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    yuduru_1957

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    yuduru_1957

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    類司🎈🌟
    ショタ🎈と未来の🌟くんが出会うお話

    #類司
    Ruikasa
    #年齢操作
    ageManipulation

    星に願う「類、そのパーカーはどうしたんだ?」
     類の部屋で次のショーの演目を相談していた司は、類の作業台の前に鎮座する椅子の背もたれにかけられたパーカーを指差した。
    「ああ、これかい?」
    「お前が着るには少し小さいのではないか?」
     袖も丈も類の高身長にそぐわない。何せ司が見た印象では、司がそのパーカーを着るのも窮屈そうなのだ。当然、類にとっては小さいに決まっている。
    「肩に羽織るだけでも寒さは凌げるからね。それに……これは、大切なものなんだ」
     確かに、類の部屋は機材を沢山設置しているためか、寒いくらい冷房が効いていた。外は今日も雨。梅雨の季節特有の湿度の高い暑さのため、薄手のTシャツ一枚で類の家を訪れた司だったが、あまりの寒さに鳥肌が立ち、類から上着を借りていたほどだった。
     愛おしそうにファスナーの付いたパーカーを撫でて、類は微笑んだ。司はまだ高校生で庇護される立場の人間ではあるが、自らの子を愛おしむ際はこのような表情を浮かべるのだろう、と容易に想像がつく。
    「何となくそれは類の表情を見ていたら分かるぞ。本当に大切なものなんだな」
     類は自らについてあまり多くを語らない。最近は心から楽しそうな笑顔を浮かべていることが多いが、出会った間もない頃は感情の読めない笑みを始終作っていて、今になって壁を作られていたのだと司は気付く。
    「……折角だから、このパーカーについて話そうか。息抜きにもちょうど良いだろう」
     確かに類の言う通り、二人がショーの脚本に関する会議を始めてすでに三時間が経とうとしていた。「お茶を淹れてくるね」と部屋から出て行こうとした類の後を着いていくと、類は「ありがとう」と言って微笑んだ。言わずとも、司が手伝うつもりなのは伝わっているらしい。
     お湯を沸かしている間に、陶器のマグカップを二つ、紅茶の茶葉をふた掬い用意した類は、司に戸棚から皿を二枚取り出すように頼んだ。
    「母さんがケーキを買ってきてくれているんだ。折角だから一緒に食べよう」
     冷蔵庫から取り出されたケーキ屋の白い箱には、ティラミスが二つ。箱は冷たく、よく冷やされていたのが分かる。冷房の点いていないリビングの熱気で箱の表面には水滴が浮いていた。
    「おお、美味そうだな! では、ありがたく頂くとしよう」
     甘い生クリームを使ったショートケーキより、チーズケーキといったものを好む司にとってティラミスは好物の一つだ。
    「ふふっ、喜んでもらえて何よりだ。今日は紅茶も淹れてちょっと贅沢をしよう」
     やれ湯の温度だ、茶葉を蒸らす時間だと細かい点をきっちり守りながら類が紅茶を淹れ終える。しばらく時間がかかりそうだと踏んでいた司が、皿に移し終えていたティラミスを再度冷蔵庫に戻していたのは英断だっただろう。
    「お待たせ、部屋に戻ろうか」
     お盆にフォークと紅茶の入ったマグカップとティラミスを二人分。類がお盆を手に取ったので、司は部屋のドアを開けて類が通るのを待ってやる。
    「すまない、類。ありがとう」
    「ふふ、構わないよ。じゃあ、食べよう」
    「ああ、いただきます」
    「いただきます」
     ティラミスの周りに巻かれたビニールを外しながら、類は口を開く。
    「食べながら聞いてくれるかい? 昔、まだ僕がずっと幼い頃、不思議な経験をしたんだ」
    「不思議な経験? それがそのパーカーと関係があるのか」
    「そうだね。このパーカーはその時にとある人からもらったんだ」
     
     それはそれは、まだ僕が小学生だった頃——。
     
     類は一度、懐かしむように目を閉じて唇を開く。流れるような、歌うように語る類の口上は司の耳に心地よく届いた。
     
     あの日は、秋晴れの、風が心地良い日だった。鰯雲が抜けるような青空に浮かんでいて、爽やかな風が髪を撫でて……、でも少しだけ肌寒い。そんな日だったんだよ。
     
     窓の外は蒸し暑い鈍色の空模様だと言うのに、司は肌でその秋晴れの日の空気を感じている。
     
     これはそんな秋の日に一人の幼い子どもと、少年が出会うお話。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください——
     
