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    shizuki_042

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    shizuki_042

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    からの器 通夜や告別式などを行う葬儀が無くなったのは、大災厄が起こってからだ。人が死に過ぎて、葬儀を行う余裕も術も、当時の人々にはなかった。感染症対策を第一とした国は、大災厄で亡くなった人々を一律に焼却し、石碑を立てた。そこに死者の名前は無い。誰が死んだのかわからなかったからだ。
     その後緩やかに復興する中でも死者への対応は遅れに遅れ、直葬することだけは決まったものの、骨だけが公営墓地に溜まった。溜めるしかなかった。当時の疲弊した政府には骨を処分することも、故人を特定して関係者へ届ける気力も無かった。生きることで精いっぱいだった人々には、死者を弔う時間が余りにも無かった。
     エオス警備会社から請願書が届いたのは、いよいよ公営墓地が名無しで埋まるかもしれないという時だった。
     そこには、遺骨の整理を弊社に委託しませんか、と酷く簡単そうに書かれていたそうだ。
     エオス警備会社は不思議な能力が発言した人が寄り集まってできた会社で、警備会社と銘打ってはあるが警備以外にも様々な事業を行っている。能力を持っていない、いわゆる「普通の人」ができない仕事をこなし、大災厄後の復興に大いに貢献している。
     未だ法整備が整っていない「超能力者」に国の仕事を任せるのは如何なものか、という反対意見も出たが猫の手も借りたいほど大災厄による人員不足に陥っていた政府は結局、死者の対応をエオス警備会社に任せることになった。
     エオス警備会社が請け負ったのは、死者の特定、および遺骨の処理の二つ。死者をリストアップし自治体に届け、その後自治体職員が故人の関係者に遺骨をどうするかの連絡を取り、その返答をまたエオス警備会社の担当者に連絡し、担当者が処理に当たる、という流れだ。
     遺骨の処理方法は三つ。土に還すか、海に還すか、ダイヤモンドに加工して所持するか。


     今、私の前には乳白色の骨壺と、それを持ってきた神谷と名乗る市の職員が居る。個人情報に関わることなので、できれば家の中に上げてはいただけませんか、と言われたため、大災厄後私一人だけで住んでいる一軒家の客間で机を挟んで向かい合っている。
     「この度は、ご愁傷様です。こちら、弟君の御遺骨です」
     骨壺を開け、中を見てみる。専門家じゃないのだ。焼かれた骨を見て、一体どうして弟だと思えようか。胡乱な目をした私に神谷が告げる。
     「エオス警備の担当者よりあなたの弟君であるとの連絡がありました。あなたには三つの選択肢があります」
     「土に埋めるか海に流すかダイヤモンドにするかでしょう。存じてますよ」
     「そうでしたか。では、どうされますか?」
     うっすらと汗を浮かべる神谷の目の下には濃い隈が有る。
     「そもそも、この骨は本当に弟なんですか?」
     「それは、私に聞かれても、なんとも。……お恥ずかしいことではありますが、私も指示に従っているだけですので」
     「そうですか……」
     骨壺の蓋を閉じ、机の中央に戻した。
     「古いと思われるかもしれませんが、私の感覚だと土に埋めるのも、海に流すのも、骨を捨てるのと変わりないんですよね」
     「では、ダイヤモンドに?」
     「そうですね。そうします」
     「では、こちらの書類に署名をお願いします。この書類が受理された後、エオス警備会社から担当者が参りますので、それまで御遺骨の保管をお願いいたします。担当者がこちらに参る際は一報入れることになっておりますので、よろしくお願いいたします」
     私が署名している間に流れるように淀みなく神谷が告げる。確実に言い慣れている。この人は、いつから本人かもわからない人の死を他人に告げ続けているのだろうか。
     「はい、署名ありがとうございます。では、失礼させていただきますね」
     「あの、今日はたまたま家に居ましたが、本当は私家にいないことの方が多いんです。スケジュール調整とかはしなくていいんですか?」
     「それについてはご安心ください。私、人の名前を見ればその人が家に居るかどうかがわかるので」
     「は?」
     「いわゆる超能力ってやつですよ。ストーカーみたいで嫌なんですよね。ああ、仕事以外には使わないのでご安心ください」
     そう言って力なく笑い、神谷は家から出て行った。
     家には、私と、私の弟だったらしい骨壺だけが残った。



