出来上がるから、皿とかを並べてくれ」
     テーブルに料理などを並べ終わる頃に、雨が強く叩きつける音と雷が鳴り響き始めた。
     この家は古いが、造りはしっかりとしているので雨漏りの心配はない。
     念のために、あとで見回って置こうと決めて料理へと手を伸ばした。



    「大丈夫そうだな」
     片付けを終えて二階にある部屋から見回りをしていると、二人とは別の気配が近付いていることに気付いた。
     人間の中には吸血鬼に対して憎悪を抱き、昔のように危害を加える奴らが居る。
     主として冬弥と彰人を守らねばと思い、玄関へ向かうと二人が先に立っていた。
    「司さん、どうしましょう」
    「何かあったのか?」
     困った様子でこちらに駆け寄ってくる冬弥とは対称的に、彰人は訪問者を睨み付けながら警戒している。
    「だから、森の中に作業員達の使う小屋があるからそっちに行けば良いだろうが」
     外は雷雨。
     目の前の訪問者からは、悪意などの嫌な気配は感じない。
    「一晩くらい良いだろう」
    「はぁ? なに言って」
     彰人が振り向いて、こちらを見てくる。
    「大丈夫だ」
    「タオル、取ってくる」
     ブスリと拗ねた表情をしながら、彰人はバスルームへ向かっていく。
     あとで機嫌を取っておかねば……。
    「助かったよ、森を探索していたら迷い込んでしまってね」
    「天気くらいは確認したほうがいいぞ」
    「次からはそうするよ」
     ポタポタと滴を垂らしながら、男は深く息を吐いた。見た所、十代半ばから後半のようだが人間の見た目は実年齢とは違う場合もあるからな。
    「司センパイ」
    「助かったぞ」
     お礼を言いながら頭を撫でると、彰人の表情が幾分か和らぐ。後で甘いものでも作ってやろう。
    「何かあれば呼んでください」
    「部屋にいる」
    「分かった」
     訪問者を警戒しながらも、二人は部屋へ戻って行った。
     それを見送り、訪問者へ向き直る。
    「拭いてくれ、バスルームに案内する」
     訪問者はタオルに全身の水分を吸わせていくが緩慢な動きにオレは痺れを切らし、男の手からタオルを奪うと髪、顔、上半身と拭い腕を掴んでバスルームに向かう。
     バスタブにお湯が張っていないのは申し訳ないが、少しでも早く体を温めるのが良さそうだ。
    「お湯と水の蛇口を回して、温度は自分で調節してくれ」
     二人のシャンプーなどは使わないように説明をして、着替えを取りに行く。
    「冬弥、少しいいか?」
    「司さん、何かありましたか?」
    「着替えを貸してもらえないか?見た所、身長がほぼ同じなようだ」
    「分かりました。未使用の下着も渡しますね」
     冬弥から着替えを受け取り、バスルームへ戻ると水音がするのでもうしばらくは掛かるかもしれん。
    「着替えを置いておくぞ、上がったら玄関から見て突き当たりの部屋に来てくれ」
    「分かったよ」
     返事を聞いてキッチンへ行き、お湯を沸かす。風呂上がりでも、冷たい飲み物を体に入れるのは良くない。
     無難に紅茶にでもしておくか。
     あとは、軽く食べられそうな……パンケーキを作るとしよう。
     薄力粉や牛乳など必要な材料を混ぜて生地を作り、熱したフライパンに入れて焼き上げていく。
     彰人と冬弥の分を分けて、次々に焼いているとドアが開き訪問者が姿を見せた。
    「腹が減っていたらどうだ?」
    「いただ……」
     言葉よりも先に、訪問者の腹がグゥと音を立てる。気まずそうにする彼に座るように促すと、一番近くの椅子に座り珍しそうに見渡していた。
    「好きな物を使ってくれ」
     バター、メープルシロップ、ジャムをテーブルに置くと、彼はバターをパンケーキに塗って食べ始める。
    「美味しい」
    「口に合ったのなら何よりだ」
     見ていて気持ちが良いくらいに、口へ放り込まれていくパンケーキ。
     本人は無意識みたいだが、緩んでいる頬に思わず笑ってしまう。
     良く見てみれば、顔立ちは整っている。
     この容姿なら、女性達には放っておかれないだろうな。
     人間には、見た目を重視する者も居ると聞いた事がある。
    「おかわりはいるか?」
     皿のパンケーキが無くなっていたので、声を掛ける。
    「……いや、十分だよ」
    「そうか」
     返事の遅れは気になったがティーカップを温めてから紅茶を注ぎ、渡せば彼はゆっくりと口に含んだ。
    「今日は泊まっていくと良い、明日は晴れるそうだからな。お前は森の向こうの村の者か?」
    「違うよ、僕は大道芸をしながら旅をしているんだ。でも、森を抜けた先に人が居るなんて村の人達は言ってなかったけれど」
     そうだろうなと心の中で答える。
     なぜなら、村には森の奥へ進んではいけないという掟が存在するからだ。