     ああ、演出家のスイッチが入っている。と司は類の話に集中するために目を閉じた。
     
     ***

    「さて、どうしたものか」
     少年は独りごちる。その少年は学生服を身に纏い、スクールバッグと小さな花束を持っていた。ガーベラの花束は、色取りどりで見る者を楽しませるが、少年の表情は険しい。
    「此処は、どこだ……」
     見慣れぬ街並み、迷ったわけではない。少年が向かおうとする目的地までの道のりを彼は熟知しており、迷うはずがない。近道をしよう、など気の迷いを起こしたわけでもない。ただ、少年はいつも通っている道順で、いつも通り角を曲がっただけだが、明らかに見覚えのない道に出て困惑しているのだ。驚いて道を引き返すも、見慣れた景色はどこにもなく。
    「携帯も……繋がらん。おまけに日付けの表示がおかしいな……」
     スマホの画面には「88:88」のデジタル表示。いつから一日は二十四時間から改正されたのだろう。
    「早く咲希の元に向かわねば面会時間が終わってしまう……」
     少年には一人の妹がいた。彼女は病院に入院しており、少年が見舞いに来るのを楽しみにしているのだ。連絡も入れずに面会時間が過ぎて仕舞えば、彼女はたいそう心配するだろう。
     一刻も早く病院に向かわなければ、と少年は周囲を見渡すが、道を聞こうにも人ひとりどころか、鳥一匹飛んでいない。少年はため息を吐いて、取り敢えず、といった風に歩き出す。花束を潰してしまわないように抱え直して——。
     
     幾らか角を曲がり、歩みを進めても誰にも擦れ違わない。少年は人見知りをする質ではなかったので道を聞くことは訳ない。だが、人に会わないのであれば、この問題は解決しないのだ。
    「どうしたものか……」
     閑散とした住宅街。日はまだ高いと言うのに車一台通らない。
     足を止めても何も解決しないので、歩き続けるがそろそろ少年の気も滅入ってきた。
     
    「もう、類くんとは遊ばない!」
     
     突如、風に乗ってそんな言葉が聞こえてきた。幼い子どもの声だろうか。少年は一瞬耳に入った音を頼りに、その方角に向かって歩き出す。
     角を曲がり、数メートル先の視線に小さな公園を少年は見つけた。滑り台と鉄棒、ジャングルジムと砂場に二人分のブランコ。小学生くらいの子ども向けに作られたのであろう。鉄棒は少年が使うには少々低い。
     公園を見渡した少年は声の主らしき子どもを探す。だが、子どもはすでに公園を離れていたのか、公園には誰もいないようだった。
    「む……遅かったか」
     落胆したように肩を落とす少年。俯いた表情からは焦りが見える。どれほど時間が経過したかも分からないまま、いつまで経っても病院に向かう手がかりを見つけられない。苛立ちから、少年は花束を持っていない方の手を握り締める。
     
     ——どうして……どうして、そんなこというの?
     
