自慢したい「頼む、天馬! 合コンに来てくれ!」
食堂で昼飯を食べようとしていた友人の目の前に座り、勢いよく頭を下げた。突然の事でポカンとしていたが、天馬は首を横に振る。
「行かない」
「そこをなんとか!」
天馬が合コンを兼ねている酒飲みの席に来ないというのは知っていたが、どうしても今回は出席をしてほしかった。というのも、好きな子と一緒に幹事を務めているからだ。
「人数が足りないと中止になるんだよ~」
「オレ以外に頼めばいいだろう」
その意見はもっともなのだが、彼氏彼女持ちには断られるし、試験が近いのもあり良い返事がもらえなかった。
「てんまー」
「あぁ、もう! 情けない声を出すな」
泣き落としをするしかないと縋りつくような声を出せば、頑なだった態度が柔らかくなり押せば了承を取れそうだ。
「明日、返事をするから」
「ありがとうな!」
「行くとは言っていない」
天馬はため息を吐いていたけど、悪くない手ごたえを感じて人数の確保が出来た事を連絡する。しばらくすると。彼女から感謝の言葉が返ってきた。
今日の講義が終わったら、新しい服を買いに行こうと決めて食堂をあとにした。
「揃った?」
「天馬だけだな」
「先にお店に行こうか」
天馬に先に行っている事を連絡して、予約していた店に向かう。店員に案内されて個室へ入り、天馬が来るのを待つ。
「すまん、遅れた」
「気にすんな」
俺達が早かっただけだと伝えると、天馬はホッとした様子だった。天馬がコートを脱いで隣に座った時、珍しくタートルネックを着ている事に気付く。
それと、ネックレスチェーンが通っているのは指輪のように見える。
「なぁ、天馬。そのネックレスって」
「これか?」
天馬がくすりと笑う。
その瞬間、余計な事を聞いたかもしれないと思った。
指先で輪を弄りながら、話し始めた天馬の声のトーンは今まで聞いた事がないくらいに甘い。
「高校の時に、恋人が作ってくれたんだ」
「こい、びと?」
「そうだが……。ん? 言ったことなかったか?」
あっけらかんと衝撃の事実を告げられ、この場の雰囲気が悪くならないか不安になっていると一人が声をあげた。
「天馬君の恋人って、神代君だよね」
「かみしろ?」
変わった名前で印象的だが、大学の構内では聞いた覚えがない。
「類は別の大学に通っている。だが、一緒にフェニランでショーキャストをやっている」
「なる、ほど?」
天馬がフェニランでバイトをしているのは知っていたけど、まさかショーの仲間とそういう関係になっているとは知らなかった。
というか、かみしろ【君】だから男だよな。
偏見とかはないけど、天馬は恋愛には興味がないと思ってたから意外だ。
「しかし、手作りってすげーな」
天馬が動けば揺れるリングは、店で買えるような物と変わりがないように見える。
「手先が器用なやつなんだ。ショーステージで使う機械周りを担っている上に、演出も手掛けている」
「ふーん」
「そう言えば、このリングを内緒で作っていてな。隠すのを忘れていたのを見つけてしまったわけだ」
うっわ。俺なら、へこむな。
サプライズをしようと準備をしていたら、相手に見つかるとか一生の傷になる。ジッとリングを見ていると、ある事に気付いた。
「小さくないか? それ」
「あぁ。大きさには気をつけていたらしいが、失敗していたんだ。あいつは渡すのを拒んだが、お願いしたら渡してくれた」
当時を思い出しているのか、天馬の表情が緩んでいる。
「恋人自慢だー!」
「それで、他には⁉」
テーブルに身を乗り出すくらいの勢いで、女子の食いつきが凄まじい。
あれ、今日って合コンのはずだよな?
「聞きたーい」
彼女も楽しそうだから、もう良いか!
それからは、天馬の口は止まる事は無く。恋人自慢というよりは、惚気に近いものを聞かされたのだった。
「ただいま」
「おかえり、司くん」
合コンを兼ねていたはずの飲み会から帰宅すると、ちょうど類が風呂場から出てきたところだった。手洗いとうがいをして、自室に向かいコートを脱ぐ。そのままリビングに向かうと類が飲み物を用意していた。
「カフェオレでよか……った。って、それ!」
「え?」
驚いた顔をした類が、あっという間に目の前に来る。
「これ、付けて行ったのかい」
類が首元のリングを指で掬う。
「ダメだったか?」
オレとしては、最初に貰った手作りのプレゼントだから付けていくならピッタリだと思ったんだが。
「持っていてくれたんだね」
「当たり前だ、大切な物だからな」
類の手に自分の手を重ねると、グッと強く握られて腕を引かれる。
どこに向かうのかなんて聞かなくても、行き先は分かっていた。テーブルに置かれたマグカップが気にはなったが、レンジで温めれば飲めなくもないだろう。
数合わせで合コンに行く事は話していたが、不安だったに違いない。
途中から類の話をするだけになっていたが、本人は知らないからな。
「類、今日は好きにしていいぞ」
「司くん、そういう事は軽々しく言わないほうがいいよ」
「類にしか言わん」
いつの間にか、類の部屋に着いていた。
そして、二人でベッドに沈むのだった。