     オレ達がここに住み始めた頃、あまり関わらないようにするために化物がいると噂を流した。
     最初は信じられる事は無かったが、森の奥へ立ち入った村人が一時的に記憶を失っていたり、酷く怯えたりという実害も出たので満場一致で決まっていたと思う。
     失った記憶というのは、森に入った理由やオレ達のことなので村で生活する上で問題はなかった。
     怯えるというのは、三日ほど神経が過敏に反応してしまう暗示をかけたからだ。
     当時の村人達には申し訳ない事をしたが、その掟のおかげで平穏に暮らせていた。
     しかし、オレ達の事を知られてしまったとなればこの男の記憶を消したとしても、一抹の不安は残る。
    「不躾なことを聞いてしまうけれど、君たちは人間……ではないよね?」
     近いうちに別の場所へ移り住むか。
    「なぜ、そう思う?」
    「なんとなく。かな」
     人間の中には、オレたちのような存在の気配を察する者がいると聞いたことはあったが、まさか出会う羽目になるとはな。
     どのみち、明日には記憶を消してしまうのだから話しても構わないか。
    「イエスかノーで答えるならイエスだ」
    「失礼するよ」
     目の前の男は立ち上がり近づいてくると、こちらを見つめてきた。
     伸びてきた手は顔に触れ、顔全体を撫でたかと思えば人差し指が上唇をめくる。
    「犬歯が尖ってる」
     吸血鬼だと当たりをつけたのか、彼の目が輝きを放つ。溢れる好奇心を感じ取り、これ以上は好きにさせてはいけないと本能が警鐘を鳴らした。
    「そこまでだ」
     再び触れようとしてきた手から逃げて、彼の肩を押して自分から離す。
     一瞬だけ悲しげな色が見えたが、小さな声を上げるのと同時に戸惑いの色に変わる。
    「僕……」
     やってしまったと言いたげな表情に、この男の本質を垣間見たような気がした。
    「いきなり、触るのはやめた方がいいと思うぞ」
    「興味を持った事に対して集中してしまうと周りが見えなくなるから、気を付けていたのだけれど。なぜか、触れてみたいと思ったんだ」
     微笑みながらその言葉を言われたら、落ちない女性はこの世の中にはいないだろう。
     さてはコイツ、見目は良いが性格に難ありといったところか。
     まぁ、オレには関係のない事だが。
    「そういえば、まだ教えてなかったかな。僕の名前は神代類」
    「司だ」
    「司くんだね、今晩はお世話になるよ」
    「ゆっくり休むと良い」
     名字もあるが、フルネームで名乗ると将来的に面倒事が起こる可能性があるので名前だけを教える。
    「部屋に案内する」
     ゲストルームには洗面所もあるし簡易キッチンもあるから、あとは大丈夫だろう。
     そろそろオレも身を綺麗にして、寝る準備をしなくては。
    「こっちだ」
     さっきの事もあり、後ろをついてくる姿は怒られてしょげている犬のようだ。
    「ふ……ふはっ、すまん」
    「えっと?」
     思わず足を止め、笑い声が出てしまう。
     困惑する神代に誤解を与えないように、言葉を返す。
    「最初は取っつきにくいのかと思ったが、違ったようだ。気を悪くしたのならすまない、神代」
     オレと同時に足を止めていた神代は、目を瞬かせる。
    「類」
    「ん?」
     一瞬だけ不機嫌そうに見えたが、瞬きの後には無くなっていた。
    「名字呼びは慣れないから、名前で呼んでくれないかい?」
     懇願するような様子に、生きているうちに兄として培われた心が反応する。
    「ふむ。では、そうするとしよう。類」
    「ありがとう」
     嬉しそうに笑う顔を見て、やっぱり女性に人気がありそうだなと考えながらゲストルームへ足を進めた。
    「ここだ」
     昼に窓を開けて換気をしたから、埃っぽくはないはずだ。
     ベッドを見ると、シーツや枕、掛け布団が皺一つなく用意されていた。
     準備をしたのは彰人と冬弥だろう。
    「よい夢を、類。おやすみ」
    「司くんもね、おやすみ」
     部屋から出てドアを閉めると、彰人がこちらを見ていた。
    「心配を掛けたな」
    「別に」
    「キッチンにパンケーキを作って置いたから、好きな時に食べてくれ」
     居心地が悪そうに顔を背ける彰人に伝えると、纏う雰囲気が少し明るくなる。
     遅い時刻だというのに、今から食べるつもりらしい。
     そそくさと向かおうとする彰人に、好きな食べ物を幸せそうな顔で食べていた妹の姿が重なった。
     妹の咲希は純血種ではあるが、体が弱いので両親と共に暮らしている。近いうちに連絡を取ってみようかと考えながら、自室へ向かう。
     備え付けのバスルームで体を綺麗にして、ベッドへ入る。
     いつもと違う館の中の雰囲気に心がざわつきながらも、睡魔には抗えず意識を手放した。