    「…………!」
     先程の子どもとは異なる声が、少年の鼓膜に届いた。悲しみに満ちた声、今にも泣きそうな声は少年の意識を姿の見えない子どもに向けさせる。妹を持つ兄故の面倒見の良さからか、放って置けないのだろう。公園の敷地内を必死に探すと、木陰に一人の子どもを少年は見つける。耳の下あたりで切り揃えられた髪は紫色中に二房分の空色が混じっていた。
     その子どもは大きな瞳に涙を溜めながら数枚の紙の束を握り締めていた。力いっぱい握り締められた紙は、灰色がかっていて藁半紙の質感に少年は少々懐かしくなる。年は小学生くらいだろう。
    「どうして……こんなものがあるから、誰も遊んでくれないのかな……」
     子どもの言葉で少年は合点がいく。なるほど、この子どもが〝類〟なのだ。
    「……だったら、こんなもの。こんな演出なんか……」
     藁半紙の束を子どもは破ろうと握り直す。だが、その表情からは迷いが見える。
    「捨ててしまうのか?」
    「っ、誰……ですか?」
     少年の姿を認識して類と呼ばれた子どもは、パッと顔を上げて後ろ手に藁半紙の束を隠した。ごしごしと目を擦った所為か目尻が少し赤くなっている。
    「何、ただの通りすがりのお節介だ。捨ててしまうなら、一度それを見せてくれないか?」
     演出、その単語は少年にとって聞き逃せるものではない。何を隠そう、少年はショースターを目指しているのだ。これほど小さな子どもから到底紡がれる単語ではないが、少年の興味を唆るには充分すぎだ。
    「……知らない人と話してはいけないと学校で言われています」
    「ハハハッ、そうだろうな。だが、オレはお前の口から聞こえた〝演出〟という言葉に興味を持ってしまった。これでその紙を見るお代にしてはもらえないだろうか?」
     黄色のガーベラを一本抜いて、少年は類に差し出した。
    「…………お兄さんも、ショーが好きなの?」
    「ああ、もちろんだ! オレは妹を、誰かを笑顔にするショーのスターになる男だからな!」
     ジッと見定めるように少年を見つめていた類は、おずおずと少年が差し出す黄色のガーベラを手に取った。
    「……しょうがない。そこまで言うなら見せてあげる」
     ガーベラを受け取る代わりに藁半紙を類は差し出した。少年のことは未だ警戒しているようだが、幾分心を開いてくれたのか敬語が外れていて少年は心の中で微笑んだ。
    「ああ、ありがとう」
    「…………そこのベンチ、使ったらどうかな」
     荷物が多い少年を気遣ってくれたらしい。類はベンチを指差して少年に座るように促してから、自らは先に腰かけた。
    「では、お前の言葉に甘えよう」
     バッグと花束を置いて、少年も類の隣に腰かけた。両手で藁半紙を持って、少年は一枚ずつ書かれた文字をゆっくり目で追った。
     書かれていたのは綿密に練られたストーリー、そして一見危険に見える演出。だが、その演出には赤線で囲まれた安全策がどれにも書き込まれている。間違っても怪我をしないよう、何度も頭の中でシュミレーションされた演出は、妥協を許さない性格なのか、何度も消しゴムで消して書き直された跡が見受けられた。
    (これは、すごい……。小学生ほどの子どもが、一人で考えられるものなのか)
     感嘆の声を漏らしかけるが、少年は慌てて口を閉ざす。好きなものを追求するために年齢は関係ないからだ。子どもとて、否、子どもだからこそ柔軟な発想ができる場合もある。
    「どう、かな……お兄さん」
     黙りこくったままの少年を見て、類が不安そうに声をかけた。平静を装っているが、その瞳には不安と期待が込められている。
    「ふむ、そうだな……」
     一度藁半紙の束から顔を上げた少年は、数秒思案して再度藁半紙に視線を落とす。何度も破り捨てようとした形跡が見て取れた。破ろうと力を込めて握り締められたであろう藁半紙の束は、端に皺が寄っていて少しだけ切れ込みが入っている。
    (……ただ、褒めるだけではこの子どもの涙は拭えないだろう。ならば——)
    「お前は先程、この演出の所為で、と言っていたが……」
