紅灯籠回廊に紅く艶やかに、灯籠が灯る。俗世から離れ、厳格と静謐を旨とする雲深き仙府も、今日ばかりは喜色を隠さない。
とうに主役は退座したが、なお宴席は続き、上座では蘭陵の宗主が号泣している。それを慰めようとする共に長じた姑蘇藍氏の棟梁へ「うるさい!だからお前ら藍氏は嫌いだ!」と拳を叩きつけた。
相変わらず仲睦まじい烏鷺も、いつの間にか消えている。複雑な意味合いで花嫁の伯父にあたる彼の黒衣は、この華燭の典のため遊歴から戻ってきた。主役を差し置く勢いで呑んで、どこぞで介抱されているのだろう。
一向に人が散る気配のない部屋を見渡して、藍曦臣の眼は来賓の挨拶を受けている目当ての姿を得た。
「江宗主」
酒注を手に藍曦臣が近寄ると、巫山のあたりを所轄する中堅の仙門の宗主がひとつ頭を下げてから、これは敵わないとばかりにそそくさと立ち去る。見知った顔を認めて、江晩吟の表情が緩んだ。
「お疲れさま」
「あぁ、貴方も」
卓上の空いた杯に香り高い天子笑を注ぎ、目前まで持ち上げる。
江晩吟もそれに倣った。
「飲めるのか?」
「格好だけ。今日は特別だから」
玉の杯が重なり、涼やかに鳴る。
「雲夢江氏に幾久しい繁栄を」
「姑蘇藍氏に千古不易の声誉を」
先ほど天地に誓った若き夫婦も、今ごろは賑やかに飾りたてられた部屋で腕を絡めながら酒杯を交わしている事だろう。
微笑ましい姿が、藍曦臣の脳裏でかつて一弾指の間に夢見た光景と重なる。
大仙門の宗主という、生まれながらに外す事は叶わない道である。
今生では成す術がなかった夢想を、奇しくも子供たちが叶えてくれたのだ。
だから仄かな想いは胸に秘め、このまま墓場まで持ってゆこう。
「藍宗主。蓮花塢の娘は四千条の家規では御せんぞ?お覚悟召されよ」
「心しよう」
紅灯籠で照らされた江晩吟の瞳にあの日の少年を見つけて、藍曦臣はうっとりと微笑んだ。