     パンッと何かが破裂するような音に、強制的に意識が浮上させられた。
    「なんだ!?」
     ベッドから下りて音の鳴った庭へ向かうと、類が罰の悪そうな顔をして立っていた。
    「ごめん、起こしてしまったよね」
    「それは問題ないが……」
     謝る類の足元には、見たことのない物がいくつか置いてある。
    「これは?」
    「これは東方の技術だよ、絡繰という名前だったかな? あ。おはよう、司くん」
    「おはよう、類」
     カタカタと音を立てながら動き回る物体はうさぎを模しており、銃を構えている。
     物騒な姿だ……。
     足元へ来たので見ていると、うさぎが銃を目の前に少しだけ持ち上げればカチッという音がした。
     終わりだろうかと考えていると、さっきの破裂音と同じものが響く。
    「うん、上手く動いてくれて良かった。錆びないように手入れをしたのは良いけど、組み立て直しが不安だったんだ」
    「使い方とか書いてある紙はないのか?」
    「僕が試しに作ったものだから、設計は粗が多い上に書き留めてない事もあるんだ」
     サラッと言われた重要な事に、驚くしかなかった。
    「これ、類が作ったのか?」
     しゃがんでうさぎを見つめる。
    「そうだよ。でも、破裂音が大きすぎるみたいだから改善しないといけないかな……司くん?」
     再び見ても持っているものが物騒すぎると思うが、自ら動き回っている姿は感心してしまう。
     これが、人の手で作る事が出来るのか。
    「素晴らしいな! 銃を構える姿は些か物騒ではあるが、引っ掛かりもなく移動する動きは綺麗だ。それに、驚きはしたが本物に近い音も再現できるものなんだな」
     東方には色んな技術があると聞いた事はあったが、自分の目で見ると良い体験になった。
     出来るなら、可愛らしい動きにならないだろうかと考えるが、理由があるかもしれないので強要は出来ん。
     しかし……。
    「見てみたい、な」
    「え?」
    「お辞儀をしたり、一回転してウインクしたりというのも見てみたいと思ってな」
     猫や犬、他の動物を模した絡繰が動いている姿を思い浮かべる。
     お揃いの衣装で着飾るのも悪くない。
    「あ……」
     類が黙ってしまった!
     さすがに無神経すぎるだろう、自分。
     何か言わなくては。
    「勝手に考えただけだから、気にするな。朝食の準備をするから、二十分後くらいにダイニングルームへ来てくれ」
     こういう場合の対処に慣れておらず、早口で捲し立ててしまう。館に戻ろうと、体の向きを変えると類に腕を掴まれた。
    「作るよ」
    「へ?」
     そっちを見ると、喜色を浮かべた類がオレを見ている。
    「司くんが望むなら形にする。だから、しばらく僕を置いてくれないかな?」
     突然の提案に返事が出来ずにいると、空いていた腕が引かれた。
    「司センパイ」
    「彰人」
    「オレと冬弥が今日からしばらく居ないの、忘れてないっすよね?」
     そうだった。
     決められた期間ではあるが、彰人と冬弥は同級生から頼まれた用事を済ませるために故郷へ帰る。
    「司センパイとアイツを二人きりにさせるの、気が進まねぇ」
    「司さん、俺も少し心配です」
     二人がこんな風になるのも無理はない。
     道に迷って困っていた人間を泊めたら、その晩に襲われた事があった。
     男は吸血鬼狩りを生業としていたようだったが、成果を上げられておらず若い男性の命を奪い偽装し、報告しようとしたらしい。
     ぎゅっと腕に力が込められたのを感じ、思考を止めて顔を上げた。
    「司センパイ」
    「司さん」
     二人の眉尻が下がり、ジッとこちらを見つめてくる。
     甘えられる事にオレが弱いのを知っていて彰人はわざとやっているが、冬弥は本気で心配しているらしい。
     昔から二人のお願いに弱い。
    「だが……」
     類はあの時の人間と違うような気はしていたが、上手く言葉が出て来なかった。
    「ふむ。それなら、二人はどうしたら認めてくれるんだい?」
     類が彰人と冬弥に尋ねる。
    「認める必要なんかないだろ、アンタが出ていけばいい」
    「嫌だと言ったら?」
    「そもそも、一晩でも泊まらせるのも反対だったんだ。それなのに住まわせるなんて絶対にお断りだ」
    「それは君の意見だろう」
     彰人も類も引かないため、間に入ろうとするが冬弥に止められる。
    「だから」
    「彰人」
     そして、二人の言い争いに割って入った。
    「冬弥」
    「一つ、答えてもらっても良いでしょうか?」
    「何かな?」
    「もし、あなたが司さんを少しでも害する事があった時。必ず見つけ出してその命を頂きますがよろしいですか?」
     その質問に辺りは水を打ったように静かになり、思ってもいなかった言葉に彰人と顔を見合わせた。
     冬弥がここまで明確に敵意を表すのは、初めてのことだ。
    「構わないよ。逃げも隠れもしないから、その時には君達の好きにしてくれていい」
    「分かりました。彰人、行こう」
    「あ、あぁ……」
     類の答えに納得したのか、冬弥は彰人を連れて屋敷の中へ戻っていった。
    「冬弥があんな風に言うなんて」
     基本的にはオレと彰人の言葉には頷いてくれるが、納得がいかなければ反対して行動を止めてくる。
     なので、自己主張をしないわけではない。
     だが、今までに見たことのない態度に驚きを隠せなかった。
    「彼らは司くんが大切なんだね」
    「まぁ、オレが死ねば道連れになるからな。好んで死を望む者はいないだろう」
     そう返すと、類が彼らは大変そうだなと呟いて足元の絡繰を拾い上げた。
     何に対しての言葉なのか解らず、首を傾げるしか出来なかった。
     それと同時に、グゥゥと空腹を訴える音が響く。
    「食事にするか」
    「お願いするよ」
     並んで中へ戻ると、冬弥が食事の準備を終えたと伝えに来てくれたので揃って部屋に向かう。
     ダイニングルームに用意されていた朝食を平らげて、身支度を終えた頃に冬弥と彰人が大きなバッグを持って立っていた。
    「気を付けるんだぞ!」
    「その言葉、そのまま返しますよ」
     彰人の意地の悪い言葉に上手く返せなかったのが悔しくて、バッグを持っていないほうの腕を拳で軽く叩く。
    「いてっ」
    「帰る前に連絡を入れますね」
    「分かった」
     二人が用事を済ませるまで、どれくらいの期間が掛かるのか分からない。
    「行ってくる」
    「行ってきます」
    「行ってこい!!」
     彰人と冬弥の気配がなくなり、類の気配が濃くなる。早く慣れなければと思いつつ、家事を終わらせようとランドリールームへと向かった。
     だが、オレは類の気配よりも酷い偏食に頭を悩ませる事になる。