     少年の言葉に類は瞳を揺らした。逡巡したように視線を彷徨わせた後、眉を顰めて類は口を開く。
    「……言葉の通りだよ。僕が一人ぼっちになったのはこの演出のせい、ただそれだけ」
     確かに、小学生には少々、難しすぎる内容かもしれないと少年は思案する。いきなりジャングルジムから飛び降りろ、などと言われては、いくらマットを敷いているとは言え、幼い子どもにとっては恐ろしいに違いない。その結果が「もう、遊ばない」なのだろう。と少年は容易に推察できた。
     感情を隠そうとしているが、強張った肩と握り締められた手から後悔と不満を見てとれた。そして、また徐々に溜まっていく涙が類の悲哀を物語る。どうして分かってくれないの? 全身から類の慟哭が今にも少年は聞こえそうだった。
     幼い類には、無垢な悪意はどうにも堪えたらしい。幼い子ども特有の何気ない純粋な悪意は、類の自尊心をずたずたに切り裂いたらしい。大人による慰めは、彼の心を守るには少々足りなかったのか。そもそもそんな慰めが存在したのかは不明だ。好きなものを捨てる、それは酷く悲しく、痛みを伴うと知っていた少年は、必死に泣くのを堪える類を見て目を伏せる。
     この年の子どもにしては整った字を、少年は指先で優しくなぞった。鉛筆の黒鉛が指の腹に付着して、つい先程まで文字を書き足していた証拠と知って、つい少年は唇を綻ばせる。何度も消しごむで消して書き直されたのか、演出と脚本が纏められた数枚の藁半紙には、沢山の凹凸ができている。書き直された分だけ、誰かの笑顔を想った結果の筈——と少年は無性に嬉しかったのだ。
     涙を溜めて見上げる類の小さな手を握って、少年は微笑んだ。
    「そうか……なら、捨てるなとは言わん。捨ててしまった方が楽な時もあるだろう。何かを守るためには必要なこともあるだろう。だが、オレはこの演出が好きだぞ」
     類の金色の瞳が見開かれた瞬間、表面張力によって辛うじて零れずにいた涙が頬に線を描く。顎まで伝ったそれは、コンクリートに水玉模様をいくつも作った。幼い金色の瞳が食い入るように少年を見つめて、少年の指先を追い始める。
    「特に此処が良いな。独創的で面白い発想だ。見ている者にも、元気を与えるだろう」
     藁半紙の束を返しながら少年はにこにこと笑顔を作る。その笑顔に嘘がないと気付いて類は困惑の表情を浮かべた。
    「どうしてあなたは……僕の演出を、好きだと……? こんなに、危険なのに……」
     嗚咽混じりの言葉は、幾度も類を傷つけた言葉だったのだろう。言わせてしまった罪悪感で少年は眉を下げる。
    「お前の演出が危険なはずないだろう。お前の演出は誰かを笑顔にしたいと思ってつけられたんじゃないのか」
    「っ、う……ごめん、なさい……」
    「ハハハッ、おかしなやつだな。お前が謝ることなど一つもないぞ」
     藁半紙の束を握り締めた小さな手を包んだまま、少年は類を抱き締める。わんわん、と少年の胸に顔を預けて泣き始めた類はやっと年相応の幼さを見せた。ずっと達観した表情と態度で少年に接していたのは、類なりの防御方法だったのか。感情を隠すことで、類は自らを守っていたのだろう。傷付いてはいないと、自らに言い聞かせていたのだ。
    「存分に泣くと良い。どうせ、オレはこの世界においては幽霊の類いと変わらんだろうからな」
     おかしな表示のスマートホン、突如現れた見覚えのない道。恐らく自分が本来いた世界とは異なるのだと、少年は何となく理解していた。
    「そん、な……こと……」
    「あるんだ。その内オレはお前の前から消える。だからこそ、お前の涙はオレが連れて行こう。いつか、お前が心からの笑顔でショーができるよう祈っているぞ」
     消える、その言葉を聞いた瞬間、類が少年の服を強く握ったのを、少年は気付いていた。別れが悲しいものにならないよう、そして、類にとっての現実が辛いままにならないよう、少年は慎重に言葉を選ぶ。過去や現実は辛く呼吸をするだけで類を疲弊させたとしても、いずれ訪れる未来もそうとは限らないと、少年は類に希望を持って欲しかった。
    「嫌だ……僕は、あなたとショーがしたい」