     「この度はご愁傷さまでした」
     エオス警備会社から人が来た。神谷が骨壺を持ってきてから八日後の、急遽仕事が休みになった日のことだ。
     由良と名乗った彼、もしくは彼女は顔に大きな刺青があった。耳には大量のピアス。口元にも一つピアスをつけ、髪は根元が黒い銀色。首から上は奇抜なのに服装は白のシャツに黒のスラックスと、ちぐはぐと言うか、得体の知れなさが有った。
     「こちらが遺骨処理の政府公認ライセンス、こちらが遺骨処理の最終確認書類です。ダイヤモンドにするということで、お間違いないですね?」
     客間の机に書類と骨壺が並ぶ。移動させるのが億劫で、神谷が来た時から骨壺は移動させていない。
     「間違いないです。よろしくお願いします」
     書類に今日の日付と、自分の名前を書いて由良に渡す。由良はそれを確認した後、骨壺に手を伸ばす。書類を提示されたときは手のひらで指していたため気づかなかったが、手の甲にも細かな刺青が入っていることに気付く。
     どうやって骨をダイヤモンドに加工するんだろうか。と今更な疑問が降って湧いた。超能力が有るということはわかっている。神谷が超能力者だったということも今日の由良の来訪で真実味が増しているが、実際に目の前で超能力を見たことは無い。不謹慎かもしれないが非日常的なことが目の前で起こるかと思うと気分が高揚した。
     「終わりましたので、確認をお願いします」
     骨壺から手を離した由良が言う。骨壺の蓋に数秒触れただけで、見た目に変化は無い。
     「もう終わったの?」
     「ええ、確認をお願いします」
     肩透かしを食らった気分だったが、促されたので骨壺を開ける。中には一カラットは無さそうなダイヤが数個入っていた。骨は、何処にもない。この骨壺を開けたのは、神谷が来た時に一回、あの時確かに中に骨が入っているのは確認した。そして今日この一回。この八日間家には私以外誰も入っていないはずだし、由良は書類以外手ぶらで来ていたので、類似した骨壺と入れ替えたという事もない。確認しようもない弟の骨がダイヤモンドになった。超能力は思いのほか奇妙で、先ほどの高揚が嘘のように気分が悪くなる。非日常的なことが目の前で起こると、こんなにも気味が悪い。気持ち悪い。
     「骨壺、いらないようだったら回収しますけど、どうします?」
     「……骨壺だけじゃなくて、ダイヤも回収してもらえませんか?」
     「それは、ちょっと。ウチでは請け負ってないので駄目ですね。役所の人に言われませんでした? ダイヤモンドにするってことは所持することだって」
     言われた? いや言われてない。ダイヤモンドにするとだけ。いや、でも。
     「先ほどの書類、もう一度見させてもらっても?」
     「ええ、いいですよ」
     書類の左上から目を流す。
     遺骨の処理について。
     土に還す場合は国が所有する禁足地に埋める。
     海に還す場合は国から少し離れた海流に流す。
     ダイヤモンドに加工する場合は、加工することを決めた当人が所持する。
     いやだ。書いてある。手に力が入る。どうしよう。
     「……実際目にすると気分が悪くなってしまう方は多いです。後悔する人も。これはあんまり推奨されないというか、世間的には言わない方がいいことなのでオフレコにしておいてほしいのですが、一応抜け道はあるんですよ」
     ひどく落ち着いた、平坦な声で由良が言う。
     「当人が所持すること、までは書いてあるのですが、その後のことは詳細に書かれてないんです。だから、譲渡してもいいし売却してもいい。ただ、そこにエオスは介入しないってだけで。気味が悪いかもしれませんが、そのダイヤモンドは鉱石として本物です。言ってしまえばただの石です。呪われるとか、そういうのも、この業界にそこそこいますが聞いたことは無いです。捨てなければいい、それだけなんですよ」
     「捨てなければ、良い」
     「ええ、それだけです。書類、いただいても?」
     由良が短い眉尻を下げる。書類には握りしめた皺が入ってしまっていた。
     「すみません、書類、皺が」
     「ああ、この書類折り曲げOKなので。署名に異常なほど汚れが無い限り通るのでご安心ください。……骨壺、どうされますか?」
     「回収で、お願いします」
     「承知いたしました」
     ズボンのポケットから取り出した手袋をつけた由良が骨壺の中からダイヤモンドを取り出し、同じくポケットから取り出したチャック付きポリ袋の中に入れる。ポリ袋の中のダイヤモンドは、今まで見た宝石のどれよりも輝いて見えた。
     「では、エオス警備会社での対応はこちらで以上です。今回の件で何かあるようでしたら公式HPに記載されているカスタマーサポートまでお願いいたします」
     こちらに向け深く一礼した後、由良は家から出て行った。
     私には広すぎる一軒家には、私と、私の弟だったらしいダイヤモンドだけが残った。






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    ・私
     40代女性
     弟とは不干渉の仲
     両親は大災厄の時に亡くなっている

    ・神谷
     30代男性
     超能力者、国に申請した上で市役所に務めている
     名前を見るとその人が家にいるかどうかが分かる

    ・由良
     年齢性別不詳
     超能力者、エオス警備会社勤務
     骨をダイヤモンドに変換できる(生死問わず)
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