    「またか……」
     綺麗に残された肉料理を見て、ため息が出た。全部が残っているわけではなく、ソースが付いた部分のみだ。
     香草の力を借りれば、ソースに使った野菜独特の匂いを消せると思っていたが考えが甘かった。
     もしかすると、類の中では香草自体が野菜に入っているんじゃないだろうか。
    「これ以上、強要しても仕方ないか」
     類が館で過ごすようになり、一ヶ月が経とうとしている。
     その間に三つほど新しい絡繰を作っていたが、音が鳴らなかったり途中で止まったりと完成には至っていない。
     それでも諦めずに次々と違うものを生み出そうとする姿は、今まで見たことのないタイプで素直に好ましいと思った。
     しかし、野菜を頑なに拒むのは腹立たしくはある。
    「アレンジして、オレの夕食にしよう」
     冷蔵庫の中へ入れて、ランドリールームから洗濯物を持ち出し外へ向かう。
     燦々と輝く太陽のお陰で、あっという間に乾きそうだ。
     お気に入りの曲を歌いながら、次々に干していく。
     大きめのシーツもシワ一つなく、風になびいていた。
    「よし!! 次はー、うおっ!? 類、居たのか」
     中へ戻ろうとすると、シーツの向こう側に類が立っていた。
     声を掛けるが、反応はない。
    「おーい、類」
     頬が赤いような気がする。
     もしかしたら、風邪でも引いた可能性があるかもしれんな。
    「類!」
    「え、あ。ごめん、ボーッとしていたよ」
     体調不良なら外に居るのは体に悪いだろうと思い、強めに名前を呼ぶと類はこちらを見てきた。
    「今更だけど、太陽も平気なんだね?」
    「灰にはならないな。それでも、夏の日差しで肌は焼ける。その場合は炎症を起こして赤くなるな」
     三日も経てば赤みは引いて、いつもと変わらない状態へ戻る。
     直接のほうが分かりやすいだろうと思い、袖を肘あたりまで捲り上げて差し出すと、類の手が右腕を包んでから親指で内側をなぞってきた。
    「くすぐったいぞ。……類?」
     焦点が合っているような、合っていないような類が腕を触っている。
    「具合が悪いなら、休んだ方がいいぞ」
     熱を測るために左の手のひらを類の額に当てると、目の前の体がビクリと跳ねた。
    「えっと……」
     頬が更に赤みを増す。
     一刻も早く休ませなければと、類の手を取って貸し出している部屋に向かう。
    「病人はゆっくり休め」
    「これは病気じゃなくて」
     風邪を拗らせてしまうと、命にも関わってくる。人間より丈夫な吸血鬼すら苦しめられるのだから、恐ろしい病気だ。
     類の体温のおかげなのか、冷えていた指先は温かさを取り戻していた。
     繋いでいた手を少しだけ強く握られる。
     体調不良の時は心も弱くなり、人肌が恋しくなるらしい。
    「あとで、ホットミルクを持ってきてやる」
     弱った姿を見られるのは嫌だろうと思い、振り向くことなく声を掛ける。
     階段を上がりしばらく廊下を歩くと、類が使っている部屋が見えてきた。
    「休んでいろ」
     さっきよりも顔の赤みは引いたようだが、油断は出来ないからな。
     何か言いたげにしている類を、布団の中に押し込み部屋を出る。
     閉まりかけたドアの向こうで類が何かを呟いた声がしたが、気のせいだろうと階段を降りた。
    「熱を測らないといけないな」
     看病に必要な道具を持ってくるために、部屋を出てまずはリビングルームへ向かい体温計を手に取る。
     次にキッチンでホットミルクと氷のうを準備して戻ると、体を起こして本を読んでいる類の姿があった。
    「ほら、脇に挟め」
     マグカップをサイドテーブルに置いて体温計を手渡すと、類は渋々といった様子で脇にそれを差し込んだ。
     しばらくして、電子音が鳴り測定終了を知らせる。
     取り出された体温計を受け取り、数字を確認すると。
    「三十五度八分か」
    「平熱だよ」
    「熱がないなら何よりだ」
     体温計をケースに仕舞って、マグカップを渡すと類はゆっくりとホットミルクを飲み込んだ。
    「無理はするなよ」
    「大丈夫なんだけどな」
    「病人の口にする大丈夫ほど、信用できないものはない」
     咲希も大丈夫かと聞けば体調が悪くても大丈夫だと返していたので、今では嘘を見抜くのもお手のものになってしまった。
    「ところで、司くんは吸血鬼なのに血は飲まないのかい?」
    「突然、どうした」
     脈絡のない類の言葉に、オレはベッドの端に腰掛けて話を聞くことにした。
    「聞いた話では、吸血鬼は血を主食としているのだろう?」
    「あー、それをやっていたのは三世代ほど前だ。今では嗜好品みたいなものだから、限られた吸血鬼しか飲まない」
     環境や時代の変化なのか、吸血鬼の体質も昔と異なる部分が出てきている。
    「たしか、五十年ほど前だったか……。生死をさ迷うほどの酷い怪我を負った事があった」
    「五十……っ!?」
     類の顔が驚きに染まり、こちらを見てきた。
     オレ達は見た目こそ十代後半だが、生まれてから百年以上は経っているのだ。
     そういえば、年齢については話したことはなかった気がする。
    「怪我をしたって……」
    「道に迷った男を泊めたら、襲われたんだ。目が覚めたら馬乗りになった男がナイフを振り上げていて、さすがに死を覚悟したぞ」
     類は言葉を失っているようだった。
     追い討ちをかけるように、類の右手を掴んで心臓があるとされる場所に触れさせる。
    「吸血鬼を殺すには、純銀の物で心臓を貫かなくてはならない。その時に負わされた傷は致命的なものではなかった」
    「それで……」
    「種の生存本能というものは、本人の意思に関係なく働く。ナイフを持ったまま動けなかった男の血を飲んだ」
     類の体が強張る。
     聞かせる事でもなかったが、類になら話してもいいと思った。
     胸に触れていた手を離す。
    「飲み込んだ血は美味しいと感じなかった。むしろ、ひどい吐き気に四日間ほど悩まされた」
     他人の血を取り込んだことに体が拒絶反応を起こしたのも、変化の一つだったのだろう。
     室内に静寂が訪れる。
    「つまらない話を聞かせてしまったな」
     ベッドから立ち上がろうとすると、類が腕を掴んで止めてきた。
    「人間が吸血鬼になる事は可能?」
     方法はあるが、教えてもいいものか迷う。類の真剣な表情を無下にも出来ず、口を開いた。
    「吸血鬼が人間を噛み、血を流し込めば可能だ。ただ無理矢理に細胞レベルの変化を引き起こすから、三日三晩は高熱に魘されて全身の痛みにのたうち回る事になる」
    「そうなんだね」
     過去に前例はある。
     二百年ほど前の話で、その二人は今でも仲睦まじく暮らしているらしい。
    「そんな苦痛を受けてまで転化したいと願うのだから、望む人間にはそれなりの理由があるのかもしれんな」
     そう言うと、黙り何かを考え込んでいるようだった。
     そろそろ、休ませなければ。
    「ここの生活にも慣れてきたようだから、気が緩んだのだろう。今日はゆっくり休むといい」
    「だから、これは」
    「類」
     悪いと思いつつ、類の言葉を遮る。
     手からマグカップを取り上げてテーブルに置いてから、猫を連想させる彼の目をジッと見つめた。
    「なに……」
     類の体が揺れて傾く。
    「おやすみ、類」
    「つ、かさ、く……」
     頭を打たないように支えて、力の抜けた体を布団の中に横たえる。
     熱はないから、氷のうは必要ないだろう。
     規則正しい寝息を聞きながら、暗示が上手くいった事に胸を撫で下ろす。
     ベッドから立ち上がり、窓から入る日差しが眠りの妨げにならないようにカーテンを閉めて、掛け布団のズレを整えてから部屋を出た。
    「はぁ……」
     類がいつまで滞在するのかは分からなかったが、少しでも早く人間の生きる場所に戻さなくてはいけないと思う。
     そう考えるが、この暮らしを悪くないと感じる自分がいる。
    「類は人間だ」
     今になって、類と繋いでいた手がジワリと温かさを増した気がした。
    「……っ」
     オレと類では、生きる時間が違うのだ。
     彼がこちらに慣れ過ぎてしまわない内に、類とオレの間に線を引かなければ。
     それがお互いのためなのだから。
     だから、生まれそうになった感情から意識を反らした。