     だが、幼子には理解し難い複雑な感情だっただろう。この年代の子どもにしては聞き分けが良く、頭の良い類と言えど、手に入ったものをそうそう簡単に手離す訳にはいかないのだ。
    「行かないで、お兄さん……」
     類も必死だった。此処に留まることを切に願う、悲痛な表情は見ている者を辛くさせる。あれほど警戒していたのに、と少年は苦笑を漏らす。今、少年を引き留めるために強く握られた小さな類の手の平を、少年は振り解かねばならなかった。
    「そう言うわけにはいかないのだ……オレにも行かねばならない所がある」
     離れていく少年にめいいっぱい手を伸ばして、類は唸るように呟く。
    「……子どもを泣かせておいて、あなたは誰かを笑顔にするショーができるの?」
    「ふむ、それは痛いところを突かれたな」
     宥めるように頭を撫でると一瞬だけムッとした表情を見せたが、少年の手の平が心地良いのか類の唇はすぐに弧を描く。
    「じゃあ、僕と一緒に……」
    「楽しみは後に取っておくと良い」
     きつく、きつく類の小さな身体を抱き締めて少年は声を絞り出す。本当は離れたくないのだ、と言葉ではなく、少年は態度で類に示した。
    「苦しんだ分だけ笑顔になれるとは言わない。いつまで経っても苦しみ続けることになるかもしれない。だが、今オレとお前がショーをしたとして、お前は笑顔になれるだろう。だが、……オレを待っている、病気で入院している妹がいるんだ」
     ハッと息を呑んだ類をさらに力を込めて抱き締め、少年は声を何とか絞り出した。
    「すまない……。泣いているお前を笑顔にできないなど、オレはスター失格だな……」
    「……ううん、気にしないで。ありがとう、お兄さん」
     やはり類は年齢の割りに聞き分けが良いようだ。きっと頭の良い子どもなのだろう、と少年は類の紫色の髪を梳いた。さらさらと指の間を流れていく類の髪は触り心地が良く、手離したくない衝動に駆られるが、少年には帰らねばならない場所がある。
    「……オレンジは〝忍耐強さ〟」
    「え……?」
    「ガーベラの花言葉だよ、お兄さん。白の〝希望〟、黄色の〝究極の愛〟、赤の〝限りなき挑戦〟、ピンクの〝感謝〟……。知らずに花を送ろうとしたの?」
    「なっ⁉︎ 花屋の店員がお見舞いにはガーベラがおすすめだと言うから、選んだのだ!」
     くすくすと笑われて少年はむきになって言い返す。花言葉の意味を知らないことに対する揶揄の言い訳にすらなっていないと少年は気付いていない。
    「ふふふっ、こんなことで怒るなんて、お兄さんもまだまだ子どもだね」
    「子どもに言われる筋合いはないぞ! お前の方こそ、さっきまで泣いていただろう。あの時の可愛げはどうした」
    「…………泣いていない」
     しばらく睨み合っていた二人だったが、どちらからともなく噴き出して声を上げて笑い合う。
    「ふっ……ふふっ」
    「フッ、ハハハッ! ……やっと、笑ったな。子どもはやはり笑っている方が良い」
    「お兄さんも……少し、楽になった?」
     類の指摘に少年は目を見開く。
    「ああ……そうだな。それより、お前……身体が冷たい。全く、子どもだからと薄着で外出するのは関心せんぞ」
     抱き締めた時に小刻みに震えていたのは、泣いていたからだけではないと少年は気付いていた。陽も傾いてきたようだ。更に冷えてしまっては風邪を引いてしまうかもしれない。
    「……ほら、これをやろう。少し大きいかもしれないが、お前もすぐに背が高くなるだろう」
     スクールバッグからパーカーを取り出して、少年は類に着せてやる。袖が長いため指先しか出ていなかったが、充分すぎるくらい寒さは凌げるだろう。
    「ありがとう、もらっても良いの?」
    「ああ、オレにはもう、少し小さいんだ」
    「……分かった、大切にするね」
     ぶかぶかのパーカーを何度か撫でて、類は少年から離れた。
    「お兄さん、帰り道は分かる?」
    「ああ、何となく今なら帰れる気がするぞ。……お前は、帰り道が分かるのか?」
     