     自分の中で芽吹きそうになった想いから、目を反らして二ヶ月が経とうとしていた。あれから特に変化はなく、類は絡繰の製作に没頭している。
    「よし、これで大丈夫そうだな」
     廊下の切れかかっていた電球の取り替えを終えて、足場にしていた椅子から下りようとした時。
    「あ」
     足を踏み外してしまい、体のバランスが崩れる。衝撃に耐えようと目をギュッと閉じるが、床へ転がる事はなく誰かに支えられた。
    「司くん! 大丈夫かい!?」
     類が珍しく声を大きくしている事にも驚くが、フワリと鼻を擽った香りに心臓が跳ねる。
    「助かった」
    「怪我をしなくて良かったよ」
     体を離そうとするが、ガッチリと抱きしめられていて出来ない。
     今の状況に戸惑っていると、類が肩へ頭を擦り寄せてきた。
    「腹でも空いたのか?」
    「違うけど」
     持っていた懐中時計で時間を確認すれば、朝食から二時間ほどが経っている。
     だけど、昼食にするにはまだ早い。
    「眠いとか?」
    「ハズレ」
     類は平気で夜通しで、絡繰を弄っている事がある。朝に声を掛けると瞬きの回数が増えているのも、一度や二度の話じゃない。
     眠くないとなると……。
    「は! どこか痛いとか!?」
     もしかしたら、さっき受け止めてくれた時に痛めた可能性もある。
    「痛いけど」
    「痛いのか!」
     類は人間だから、病院という施設に行かせたほうがいいかもしれない。類に限ってオレ達の事を喋るとは思えないが、一人で行かせるのは迷ってしまう。
    「これは病院では治せないよ」
    「そんな病気があるのか」
     恐ろしい病もあるんだな。
     咲希にも気を付けるようにと、伝えておかなければ。
    「まだ気付かないかぁ……」
     オレから離れた類は肩を落としながら、部屋のあるほうへと歩いていった。
    「なんなんだ」
     類の行動の理由が分からないままになってしまったが、オレが考えたところで理解が出来るとは思えん。
    「何かあれば言ってくるだろう」
     椅子を持ち上げて、ダイニングルームへと戻そうと向かう。
     その日、類は考え込んでいる様子だったが見守ることにした。


     それから、数日が過ぎた。


    「司くん、司くん!」
     家事を終わらせてリビングルームで本を読んでいると、慌てた様子で類が入ってきた。
     しおりを挟んで本を閉じて、そちらを見ると手に絡繰があった。
    「回ってウインクをする絡繰が出来たんだよ」
     類の頬が紅潮しているので、かなり興奮しているらしい。
     毛足の長いカーペットの上では、絡繰が毛を巻き込み壊れる可能性が考えられるので場所を変える。
    「見ててね」
     後ろ足で立った猫の姿をした絡繰は二回転すると、右目を一回だけ開閉させて動きを止めた。
     あの時、思いついた動作と寸分の狂いもなく完璧だ。
    「完璧じゃないか!」
    「ふふ、そうだろう」
    「触ってもいいか?」
    「ぜひ、触ってほしいな」
     壊さないように絡繰を手に取ると、さっきの動きが思い浮かぶ。
     もう一度、絡繰を見たいと思ったので類に頼もうと顔をあげる。
     そこには、柔らかな笑顔があった。
    「っ」
     胸が大きく脈を打つ。
     これはマズイ。
     あぁ、これ以上はダメだ。
     オレは腹をくくる事にした。
    「また見るためにはどうすればいいんだ?」
    「背中にあるネジを回せばいいよ」
    「分かった」
     壊れてしまったら直せないが、類が作った物が手元にあるだけで十分すぎる。
     絡繰を隣にあったテーブルへ置いて、類に近付く。
    「司くん?」
     不思議そうにする類の目をジッとみつめようとすると、彼は目を反らした。
    「類」
    「待って、僕は」
     後退りする類を追いかけるように近付く。それを何度か繰り返していると、壁に類の足が当たりそれ以上は下がれない。
    「司くん」
    「ごめんな。オレが手放せなくなる前に、さよならしよう」
     類の頬を包むようにして両の手のひらで挟み、顔を反らせないようにして前と同じように暗示を掛けた。
     忘れろ。
     この場所で過ごした数ヶ月間のことも。
     森の先に吸血鬼がいたことも。
     手元にない猫の絡繰のことも。
     彰人や冬弥のことも。
     そして、オレのことも。
     全て忘れてしまえ。
     忘れるんだ。
    「つかさくん」
     意識を失い崩れ落ちる類の体を支えて、一緒に床へ座り込む。
     類の跳ねた髪が頬を撫でた。
    「すまない、類。この想いはオレだけが持っていればいいんだ」
     視界が歪んで、喉がひきつる。
    「るい」
     もう二度と触れる事のない体温。
     もう二度と感じる事のない香り。
     それを自分の記憶へ、忘れないように刻みつける事を許してほしい。
     初めて家族以外に愛しいと想った人。
    「さようなら」
     零れ落ちた涙は、類の服に消えた。
    「作業員が通る道に寝かせておこう」
     袖で涙を拭って、意識を失った類をソファーに寝かせる。
     外に放り出すのは気が引けるが、自分で村に連れていくのは危険が伴う。
    「そうだ。類の荷物……」
     彼が使っていた部屋に行き荷物をまとめる。ここも数ヶ月前までは使われる事がなく殺風景だったが、今では設計図や部品が溢れていて騒がしくなっていた。
     散らばっている紙を拾い上げて見ると、文字が事細かに書き込まれている。
    「自分で選んだ。だから、大丈夫だ」
     込み上げる感情を飲み込んで、設計図の描かれた紙、部品をそれぞれに集めてバッグへ詰めていく。
     クローゼットを開けると、大道芸に使っている道具もあった。
     道具と類を一緒に運ぶのは、一人では大変そうだ。
    「仕方がない」
     全てをまとめて玄関に置き、森へ向かう。この時間なら、作業員が仕事をしているはずだ。
     予想通り、一人で作業をしている男が居たので暗示を掛けて館に連れて戻る。
    「しゃがめ」
     類を作業員に背負わせて、オレは荷物を持って再び森へ入った。
    「この辺りにするか」
     人の手で整備された場所あたりに、類を横たえた。ここなら人の通りがあるから、見つかるだろう。
    「お前の未来に祝福があることを願っている」
     その傍らに荷物を置いた。
     自分で離れる事を決めたくせに、こんなにも未練がましい気持ちになってしまう。
    「……よし!」
     両頬を手のひらで叩いて、気持ちを切り替える。作業員への暗示を【言うことを聞け】から【持ち場へ戻った五分後に正気に戻る】へ上書きすれば、オレに背を向けてゆっくりと去っていく。
    「類……、この想いを抱える事を許してほしい。」
     両膝を地面につけて体を屈める。
     人差し指で髪を流して現れた額に、唇を落としてから立ち上がった。
    「……が、……で」
    「それ……ろ」
     人の声が聞こえたので少し離れた木の陰に隠れて見守っていると、二人の作業員が楽しそうに話しながら現れる。
    「おい! 大丈夫か!?」
    「村まで運ぶぞ」
     体格の良い男が類を背負い、もう一人が押していた台車に荷物を乗せて村のほうへ歩いていった。
    「良かった」
     長い時間、類を地面に寝かせる事にならなかったと胸を撫で下ろして、オレは屋敷への道を戻る。
    「この後は食料や日用品の買い出しに行って、それから……っ」
     歩く速さはだんだんと遅くなり、とうとう足を止めてしまう。
    「しっかりしろ!」
     弱くなりそうな心を奮い立たせるように叫び頭上を見上げると、太陽は木に遮られていた。
     湿っぽい場所にいるから、気持ちが引きずられるのだと言い聞かせて家を目指す。
     屋敷に帰ってすぐに準備をして、山を一つ越えた先の町へ買い物へ行く。
     あの場所にも十年ほど住んでいるから、引っ越しを考えても良いかもしれん。
     冬弥と彰人の荷物もあるから、すぐには無理だろうが、二人が帰ってきたら相談してみよう。
    「まいどー」
     必要な物を買い終えて帰ろうとしていると、街角では女性達が集まり楽しげに会話をしている。
     聞き耳を立てていると、一人の女性の旦那は吸血鬼狩りを仕事にしているが、成果が出せないため転職をするらしい。
     賢明な判断だなと思いながら、荷物を抱えて家へ帰った。
    「掃除は明日に回すか」
     帰宅して時計を見れば午後五時を指していて、急いで買ってきたものを片付けて夕飯の準備に取りかかる
     今日はグラタンにしよう。
     無心で下ごしらえや調理をしていたら、焼き上げに入る時に二つ作っていた事に気が付く。
    「これは明日の昼食だな」
     二つとも食べても良かったが、一つは荒熱を取り表面が乾かないように保護して冷蔵庫へ仕舞った。
     もう一つを余熱の終わったオーブンへ入れて、出来上がりを待つ。
     その間にサラダを用意し、テーブルにスプーンやフォークと同時に並べる。
     野菜たっぷりのスープを作り、調理器具などを片付けているとオーブンが焼き上がりを知らせた。
     こんがりと焼き色のついた皿をテーブルへ移動させて、椅子に座ってグラタンを口へ運ぶ。
    「……」
     手順はいつも通りで失敗はしていないのに、飲み込んだグラタンは美味しくない。
     秒針の進む音が、部屋にやけに響き渡る。
     早く食事を終えようとあまり噛まずに平らげ、食器を片付けてから部屋に急いで戻った。
    「……っ」
     ベッドのサイドテーブルに置いておいた猫の絡繰を手に取って、風呂に入る事もせずに布団の中に潜り込む。
     気配は微かに残っているのに、本人は居ないという寂しさから必死に目を背ける。
    「そんな権利ないくせに」
     自分を嘲笑うように呟き、目をきつく閉じた。