     ——もちろん、大丈夫だよ。
     
     満面の笑顔を浮かべる類に、先程までの影は見えない。ほっと安堵のため息を吐いて少年は公園を後にする。
     公園の入り口では、類が少年に手を振り続けていた。曲がり角を曲がる直前、少年は背後を振り返る。
    「類! いつか、共にショーをしよう!」
     少年の言葉に類は大きく頷いた。
    「はい! 必ず!」
     類の手に持っているオレンジ色のガーベラが風に揺れていた。別れを惜しむように、再会を望むように。
     
     ***
     
    「……で、その時にもらったのがこのパーカーというわけなんだ。名前も聞かなかったし、顔も覚えていなくてね。どこの誰かも分からないんだけど……このパーカーの持ち主は今どうしているのかなって偶に考えてしまって、小さくなっても何となく手離せないままなんだよ」
    「そうだったのか。……その少年はお前を救えたのか?」
    「司くん?」
     微笑ましい話の筈だったし、類もそのつもりで話した。しかし、司は顔を強張らせている。緊張、恐怖、感情の名前は類には分からなかったが、司の食い入るような視線だけは理解できた。
    「教えてくれ、類は……救われたのか」
    「そうだねぇ……」
     はぐらかすのは簡単だったが、司はどうやら真剣な様子。軽んじて良い問いではないと類も分かってはいる。長話をしたため乾いた喉を冷めてぬるくなった紅茶で潤し、どうしたものかと類は思考する。あの時、自分は確かに笑顔になれたが——その先の未来に待っていたのはやはり絶望だった。
    「どうだろうね。救われてはいないんじゃないかな」
     びくり、とフォークを持つ司の手が跳ねた。話している間、ティラミスも紅茶もひと口も進んでいないことに類は気付いていた。青褪めた司の顔が項垂れていく。
    「では……」
    「でも、僕はあの時励まされた言葉よりも〝今〟僕の演出を好きだと言ってくれる司くん達に救われているよ」
     弾かれたように司は顔を上げる。
    (ああ、あの頃の僕も——こんな顔をしていたのかな)
     眉がへの字に折れていた。泣くのを堪えているからだろう、眉間がピクピクと痙攣している。瞳に涙を溜めて司はただ、静かに類を見ていた。
    「……おいで、司くん。約束を守ってくれてありがとう」

     ——今度は、僕が君を守ろう。
     抱き締めてくれたあの温もりを覚えている。
     前を向くきっかけをくれた君に、敢えて捨てるなと言わなかった君に、僕は何が返せるのかな。
     
    「良かった……、オレも名前も顔も……覚えてはいなかったのだが、あの時かけた言葉が、重荷に、なってはいないかと……、ずっと心配だったんだ……。類の方こそ…………捨てないでくれて、ありがとう」
    「〝未来のスター〟との約束は守らないとね」
     類の腕の中で司が震える。微かに聞こえる嗚咽混じりの笑い声が、涙に濡れているのを類は気付かない振りをした。
    「ああ、司くん。雨が上がったみたいだよ」
    「…………そうか」
     類は手を伸ばして椅子の背もたれにかけられていたパーカーを手に取り、そのまま司の背中にかけてやる。
     窓の外では、雲の切れ間から陽射しが地面を照らしていた。東の空は雲が薄い、雨上がりの空は空気中のチリやゴミが地面に落ちて星空が綺麗に見えるのだ。
    「ねぇ、司くん。今晩泊まっていかないかい? 望遠鏡を出して一緒に星を観ようか」
    「ああ、類と共に観れるなら……さぞ綺麗なのだろうな」
     
     ——未来を約束してくれた君に、幸せが訪れますように。
     
     きっと、自分に優しい言葉をかけてくれたあの頃の司は、妹の咲希が入院して最も辛い時だったに違いない。だのに、泣いていた類を励ましてくれたのだ。
     幸せを願うだけでは足りないかもしれない。だから、この手で君を幸せにしよう。そう、類は誓って、司を抱き締める腕の力を強くした。
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    PROGRESS※18歳未満閲覧厳禁※

    2024/5/26開催のCOMIC CITY 大阪 126 キミセカにて発行予定の小粒まめさんとのR18大人のおもちゃ合同誌

    naの作品は26P
    タイトルは未定です!!!

    サンプル6P+R18シーン4P

    冒頭導入部とエッチシーン抜粋です🫡❣️

    あらすじ▼
    類のガレージにてショーの打合せをしていた2人。
    打合せ後休憩しようとしたところに、自身で発明した🌟の中を再現したというお○ほを見つけてしまった🌟。
    自分がいるのに玩具などを使おうとしていた🎈にふつふつと嫉妬した🌟は検証と称して………

    毎度の事ながら本編8割えろいことしてます。
    サンプル内含め🎈🌟共に汚喘ぎや🎈が🌟にお○ほで攻められるといった表現なども含まれますので、いつもより🌟優位🎈よわよわ要素が強めになっております。
    苦手な方はご注意を。

    本編中は淫語もたくさんなので相変わらず何でも許せる方向けです。

    正式なお知らせ・お取り置きについてはまた開催日近づきましたら行います。

    pass
    18↑?
    yes/no

    余談
    今回体調不良もあり進捗が鈍かったのですが、無事にえちかわ🎈🌟を今回も仕上げました!!!
    色んな🌟の表情がかけてとても楽しかったです。

    大天才小粒まめさんとの合同誌、すごく恐れ多いのですがよろしくお願い致します!
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