     目を開けると窓から射し込む光が眩しくて、それから逃げるように身を捩る。
    「そう、だった……」
     昨日よりも薄くなった気配に、胸が悲鳴をあげそうになるが抑え込む。
     朝食を簡単に済ませて、類の使っていたゲストルームへ向かう。
     気配が自然に消えるまで残しておきたい自分と、さっさと片付けてしまえと考える自分。
     己の気持ちと向き合い、後者を選んだ。
    「やるぞ!」
     窓を開けると、吹き込んできた風が室内の空気を入れ換えていく。
     シーツを外した敷き布団と掛け布団を持ち出すが、階段の前で立ち止まる。
    「持って降りるのか……。」
     いつもなら持って運ぶが、今日はなんとなく億劫だ。
     仕方がないと思い布団を持ち直した時、ある事を思い出した。
    「あ!」
     行儀は悪いが家に居るのは自分だけだから、大丈夫だろう。
     まず敷き布団を三つ折りにして床に置き、その上に畳んだ掛け布団を乗せる。
     それを前に押し出すと、階段を滑るようにして布団が一階に届いた。
    「本当に滑るんだな」
     町の青年が話していたので真似てみたが、意外と便利かもしれない。
     彰人は呆れたような顔で見てきて、類と冬弥は面白がるだろうな。
    「……静かだな」
     自分しか居ない屋敷は他に物音がせず、外から聞こえる鳥の鳴き声だけが耳に届く。
    「続きをしなければ」
     感傷に浸っていても、この気持ちが解決するわけではない。
     それならばと、枕を取りに行き同じように滑らせて階下へ落とす。
     まとめておいたシーツや枕カバーを持ち一階に降りて洗濯機へ放り込み回したら、布団と枕を外に置いている専用の物干しに掛けて中へ戻る。
     簡易キッチンを使った形跡はなかったが、軽めに拭いておく。
    「あとは床だな」
     掃いた時に集めきれなかった埃を、濡らして固く絞ったモップで絡め取る。
     掃除が終わる頃には、微かに残されていた気配が跡形もなく消えていた。
     掃除道具を持って部屋を出て、洗い終わっていたシーツと枕カバーを干して時間を確認するとお昼を少し過ぎた頃。
     作り置きになってしまったグラタンを焼いて食べたら、明日からの事を考える。
    「折角だから、屋敷の中を片付けるか」
     もうすぐこの場所から離れるのだから、荷物の整理をしておくのは大切だ。
     ある程度の予定を決めたら、洗濯物が乾くまではゆっくり休むとしよう。
     自室から猫の絡繰を持ってくると、リビングルームのローテーブルに置く。
     ラグの上に座り、右腕を枕の代わりにしてテーブルに突っ伏す。
     左手で背中のネジを巻けば、猫はクルクルとニ回転してウインクをした。
    「元気にしているだろうか……」
     あの村の人達は気さくで優しいから、村民以外が長期的に滞在するのも受け入れてくれるだろう。
     あぁ、でも。一ヶ所に留まるのは類の性分ではなさそうだから、色んな場所を巡って大道芸をするのかもしれない。
     数ヶ月の記憶が無くても、新しい出会いが埋めてくれる。
     そして、人としての生を全うするのだ。
    「これで良いんだ」
    「僕としては全く良くないけれど」
     自分に言い聞かせる為の独り言だったはずが、聞き慣れた声が聞こえて急いで体を起こして振り向くと荷物を持った類が立っていた。
    「なん、で……」
    「君に言いたい事、聞きたい事はたくさんある。でも、先にこれだけ伝えておくよ」
     驚きのあまり動けないことに気付いたのか、類は荷物を置いてこっちへ歩いてくる。
     類は目線を合わせるようにして屈むと、オレの腕を掴み引っ張った。
    「あ」
     その勢いで類は尻餅をつくが、手は離れるどころか背中へ回っている。
     気が付けば、隙間がないと錯覚してしまうほどに距離が近い。
     痛いくらいに抱き締めてくる腕は、わずかにだが震えていた。
    「類?」
    「目が覚めたら、森で倒れていたと聞かされて血の気が引いた」
     それは事実なので、何も言うことが出来ない。
     でも、変だ。
     一緒に過ごした日々の全てを忘れろと、強めの暗示を掛けたはず。
     なのに、類は覚えている。
     考えられる事としては、【掛からなかった】もしくは【解けてしまった】のどちらか。
    「忘れろと命令したのに、なぜ覚えているんだ……」
    「僕にもわからない。ただ、あの時に【忘れたくない】と強く拒否したんだ」
    「そうか」
     無意識のうちに暗示を弱くしてしまい、類の意思に負けてしまったのだろう。
    「それで、慌てて村を飛び出してここへ来たんだ」
    「約束は果たしたのだから、好きな場所へ行けば良かっただろう」
     ここに戻ってくる理由はないはずだ。
    「司くん、本気で言っているのかい?」
    「え? いたい、痛い! 類、痛い!」
     類の雰囲気が一変して不機嫌になりながら、骨が折れるんじゃないかと思うくらいに強く抱き締めてきた。
    「ああ、もう! いいかい。僕は司くんのことが恋愛の意味で好きなんだよ」
     類が?
     オレの事を好き?
    「は?」
     間抜けな声が出てしまった。
    「もう一回、言ってあげようか?」
     体を離されたと思ったら、類の手のひらが両頬を挟んでガッチリと固定される。
    「僕は司くんが好きです」
     真っ直ぐにこっちを見ながら、真剣な表情をしている姿に頬が熱を持つ。
     頬から顔、そして全身が熱くなって胸がぎゅっと締め付けられる。
    「伝わった?」
    「あぅ……うぁ」
     類がふにゃりと笑い、額、鼻、頬とキスをしてきた。その行動に心臓は早くなり、全身が爆発しそうだ。
    「司くん」
     類が名前を呼ぶ。
     オレの気持ちも伝えなければと思い、類の手に自分の手を重ねると目の前の顔がさっきよりも緩む。
    「オレは類が好きだ」
     高ぶった感情に背中を押されるまま、類の唇に自分のそれを重ねる。
     軽く触れるだけだったが、欠けていた部分が戻ってくるような感覚。
    「もう一回」
    「ん」
     類から与えられた口付けは優しくて、心が満たされていく。
     交ざっていた体温が分かれて、自分のものだけになっても寂しくない。
    「るい」
     相手の為だと言い訳をして手離した存在が近くに居てくれる事が嬉しくて、幸せで、視界が滲む。
    「離れる気はないからね」
    「あぁ、分かった」
     頷くとまた抱き締められたので、強く抱き締め返したのだった。


    「まぁ、こんなところだな」
    「はわー。ふわふわほわほわのギュー!だ」
     いまだにえむの言葉は理解が難しいが、間違ってはいなさそうなので頷いておく。
     その後、類に好き勝手されて翌日に影響が出たものの、明け透けに話す内容ではないので黙っておく事にする。
    「あれ? でも、類くん。あたし達と変わらないけど……あっ!」
    「まぁ、本人の希望だ」
    「類くん、頑張ったんだね!」
     類は三日三晩、全身の痛みと高熱に耐え続けた。あの時のオレが出来た事と言えば、側で見守ることだけだ。
    「あと。冬弥と彰人に伝えたら、馬に蹴られたくないですと言われたな」
     話した直後の二人は、ポカーンという言葉が似合うくらいに反応は無し。
     しばらくして復活した彰人は類に詰め寄っていたが、和解が成立したようで幸せならそれでいいと言ってくれた。
     邪魔をするわけにはいかないと、急いで荷物をまとめて二人は故郷へ帰って行った。
    「えへへ。司くんと類くんのお話、楽しかったなー」
    「そうか。それなら話した甲斐があったな」
     満面の笑顔を浮かべている少女……、えむは移り住んだ先で出会った吸血鬼だ。
     この辺りを縄張りにしていないので、良好な関係を築けている。
    「あたしにも、二人みたいになれるようなパートナー見つかるかな」
    「焦ることはない。時間はたくさんあるだろう?」
    「うん! そうだね!」
     なんとなくだが、えむが相手に巡り会える日が来るのはそう遠くないと思う。
     出会いとは、偶然であり必然だと言う者もいるくらいなのだから。
     ふと、えむから視線を外す。
     こちらの様子を窺っている浅緑色の髪の少女と目が合うと、彼女は物陰に隠れてしまった。
     たぶん、いや。きっと彼女が。
    「待たせたね」
    「帰るか」
     買い物を済ませた類が戻ってきたので、椅子から立ち上がる。
    「二人ともまたねー!」
    「えむ。もしかしたら、出会っているのかもしれないぞ」
    「うん!」
     元気に手を振ってくるえむの頭を撫でると、嬉しそうに笑いながら頷いた。
    「また来る」
     通うことにようやく慣れた道を歩き出すが、右隣を歩く類の機嫌が良くない。
     怒っているというより、拗ねているようだ。
    「類、どうした?」
    「君がえむくんを妹のように思っているのは知っているけれど……」
     そのまま口を閉じてしまった類だったが、言いたいことは理解した。
    「頭を撫でてほしいのか?」
    「撫でても欲しいけど、そうじゃなくて」
     これ以上は、類が本格的にへそを曲げてしまいそうなので止めておこう。
     類の左手に持たれた袋を自分の左手で取り上げて、空いた場所に右手を滑り込ませて繋ぐ。
    「どうしたい?」
    「君さぁ……」
     少しだけ高い位置にある類の目を挑発的に見上げると、繋がれた手を強く握られる。
     日が沈めばその手によって体を暴かれるのだから、多少の仕返しくらい問題ないだろう。
    「司くん、明日の朝ごはんは何がいい?」
     こうやって尋ねられた次の日は、確実と言っていいほど起きられない。
     正直なところ、類の作る料理ならなんでもいいのだが。
     頑張ってもらおうではないか。
    「具沢山の野菜スープ」
    「正気かい?」
    「正気を疑ってくるな! 類、ダメか?」
     類はグッと言葉に詰まった様子だったが、大きく息を吸って吐き出すと小さな声でわかったよと呟く。
     ブツブツと野菜に対する不満を言っている類の手を引きながら、町外れに建っている我が家を目指した。
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    PROGRESS※18歳未満閲覧厳禁※

    2024/5/26開催のCOMIC CITY 大阪 126 キミセカにて発行予定の小粒まめさんとのR18大人のおもちゃ合同誌

    naの作品は26P
    タイトルは未定です!!!

    サンプル6P+R18シーン4P

    冒頭導入部とエッチシーン抜粋です🫡❣️

    あらすじ▼
    類のガレージにてショーの打合せをしていた2人。
    打合せ後休憩しようとしたところに、自身で発明した🌟の中を再現したというお○ほを見つけてしまった🌟。
    自分がいるのに玩具などを使おうとしていた🎈にふつふつと嫉妬した🌟は検証と称して………

    毎度の事ながら本編8割えろいことしてます。
    サンプル内含め🎈🌟共に汚喘ぎや🎈が🌟にお○ほで攻められるといった表現なども含まれますので、いつもより🌟優位🎈よわよわ要素が強めになっております。
    苦手な方はご注意を。

    本編中は淫語もたくさんなので相変わらず何でも許せる方向けです。

    正式なお知らせ・お取り置きについてはまた開催日近づきましたら行います。

    pass
    18↑?
    yes/no

    余談
    今回体調不良もあり進捗が鈍かったのですが、無事にえちかわ🎈🌟を今回も仕上げました!!!
    色んな🌟の表情がかけてとても楽しかったです。

    大天才小粒まめさんとの合同誌、すごく恐れ多いのですがよろしくお願い致します!
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